隕石が落ちた日
いろいろ加筆してこれが二話になりました
五月。彼は昼休みの教室で友人と談笑していた。廊下から聞こえるヤンチャそうな女子生徒たちの笑い声。小説のページをめくる音。ゲームをするもの、SNSを見るもの、休み時間の過ごし方は人それぞれだ。
インフルエンサーの話題の投稿は見たか。動画投稿者の新作はチェックしたか。そんな普通の会話をしていた彼、白石搖光はこの普通の日々に不安と安心を感じていた。彼はこの年頃の人間にはありがちな、「普通」へのコンプレックスを抱えていた。人に誇れる特技がある、人気があるといった特別性だけでなく、少しとっつきにくい変わり者や、悪い大人と繋がっている、所謂不良のような「特殊」にまで憧れを持っていた。もちろん悪事に手を染めるような倫理の欠如も度胸もない。そんな彼は、普通の俺がこんなにも普通な生活を送っていていいのか、特別な何かになりたいのにこんなにも変わらない毎日しか来ないのかと、日々思いながら過ごしていた。しかし同時に、なぜかこの変わらない日々も愛おしく感じていた。
搖光は二つの感情を胸に秘めながら、ふと教室の窓から外を見た。彼ら二年生のいる校舎は、校門から最も遠い第三校舎という場所であり、唯一校庭に面した校舎だ。その校庭で、数人の男子生徒が野球をしている。人数は五人ほどで、野球に近い形式をとっているだけだったが彼らは楽しそうだった。搖光のクラスメイトがピッチャーをしている。たまに話す彼がどんな球を投げるのか気になり、注意深く見ていた。おそらくキャッチャーは野球部のようだ。遠慮なく投球するクラスメイト。まっすぐ飛んで行った球をバットがとらえる。強烈な金属音が鳴り響き、白球が透きとおる青空へと吸い込まれる。真っ白な太陽と重なり、ボールが見えなくなる。ボールを捕れと叫ぶ声。まだ聞こえる笑い声や紙の擦れる音。こんな日々が、歯痒くもいつまでも続くと思っていた。数秒後、白球の代わりに空から落ちてきたのは、小さな隕石だった。
その時、日常が終わった。
轟音と衝撃波と共にその隕石は落ちてきた。校庭で遊んでいた生徒たちは、吹き飛ばされて倒れている。多くの生徒が轟音に引き寄せられ隕石に注目する。窓から見下ろすもの、降りて見に行こうとするもの、様々だ。だが、悠長に見物していられる時間はそう長くなかった。校庭に鎮座する隕石から、強烈な衝撃波が発せられた。衝撃波は絶え間なく、そして次第に強くなっていた。慎重な性格や臆病な性格の生徒は、最初の衝撃波で避難を始めていた。強まる衝撃波で土は巻き上げられ、校舎はミシミシと音を立てていた。窓ガラスにヒビが入った段階で、ほとんどの生徒は逃げる準備をしていた。ざわざわと騒ぎながら生徒たちが動き出す中、搖光も談笑していた友人たちと荷物をまとめていた。せめて貴重品はと財布とスマホを持った時、一人の人物に気が付いた。立ち止まる搖光に、友人たちは早く離れようと声をかける。
「待って、鳳慈がまだ教室にいる。」
搖光が見つけた鳳慈とは、先ほどまで教室で一人読書をしていた男子生徒、松本鳳慈のことだ。搖光とはひょんなことから入学時意気投合し、それからの付き合いだ。授業以外のほぼすべての時間を読書に費やしている彼は、端正な顔立ちと長い髪、常に動じない様から、怪しげな雰囲気を醸し出している。搖光意外と会話をしているところをほとんど目撃されておらず、ミステリアスな雰囲気からみんなに距離を置かれている。所謂変わり者だ。鳳慈はその長い前髪の間から、じっと隕石を見つめていた。松本なんかほっとけよという友人の声に、先に行っててと返し鳳慈に歩み寄る搖光。
「鳳慈、いつまで見てるんだ?危ないから早く離れよう。」
「あ、搖光。見てよ、あれ。隕石の周り。」
搖光にまるで気が付いていなかった鳳慈は、にもかかわらず特に驚いた様子もなく隕石を指さした。鳳慈のさす方向を見て搖光は驚いた。隕石を中心に半径3mほどの範囲が、どう見ても校庭の地面ではなくなっていた。土でできたいつもの校庭ではなく、美しい草木が生い茂る草原のようになっている。明らかな異常事態に困惑したまま立ち尽くす搖光たちの後ろ姿に、大きな声が浴びせられた。
「ヨウ!鳳慈!あんたらまだここにいたの⁉」
大声で叱るように話しかけてきたのは、先ほどまで廊下で騒いでいた女子生徒の、吉田災華だった。飛びぬけて優れた運動神経を持ち、整った容姿と短く整えた生まれつきの赤毛から、よく人の目を引く。しかし、あまりの気性の荒さに彼女に声をかける男子はそう多くない。搖光とは家が近く、保育園からの付き合い、幼馴染というものだ。気に食わなければ男子相手だろうと喧嘩をする災華を、学校はあまりよく思っていなかった。そんなアウトローでも、幼馴染ということもあり搖光は変わらず仲が良かった。災華と鳳慈は、搖光にとって良き友人であり、普通をコンプレックスに持つ彼には憧れの存在でもあった。
ほとんどの生徒は、校庭と反対側にある校門前の駐車場に避難しているようだった。その中に搖光と鳳慈、二人の友人がいないことに気が付き、危ないからと止める教師を張り倒して探しに来たらしい。自分を心配してくれた幼馴染に、なぜここにいたのか事情を説明した。
「確かにおかしいわね。どうなってるのかしら、あれ。」
「隕石も不思議だけど、周りに倒れている人たちも心配だよ。助けに行きたいけどこの衝撃じゃ近づけないし。」
心配そうに話す搖光に、
「あんた相変わらずお人好しね。友達なの?倒れてるの。」
「一人はクラスメイト。たまに話すけどいいやつなんだ。」
「たまに話すってそんだけじゃない。やっぱ優しいわね。」
そんな二人の会話を聞いていた鳳慈が変化に気が付く。それは、隕石の周囲の地形の変化に対する第二の変化ともいえる事象だった。隕石の一番近くで倒れていた男子生徒が苦しそうに立ち上がった。胸のあたりを抑えているが、しっかりと立ち上がっている。搖光は、取り合えず無事だったと胸をなでおろした。しかし、そんな思いを裏切るように、男子生徒は雄たけびをあげた。明らかにおかしな目つきに、首筋に浮き上がった血管。歯をむき出しにした顔は、よく見るとキャッチャーをしていた野球部員だった。野球部員は、二度目の雄たけびと共に掌から炎を吹き出した。
「なんだあれ⁉」
「危ない。」
「どうなってんの⁉」
口々に火を出す野球部員に対する感想を述べる声につられ、男子の視線が三人に向く。男子は獲物を見つけたかのような興奮した目つきで、左腕に力を込めた。すると腕に、野球のグローブのようなものが現れた。更なる異常事態に戸惑う三人のことなどお構いなしと言わんばかりに、男子はグローブから火の玉を作り出した。生成された火球を右手で持ち、大きく振りかぶった。状況が呑み込めずただ野球部員を眺める搖光を、災華が押し倒した。災華が搖光を押し倒すのとほぼ同じタイミングで、野球部員は火球を全力で投げつけてきた。激しく燃える炎はガラスを溶かし教室の天井に火をつけた。火球の直撃を間一髪でよけた三人は、一目散に教室から飛び出した。
「何なのよあれ!手が、火が出て、えっと、」
あまりの事態に言葉が追い付かない災華。しかし彼女は誰よりも早く危機を察知し、搖光を助けた。逃げる三人の先頭を走る災華に対し、
「なぜ火が出るのか、あのグローブは何なのか、考えるのはあと。とりあえず逃げてそれから考えよう。駐車場にみんないるんでしょ?そこを目指そう。いや、みんないるならもっと危ない?」
淡々と答えるのは二番目に走る鳳慈だ。落ち着いて状況を整理する鳳慈は、走りながら目的地を考えていた。そんな二人の背中を、ただがむしゃらに追いかける搖光。第三校舎から校門へ行くには、渡り廊下か中庭を通り第二校舎へ、さらに渡り廊下を通過し第一校舎を越える必要があった。彼らがいる二階には、二階同士を繋ぐ渡り廊下が一本と上下階に行く廊下が二か所ある。搖光たちの教室は校舎の端にあり、階段横だ。そこから正反対の端に渡り廊下があり、その間にもう一つの階段がある。二つ目の階段が見えてきた。その時搖光が考えていたのは、火を投げる野球部員でも、目指すべき安全地帯でもなかった。彼の頭の中を支配していたのは、目の前の特別な友人たちだった。悪夢のような出来事が起きている今この瞬間に、なぜそんなに早く体が動くのか。なぜそんなに思考を働かせることができるのか。いち早く動き、拙いながらもなんとか考えようとする災華。すぐに考えをまとめ、自分のペースで走る鳳慈。言葉も出ず、ただ走る搖光。これが普通と特別の差なのか。搖光の頭に過去の言葉がよぎる。
「あんたは普通で嬉しいわ。」
「推薦枠って聞いてたけど、普通だな。」
余計なことを考えながら走っていたからだろうか。渡り廊下に近づいてきた辺りでこれまでよりも一際大きな衝撃波が発生した。あまりの衝撃に、三人は吹き飛ばされ壁にたたきつけられた。あまりの痛みに一分ほど立ち上がれない三人。最初に起き上った災華が、二人が起き上がる手助けをする。痛みをこらえ渡り廊下にたどり着くと、
「おいおいマジかよ。壁が壊れてやがる。」
第三校舎から第二校舎に繋がる渡り廊下の壁が崩れ落ち、通れなくなっていた。瓦礫を登れば渡れなくもないが、廊下の壁がない以上、再度衝撃波が起きれば二階から真っ逆さまだ。
「仕方ない、急いで階段まで引き返して一階に行こう。中庭を突っ切って向こうに渡るよ。」
「そうだな、おいヨウ!いつまでも突っ立ってねぇでとっとと行くぞ!」
急かされた搖光は抱えていた思いを口にした。
「なんで二人はそんなにいつも通りなんだよ。隕石が落ちてきたり、校庭がおかしくなったり、倒れてたやつが起き上がって、火を出しながら追いかけてきて、なんでこんな訳わかんない状況でいつも通りにいられるんだよ。てかむしろなんで淡々と処理できてんだよ。こっちはお前らに追いつくのに必死なんだぞ。」
一息で言い終えた搖光は、余計なことを口にしたと思った。なぜ今まで特別な何かになりたいのに、何の行動も起こさなかったのか。怖かったのだ。自分が何でもない、ただの高校生だと思い知らされるのが。自分は特別でも何でもない、ただの人間だとわかってしまうのが。
彼には兄と姉がいた。彼が中学三年の時。兄は名門国立大学にストレートで入学した。搖光はとても驚いた。学校での成績はいつも一番だと聞いていたが、ここまで頭がいいとは思っていなかったのだ。いつも平均的な出来の搖光にとって、みんなから褒められる兄はヒーローのような存在だった。当時高校二年生だった姉は、整ったスタイルと美しい顔立ちから、雑誌のモデルをしていた。男女問わず憧れられる姉が、搖光は誇らしかった。優しい兄姉はすごい兄姉でもあったのだ。そんな兄姉に憧れ、いつか自分もテニスでその仲間に、などと考えていた。そんな搖光に母はよく漏らしていた。
「あんたは普通で嬉しいわ。」
あまりに遠い世界に行ってしまった子供たちと比べ、まだ中学生の搖光は安心できる存在だったのだ。しかし、特別な兄弟に憧れる搖光にとって、それは気持ちのいい言葉ではなかった。その後テニス部の推薦の話をもらい、目指す場所へ一歩近づけたと思った搖光だった。高校一年の夏。夏季大会に向けてメンバーを選抜する部内試合。テニス部の推薦枠2つのうちもう一つを使い入学してきた同級生に、手も足も出ず敗北した。
「推薦枠って聞いてたけど、普通だな。」
その言葉を投げかけられたとき、搖光のテニスに対するモチベーションは完全に砕かれた。得意だと思っていたテニス。特別になれると思っていたそれは、たった一言で砕かれた。他の何かで特別視される自信もなかった彼は、特別への道が閉ざされたように感じた。こんなことで崩れるプライドも悔しかった。捨てきれない特別な何かへの憧れも悔しかった。それからは、せめて今まで通りにと過ごしてきたのだった。またあんな思いをしないために黙っていた。それをなぜか言ってしまった。答えを聞くのが怖かった。自分が今度こそ普通だと思い知らされるようで。
「なんでって、危ねぇからだろ?必死に動いて逃げなきゃあたしもヨウも死ぬかもしれないんだぞ?」
「いつも通りではない。これでもかなり動揺している。不思議な出来事も、気になる。でも気になることを考えるためには、元気でいなきゃね。」
搖光はそういうことが聞きたかったのではなかった。どうやって思考をまとめるのか、動揺を抑え動けるのか、その方法を聞きたかったのだ。その方法が分かれば、二人に近づけるのではないかと。だが、本能で答えを出していると言わんばかりの二人の回答は搖光にはある意味では答えだった。危機に対する対応力は努力して身に着けているのではなく、もって生まれ磨かれたものなのだと。そんな搖光に追い打ちをかけるように鳳慈が、
「でも、いつも通り動けているように見えるのは、ワクワクしているからかも知れない。」
なぜワクワク?単純な疑問を口に出す前に災華が口を挟む。
「ちょっとわかるかも!なんか退屈な毎日が終わりそうって感じ!」
「そう。困ってるみんなには悪いけどね。」
笑って答える鳳慈。
「お前らみたいに特別な人間が毎日に退屈してんのかよ。」
暗い声で搖光が割って入る。
「誰にも負けねぇ個性を持ってて、勉強とか運動とか人に誇れる部分があって、みんなから一目置かれて、それでも退屈な日々って、じゃあ俺の毎日は何なんだよ!」
彼らの言葉で、まるで自分の人生が傷つけられたように感じた。
「お前らみたいな特別な人間って、搖光は特別じゃないの?」
鳳慈の一言で搖光の心は悲しみから怒りに代わりそうだった。しかし、
「自分を普通だと思ってるならそれは違うと思うぜ。だってヨウは優しいじゃねぇか。あたしみたいな喧嘩っ早い厄介者ともずっと仲良くしてくれてるし。鳳慈みたいなずっと本読んでるはみ出し者とも仲良くなれるし。相手に寄り添えるってか、いいところを見つけられるってか、わかんねぇけど。でも、あたしはお前のそういううとこ好きだし誇っていいと思うぜ。」
「僕もそう思う。本ばかり読んでいる僕を、馬鹿にしないで対等に話しかけてくれた人は本当に久しぶりだった。今回だって、ただのクラスメイトを本気で心配してたしね。」
自分が普通だと思っていた、人に寄り添う関わり方。その心がけを特別だと言われ、搖光は動揺していた。思い描いていた特別とは違う特別。しかし、今確かに自分は特別な存在だと言われている。そんな事実に処理が追い付かないまま、彼が現れた。炎の野球部員。彼が目指していた近い側の階段ではなく、奥の階段から現れた男子は、相変わらず興奮した目で炎を握りしめていた。
「搖光、逃げるよ。」
鳳慈の声で体を動かそうとしたその時、搖光の体に痛みが走る。心臓を締め付けられるような痛みで、立つこともままならない搖光はその場でうずくまった。呻き声をあげ座り込む搖光を心配し、二人が駆け寄る。好機とばかりに振りかぶる野球部員。動けない搖光を庇うように二人が前に立つ。三人に向け投げつけられる火球。その火を睨みながら搖光は思っていた。こんな俺を特別だと言ってくれる二人。大切だと思ってくれている二人。「特別」の答えはまだ出ないが、何としてもこの二人は守りたい。その思いに答えるかの如く、搖光の脳裏に壁のイメージが浮かぶ。
「あぁぁぁぁ!!」
思いのまま、イメージを思い浮かべ叫ぶと、目の前に鉄でできた壁が現れた。
「なに、これ。」
「あたしたちを守った?」
火球を完全に防ぎ切った鉄壁を眺め呟く二人を他所に、搖光が立ち上がる。胸の痛みは消えていた。頭に浮かぶはいくつかのイメージ。そのイメージを選び取り、気合を入れて叫ぶ。
「はぁぁぁぁ!!」
その瞬間、燃える男子生徒の足元から大きな鉄柱が現れ、生徒の腹を強打した。衝撃で吹き飛んだ生徒はそのまま天井に激突し、気を失ったようだった。崩れ去る鉄柱。遠くから聞こえるサイレン。そして、眼前の危機を回避し、安心感から呆然と立ち尽くす三人を観察する男が一人。渡り廊下と会談の間にある理科室に座るその男は、ぼろ布を無理やり宝石で飾り立てたような衣服を身にまとい、同様の三角帽子を被った明確な不審者。目深にかぶった帽子で顔立ちはわからないが、若い男性であるようだ。
「覚醒から暴走せずに力を使えてるね。凄いや、彼。しかも珍しい鉄属性!スカウト出来たら褒められちゃうかもなぁ。」
おどけた調子でそういうと、男はフッと消えてしまった。
そんな男の存在など、三人は露知らず。さらに範囲を広げる隕石の領域など、思いもせず。
お仕事忙しいけど頑張ります。