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第一話 仏像修復大作戦

 ここは、とある田舎の山深くにある大山寺(おおやまてら)。千年以上の歴史を誇るこのお寺の和尚(おしょう)は、代々名の知れた高僧として歴史に名を残しています。そのため、いつもお寺には多くの弟子や檀家(だんか)さんがやって来るのでした。


 さて、今日の大山寺はとっても大忙し。それもそのはず、『秘仏(ひぶつ)様』と呼ばれてきた小さな千手観音(せんじゅかんのん)の仏像を、近隣の博物館へ一時貸し出すことになったのです。実に千年の歴史を誇る寺の大事な宝ですから、一松(いちまつ)たちお寺の若い坊主たちは、慎重に慎重を期して準備を重ね、ようやく博物館へ運ぶ手筈を整えたのでした。


「さて、あと二時間後に博物館の人が来るから、それまでにやることは……寺務所に話は通したし、秘仏様の梱包も済ませた。よし、後は本堂まで秘仏様を運んでくるだけか」


 法衣の袖で額の汗を拭うと、一松はきょろきょろお寺を見回しながら、秘仏のある宝物庫へと足を運びました。すると、彼の後ろから和尚さまのしわがれた声が響きます。


「いや、まだまだ気を抜くな一松! 秘仏様を運ぶのは最も大事な仕事じゃ、画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くでないぞ!」


 アロハシャツを着た和尚さまはそう言うと、左手に持ったアイスクリームを口に頬張りながら、右手の拳を突き出して親指をグッ、と上に上げました。


「いやいやいやいや、どう考えても一番気を抜いているのは和尚さまでしょう!? 威勢の良いこと言って、結局今の今まで全然手伝ってませんよね!!?」


 一松は、早口で和尚さまにまくし立てます。対する和尚さまは気にすることなく、腕をにょろにょろ揺らしてアロハダンスを踊っていました。


「やかましいのう一松、いついかなる時でも冷静さを忘れてはならん。修行じゃ。修行」

「一人ハワイやってるジジイにだけは言われたくありませんよ……ほら、そんなことより、秘仏様を運ぶ作業ぐらいは手伝ってください!」

「何じゃ、つまらんのう」


 一松に促され、和尚さまはしぶしぶ弟子の坊主たちと共に宝物庫へと向かいました。

 ふと和尚さまたちが宝物庫を見ると、宝物庫の古い扉の前に若い坊主が数人立っており、大きな箱を持ち運んでいました。どうやら秘仏の仏像を運び出したばかりのようです。


「それにしてもよく運び出したのう、物で溢れ返ったあの宝物庫から」

「ええ、まったく……三十年前に賞味期限が過ぎたポテチの袋(中身入り)と、小人のミイラみたいなチョコクッキーが出てきた時は目を疑いましたが、特に問題なく順調に行きました。それであとは……ってェェェェーーーーーーーー!!!??」


 不意に飛び込んできた光景に、一松は思わず目玉をギャグ漫画のように飛び出させました。いつの間にか和尚さまが宝物庫の扉の前に立ち、なおかつ箱に入っていた秘仏を手に持って眺めていたのです。


「秘仏様を見るのは何十年ぶりかのう。やはりお美しい立ち姿じゃ……」

「だああぁぁーーーー!! なに勝手に秘仏様を取り出してんだこのジジイーーーーーー!! お前たちも、和尚さまをどうして止めなかったんだ!?」


 一松が若い坊主たちに目を向けると、坊主たちは深くうなだれながら答えました。


「申し訳ありません、一松さん。和尚さまが、言うこと聞かないと破門だって……」

「どんだけエゲつねえんだうちの和尚さまは……」


 話を聞いた一松は、若い坊主たちへの追及を諦めると、少し青ざめた面持ちで和尚さまの元へ歩み寄ります。


「さあ和尚さま、もういいでしょう。秘仏様を箱に戻してください。何かあったら大変ですから」

「むぅ……この機を逃したら次はもう見れぬかもしれんから、今のうちにと思ったが。仕方ないのう」


 和尚さまが溜息混じりに口にして、秘仏を箱へ戻そうとしたその時です。廊下に三毛猫のタマが現れたかと思うと、和尚さまの足元を猛ダッシュで駆けていき、はずみで和尚さまの手元がグラグラと……。


「おおっ、おっとっと……」

「ウワーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

「……危なかったわ。一松、突然大声を出すでない」


 和尚さまは後ろにいる一松へ顔を向けます。和尚さまを見る若い坊さまの顔色は、血の気が引いたかのように真っ青になっていました。


「いやいや、こっちは秘仏様が落ちるかもと思ってハラハラしましたからね!? 冗談でも勘弁してくださいよ本当に!?」


 一松が早口で(まく)し立てるのを前に、和尚さまは秘仏の頭に手をポンポンと置きながら、笑顔で応えました。


「大袈裟じゃのう、一松。大体、お前が不安に思うほど秘仏様の像は簡単には壊れたりせ──」


 和尚さまがそこまで言いかけた、その時。

 和尚さまの指が秘仏の頭に強く触れたかと思うと、秘仏の細い首が鈍い音を立てて、そのまま音もなく木の床へと落ちていきました。

 そうして、床でゴロゴロと転がる秘仏の頭部を、和尚さまと一松たちは白目を剥きながら眺めておりました。


 重苦しい無言の空気が辺りに漂う中、和尚さまがおそるおそる口火を切ります。


「そういえばわし、この後檀家のヨシ子さんとお茶する用事があるんじゃった。そんなわけじゃから、一松、後はよろし……」


 和尚さまが言い終わるより先に、一松の手が和尚さまの首根っこをガッシリと掴みます。そんな和尚さまを見る一松の表情は、修羅(しゅら)のごとく歪んでおりました。


「言いながら後ずさりしないでくださいよ、和尚さま! そんなあからさまなウソで逃げようとしてもダメですからね!」

「だってこんなにあっさり壊れるとは思わんかったし! わざとじゃないもん!」

「そんなバチ当たりな言い訳が通用すると思うなよダメ和尚! やれやれ、何てことだ……秘仏様の仏像が……今までの人生で一番困った……」


 一松が深い溜息を吐くのを前に、和尚さまは手中にある首のない仏像を静かに眺めておりました。他の若い坊主たちも途方に暮れるなか、和尚さまはポツリと口にします。


「皆の者、諦めてはいかん! 博物館の方たちが来るまでまだ時間はある! 秘仏様には申し訳ないことをしたが、せめてもの罪滅ぼし、頑張って元のお姿に戻してやろうではないか!」

「和尚さま……!」

「そんなわけじゃし、とりあえず」


 和尚さまはアロハシャツの懐に手を入れると、家庭用ボンドを取り出してみせました。


「こいつで何とかしてみせるわい」

「待て待て待て待て待て!!!」


 一松が全力で声を張り上げ、ボンドのフタを開ける和尚さまの手を止めます。


「そんな方法で仏像直せるんですか!? もっとこう、仏像修復に詳しい人に話を聞いてから……」

「心配ないぞ一松。ボンドで仏像を直せるって以前見たネットにも載っておったし、こういうのは直接くっつけてやれば何とでもなるわい」

「任せて大丈夫かなあ……ちなみに和尚さまは、今まで仏像を直した経験は?」

「むろん、無いが」

「キメ顔でそう言われてもかえって不安なんですがそれは……」


 一松をはじめ不安な面持ちの若い坊主たちをよそに、和尚さまは首のない秘仏を床に置くと、両手を合わせ小さく念仏を唱えます。そしてボンドのフタを開け、秘仏の首を手に取りました。一松たちが息を()んで見守る中、和尚さまの息づかいだけが辺りに響きます。

 そして、数分後。和尚さまは額にうっすら汗を浮かべながらも、後ろにいる弟子たちへ顔を向けました。


「ふぅ……これで良い。もう安心じゃ」

「良かった、秘仏様は元に戻ったんですね!」

「フフフ、わしはこの大山寺の和尚じゃぞ。壊れた秘仏様を元に戻すことなど簡単じゃ……ほれ」


 和尚さまは自信ありげな笑みを浮かべると、手に持った秘仏を一松たちへ見せました。和尚さまの手の中にある秘仏は、美しい体躯(たいく)を若い坊主たちに向ける一方、繋がれた頭は和尚さまの方向へ──


「って、逆ゥゥーーーーーーー!!!! 秘仏様の頭の向きが前と後ろで逆ゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーッ!!!!!!」


 一松は、目を大きく飛び出させながら秘仏を指さして叫びます。和尚さまは怪訝(けげん)な面持ちで、手に持った秘仏へと顔を向けました。見ると、確かに一松の言うとおり、秘仏の身体の向きに対し、首は百八十度逆向きになっていたのです。


「し、しまったーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」

「今の今まで気づいてなかったんかーーーーーーーーい!!!!」


 ひときわ大声でツッコミながらも、一松は和尚さまの手元にある秘仏を素早く手に取りました。厳しい面持ちで首と胴の繋ぎ目を注視しつつ、一松は溜息混じりに呟きます。


「まったく、だから言わんこっちゃない。とりあえず、ボンドが完全に貼り付く前に、逆になった秘仏様の首を外さないと……」


 一松は秘仏の首と胴を押さえ、首を外そうとしますが、秘仏の首はびくとも動きません。少し力を入れてみましたが、それでも外れることはありませんでした。


「ううん、おかしいな。和尚さまがボンドでくっつけてから、そんなに時間は経ってない筈なのに……」

「ああ、そういえば。ボンドじゃ全然くっつかんかったから、瞬間接着剤を使ったんじゃった」

「間違いない、絶対原因それだ!! 道理で外れねえわけだ!!」


 顔面を真っ赤に染めながら、一松は秘仏を床に置きました。頬を流れる汗を法衣で拭うと、一松は再度深い溜息を吐きます。


「ああ、もうおしまいだ。もうすぐ博物館の人がやって来るというのに、完全にどうしようもない……寺の千年の歴史が……」


 一松や弟子たちが途方に暮れる中、和尚さまはその場で仁王立ちになり、声高に叫びます。


「諦めるな、皆の者! かくなる上は、最後の手段じゃ!!」

「和尚さま、それは……まさか……!」

「やるしかあるまい。しばし付き合え、一松」


 和尚さまはそう言うと、どこからか持ってきた黄金(こがね)色のペンキを手に、本堂へ向かって歩いていきました。一松もまた、頭の中でどこか嫌な予感を覚えながらも、和尚さまの後に続いたのでした。



+++++



 それから二時間後、博物館の館長と学芸員の男性が、大山寺へとやって来ました。外見からして、二人とも恐らく和尚さまと同じ七十代だろうと頭の片隅で予想しながら、一松は二人を本堂へと案内しました。


「なるほど、大山寺は実に素晴らしいですな、一松さん。境内(けいだい)を歩いているだけで歴史の重みを感じたのは、長い人生で初めてかもしれません」

「お褒めの言葉恐れ入ります、館長。和尚が聞いたら、きっと喜んでくれるでしょう」

「いやはや、一松さんは若いのにしっかりしてて、和尚さまもさぞ心強いでしょう……先ほどご病気と聞きましたが、本当に心配ですね」

「そうなんですよ、学芸員さん。最近季節の変わり目で、暑いやら寒いやらの日が続きましたから、和尚も風邪気味で。そんなわけで、和尚は本日休みを取っておりますが、秘仏様の準備は事前に整っておりますのでご安心を」


 一松が博物館の方たちと談笑するうちに、三人は本堂の前に着きました。そのまま本堂の中へ入ると、広い部屋の中心に()せこけた黄金色の秘仏がぽつんと立っていました。


「いやあ、これが大山寺の秘仏ですか。これはすごい。随分としわしわですが、まるで生きているかのようですな」


 館長の言葉に、一松は一瞬ギクリとしながらも笑顔で応えます。一方、館長のそばで秘仏をまじまじと見つめていた学芸員は、ポツリと呟きました。


「しかし、何だか……写真や資料で見た秘仏とは少し違うような気もしますな。大きさも私たちと同じぐらいまであるし、何より大山寺の秘仏は千手観音様のハズなのに、肝心の腕が二本しかありませんぞ?」


 今度は秘仏が小さくギクリ。

 すると、どうでしょう。秘仏の腕が微かに動いたかと思うと、たちまち何本もの腕が現れたではありませんか。上下、前後左右に広がる秘仏の腕を前に、学芸員は感嘆(かんたん)の溜息を漏らします。


「いや、どうやらこちらの思い過ごしだったようですな。まさしく千手観音様そのもの、恐れ入りました」

「ハハハ……どうも」


 学芸員が感心するそばで、一松はひきつった笑顔のまま秘仏に顔を向けました。何本もあるかのように見える腕は、よく見ると二本の腕が物凄い速さで動き回っており、その残像で腕が何本も生えているかのように見えているだけなのです。そんな秘仏を前に、一松は大声でツッコミを入れるのをぐっと我慢して、博物館の人たちの対応に専念することにしました。


「おや、これは……」

「どうかしましたか、館長?」

「いや、こちらなんですが」


 館長の言葉に、一松が素早く反応します。館長が指さして示したのは、秘仏の腰でした。目を丸くさせながらも、館長は秘仏が履いている『それ』をはっきり口にします。


「これは、どう見ても……『ブリーフ』ですよね?」

「そ、そうでしょうか? こちらは少し変わった()でありまして、ちょっとブリーフのように見えるのが特徴でございます」

「なるほど、しかし……この千手観音様、装飾品や衣服の類がほとんどないですな。身に着けているのはせいぜい、そのブリーフぐらい。不思議なものですな」

「いやあ、この秘仏様は何しろ千年の歴史が、ございますので。昔寺にやって来た盗人(ぬすっと)に壊されたり、長く管理する中で劣化してしまったり、そりゃあもういろいろ」


 一松は、全身に冷たい汗をかきながらどうにか弁解します。そんな彼を前に、館長たちは納得したように立ち上がると、一松に声をかけました。


「ではそろそろ、秘仏様を運び出させてもらいましょうか。よろしいですか、一松さん?」

「は、はい。ですが、そっと。そおっと運んでもらいたいです」

「承知してますよ、一松さん。我々は長いこと、この文化財を扱う仕事を続けてきたのですから、ご安心を」


 薄いゴム手袋を装着しながら、館長と学芸員は秘仏の周りに集まりました。そして、秘仏の腹とお尻を力強く押さえると同時に、秘仏を一息に持ち上げたのです。


「「ヨイショッ!」」



 プゥゥ~~~~~~~~~~~~~~~ッ


 本堂全体に謎の音が響き渡りました。博物館の人たちは、困惑した様子で口にします。


「な、何だ? 今の音は」

「さあ。まるで、オナラのような……う゛っ!!? こ、この、臭いは……」

「オナラのような、ではなく、本物の、オナ……ラ……」


 そして、辺りに立ち込めたクサヤと腐った卵が混ざったような臭いを前に、館長と学芸員は思わず卒倒し、そのまま気絶してしまいました。



 一松は、法会の袖で鼻を押さえながらも、本堂の中心でぽつんと立ち上がっている秘仏──全身を黄金色に染めた和尚さまの姿を見つめておりました。和尚さまは、呆然とした面持ちの一松を前に、満面の笑みで応えてみせます。


「何はともあれ……これでとりあえず一件落着、じゃな」

「もう付き合ってらんねえわっ!!!!!」


 一松の心からの叫びが、大山寺全体にいつまでも木霊(こだま)するのでした。

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