表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝉の季節の訪問物  作者: ワタナベ
1/12

「12/17」~「8/1」

 やあ。山崎だ。いやそっちじゃない。二人が出逢って七年半が過ぎた。合成人の扱いも大分ましになった。当時の機密事項も既に暴かれた。僕が知っている話も言って良くなった。だから資料として当時の話を纏めたいと二人に頼んだ。

 「嫌だ」と快諾してくれた。ははっ。

 悲劇だけでは終わらないから安心して欲しい。データは保存するに決まってるだろう? 「知ってたなら教えろ」と後で怒られたなあ。

 この資料は二人の証言と、彼女の音声報告書と見聞きしたことのデジタルデータに多くを依っている。再現度の高さは二人の公認だ。推敲中何度も「恥ずかしい」と評された程に。

 ただ方々に配慮して、一部名称は仮名だ。

 長くなった。そろそろ始めよう。タイトルは―



「蝉の季節の訪問物」



 あの日起こった悲劇は二つ。父さんと母さんが爆弾から近くて、俺は遠かった。



「8/1」



 はやぶさ六号に付着していた宇宙微生物との十二秒の交信。

 酷暑、台風、地震とそれに伴う津波等の関連現象、地磁気の乱れと磁気バリアの弱体化、巨大太陽嵐の直撃。それ等が世界で同時に発生した大災害「超災」。 

 「オラクル」と自称するAIから始まった、機械との絶対戦争。

 ……世界を揺らす事態は俺が生まれる前に済んだ。これからの話にはほぼ関係ない。ドローンが飛び交う。合成人が差別されながらも必要とされる。月資源は争奪戦。今はそんな時代だ。

 八月一日。月曜日。十六時半。

 蝉がうるさい。

 暑い。そりゃあ、全身火傷よりは涼しい。だが思い出す。

 見花町。小さな山と割と歴史ある小さな寺があるだけの田舎街。今日も高校だった。昔は夏休みが十日有って、七時限授業は週四だったそうだ。羨ましい。

 俺は山崎ヤマザキ 永吉エイキチ。十五才。男性。

「エーキチ、放課後空いてるか? この後俺等さ、」

「僕は行かない」

 また原口ハラグチ シンに誘われた。たまにしか行かないが毎回誘ってくれる。

「分かってるって。また明日な」

 良い奴だと思う。その誘いを蹴るのは嫌だとも思う。

「では僕抜きで楽しめ」

「仲間外れにしたような言い方は止めろ」

 そう言いながらも笑っている。やはり冗談は理解してくれる相手に限る。

 学校を出る。現在十六時半を超えたところだ。今日も太陽と蝉が自己主張している。

 第二次パリ議定書は案の定達成失敗。南北極の氷の高速融解は日常化。ツバルの島が一つ沈む。ああ悲しい。屋上緑化義務化以前はより酷かったらしいのだが。暑いではなく最早熱い。先程まで空調された教室に居たから猶更だ。

「豪雨災害からの復興に募金をお願いします! 」

 そんな声が公園から届く。少年少女や青年中年たちが募金箱と個人端末を持っていた。額や側頭部は汗の滝が出来ている。

 温暖化に伴い、豪雨と関連災害は日常となった。募金箱内部の密度も下がっただろう。俺だって関係ない。俺だって被災リスクはあり、その際助けてくれれば嬉しい。

「豪雨災害からの復興に募金をお願いします! 」

 だが今はそっち側じゃない。

「豪雨災害からの復興に募金をお願いします! 」

 だから通り過ぎた。

「豪雨災害からの復興に募金をお願いします! 」

 正義は蝉しぐれを貫通して浸透してくる。「豪雨災害からの復興に募金をお願いします! 」「豪雨災害からの復興に募金をお願いします! 」「豪雨災害からの復興に募金をお願いします! 」

 ふと考える。今でこそこんな思考回路だが、将来人を想える人になれたら、いや、なってしまったらどうなるか。これを生涯後悔してしまうのではないか。防衛機制で対処されれば良いがならないとまずい。

 待て。何考えている。募金という単語に単純接触し過ぎて脳が汚染されたんだ。そうだ俺は今正常じゃない。だったら異常行動こそが正常だ。それにここで募金すれば正義の有効殺傷半径から逃れられる。

「僕は正常だ俺は正常だ僕は正常だ」

 そう言いながら募金隊に近付く。子供は怖が、通報されるといけないから中年にした。中身を確認せずに財布からお札を掴んで募金する。もう一枚お札を出して、「経口補水液でも買って下さい。熱中症で搬送されれば募金以上の額が飛ぶ」と中年に渡す。

 俺の募金を無駄にするな。そう言いかけたが堪えた。そこまで狂ってはいないようだ。

「水分補給後は搬送されて治療費払ったと思って、その額の半分でも募金してやって下さい」

 しかしそんなことは言ってしまった。

 ふらふらと歩き出す。心身おかしい。そう暑さでおかしいのだ。強風が吹いた。募金隊のノボリが倒れた。立て直す。ルート上にあって邪魔だったんだ。広場から離れてもまだ正義は届いて来た。しかし効能は薄まっていた。


 スーパーで夕飯と明日の昼飯の弁当を買う。レジで財布を開けたとき、募金したお札たちに千円以外も混ざっていたことに気付いた。

 五千円未満の後悔しない為の投資が、二、三万円のほぼ無意味な損害へと変わった。電子マネー残高確認を面倒がって、現金にしたのが悪いのだ。

「あああああ」

 呻きながら帰宅。土塀と庭に囲まれたロの字のボロ日本家屋。値段は安かった。テロや犯罪の遺族への支援制度が充実していることもあり、俺一人でも購入出来た。

 前は元の家で一人暮らしだった。だが中学卒業に合わせて引っ越した。理由は主に、両親がテロで死んで以後なぜか親戚が増えたからだ。その迎撃が面倒だった。遺産を全部燃やそうかと本気で考えた程に。

 門の隣の通用口を潜り、庭を進んで家に入る。

 窓を全部網戸にする。中庭と外が繋がりクーラーをかけなくとも十分に涼しい。過大な日本家屋を買った理由はこれだ。この程度で損害のストレスは癒されないが。

 とりあえずシャワーにした。風呂は後で良い。どうせまだ汗をかく。

 台所と連結する居間に下着姿で入る。畳が所々かなり軋む程古い家なので、台所にロボットは居ない。

 ちゃぶ台にPCを置いて映画を見始める。これはもう三十回以上見ているが。あの日の前日も見てた。その頃を思い出したいから見ているのかも知れない……。

 クソ。考えるな。名作に悲劇が結びつけられる。

 四時間越えの作品なので昨日少し見ておいた。なので飯時に丁度終了する。夕飯を済ませる。まだ二万円の損害は心を揺らしている。

 そこで呼び鈴が鳴った。後にしろよ。ジャージを着て通用口へ向かう。もう十九時なのに暑い。蝉もうるさい。辛さが増していく。

 通用口の戸のスリット越しに覗く。制服姿で帽子被って鞄持った一学年下くらいの女子が居た。目が合うと一瞬彼女の顔が曇った。今俺は相当辛い顔をしているらしい。顔面を引き締める。

 何用か。新聞や保険ではないだろう。

 なら、

「住民投票はこの間終わりましたよ。それに僕は十五才です」

 この町で合成人への参政権を与えるべきか。だったか。

「違います。合成人管理機構の合成人試用制度です。お忘れですか」

「そんなもの頼んだ記憶は、あ」

 こっちにきて直ぐ、景品に釣られてそんな感じのアンケートに回答した。その件についてこの間メールも来てた。ような。郵便も来てたかも知れない。しかし審査にパスしないと合成人は貸与されないはずだが。

「貴女は本当に合成人ですか」

 彼女は前髪を手でめくる。目を凝らした。額にノミ程の小さな位置情報チップが埋め込まれていた。

 暑さと損害を一瞬忘れた。本物だ。本当に人間じゃないんだ。


 合成人。生命工学で製作された生きた人形。先進国病とも呼ばれる社会問題に対抗する為の人型のワクチン。

 二つの災禍からの復興。それに反比例するように、自殺・犯罪率は上昇し続けた。主な原因は二つ。システム・道具の過度な高度化と、それへの適応障害だ。

 それは思考・選択回数を減少させた。面倒でもあるそれは、裏を返せば人生の醍醐味だ。その減少は生きる意味を希釈し、人々を苛んだ。

 それは()()を必要と思えなくさせた。個人通信端末、労働用ロボット、量子コンピュータ等々の便利な道具。それの企画、生産、輸送、運用等々に関係する大きなシステム。俺がそのどちらにも深く関わっているとしよう。ある日俺が死ぬとする。だが何も変わらない。それ等は世界中で稼働し続ける。それは考えずとも分かる。この世界で代替不可能な存在はない。人間も含めてだ。


 システムは残酷に柔軟で、道具は冷徹で有能だ。社会に()()は不要だ。だが人間はそれを感情的には許容出来なかった。人間は社会的動物だ。社会に不要だとしても、自分には自分が必要だと割り切れなかった。友人や家族は無力だった。社会が欲してくれないと耐えられなかった。

 感情は精神に直結する。孤独や無気力に蝕まれる人が一気に増えた。

 希釈された人生。不要な自分。片方でも心がひび割れるには十分だった。

「驚かせてごめんなさい」

「いえ。本物をこんな至近距離で見たのは初めてだったので」

 かと言って、今更石器時代には戻れなかった。何かへの依存を止めることが簡単なら、依存症なんて概念はこの世界にはない。

 極端な話、今から山奥に行って自給自足の暮らしを一人ですれば良い。それでこの病は治る。便利な存在がない場所で、自分に自分を依存させ必要とさせ、代替不能な存在となり生きる意味を見つければ良い。現に災禍からまだ立ち直れていない国ではこの病は少ない。先進国病と呼ばれる所以だ。

 だがそんな生活が出来るか。電気ガス水道だけでも絶って三日生活してみると良い。人々の多くは苛まれ続けることを選んだ。苦しくともクーラーやコーヒーは欲しいのだ。病んでしまった人間が自制や自給自足生活を出来るはずもないが。


 この病が現れた当初はロボットで緩和出来た。自殺・犯罪率は減った。だが緩和は解決ではなく、機械は人間に優し過ぎた。接してしまうと依存した。減った自殺・犯罪率とほぼ同じ分だけ、機械と歩む為だけに生きる人が出て来た。患者たちは文字通り全てを機械に費やした。傍から見れば異常だった。機械は役目を果たしていただけなのだが。サボったり、人間を罵倒したりするようなプログラムも無意味だった。配偶者との協働や痴話喧嘩くらいにしか捉えられなかった。

 けれどもこれはそこまで問題視されなかった。誰も、本人すらも困っていない。改善したとも取れる。


 本題はここから。また厄介な問題が生まれた。

 人間からの言葉や思い遣りは、ロボットのプログラムとどう違うのか。受ける側からすれば同じだ。皆そう思ってしまった。……あたかも哲学的ゾンビと人間を区別出来ないように。

 人間と機械の違いとは? 鉄製の人間か、肉製の機械しかこの世界に居ないんじゃないか? 一度でも深くロボットを味わうと、世界がそう見えるらしい。それはロボットによる治療・予防以前より強い孤独を生んだ。それまでは届かなくとも周囲に人間は居たのだ。それが全員肉製の機械になってしまったのだから。

 患者の多くは自殺・犯罪を行うかその予備軍となった。

「では慣れて行って下さい。お手伝いします」

「これから? お手伝いって、……? 何時間かかりますか? 」

 次は禁忌で立ち向かった。奇跡を科学で侵犯した。強い反対はあったが、更なる患者増加前に対策が必要だった。オラクル戦争からの機械アレルギーも、機械以外の解決策を後押しした。

 機械は人を愛し、癒す。その長所を持ち、なおかつ一応は人間とも見れる心を持つ存在が造られた。

「これから一か月、よろしくお願いします! 」

 それが彼女たち、いや彼女(便宜上)たち合成人だ。


 

「帰って下さい」

 俺は親合成人ではないが反合成人でもない。問題は知らん他人と一月一緒に居なきゃならんことだ。気になる。部屋暑くないかなとか、ご飯お口に合うかなとか。

「話だけでも。アンケートで制度利用を頼んだんですから」

 それを言われると弱い。話す為、戸を少し開ける。

「こんにちは。山崎永吉です」

 その隙間に足が差し込まれた。フット・イン・ザ・ドアだ。物理の。閉めようとするが手遅れだった。

「話だけでも」

 人形の笑顔が隙間から見える。殴るか? いや傷つけない殴り方なんて知らん。

「だったら足抜け! 出てけ! 」

 抜く気がないのならと、戸にかける力をほんの少し増やす。合成人は足を引く。即戸を閉める。

「足潰しに来たろ! 」

 そうならなくて良かったよ。

「足抜かないからだ! さっさと失せろ! 馬鹿! 」

「失せますう。頼んだくせに拒否されたって報告しますう」

 好きにしろ。そいつ等には不良品が悪いと言ってやる。

 既に十九時を回っていた。そこまで暗くはないが人通りは少ない。暑さは鎮まっていた。蝉はまだうるさかった。

 スリット越しの背中が離れて行く。……待てよ。いや聞くのはタダか。戸を少しだけ開けて、

「お前、どこに帰るんだ? 」

 馬鹿は止まって、

「カプセルホテルだ」

「ずっとそこじゃないだろう」

「管理機構が回収に来る」

「それからは、どうなる」

 またこうして送られるのだろうか。レンタル先が上手く審査をパスした反合成人だったら。考え過ぎとは思うが。俺には無関係だが、俺の選択でこいつが壊されるのは気分が悪い。

「あー。んー。分解されて、新しい合成人の材料? 良かったじゃないか。馬鹿が一体消えて」

「アンケートに答えたことを思い出した。とりあえず、とりあえずこっち来い」

 馬鹿は微妙な表情で向かってきた。

「入れ」

 馬鹿は帽子を脱いで戸を両手で押さえて通用口を潜った。

「おじゃまします」

「良く分かってるじゃないか」

 居間に通す。着座を促しても遠慮された。俺が座ると正座した。俺一人じゃなくなったのでクーラーを点けた。


「全部説明しろ。まず不法侵入未遂から」

「気持ちが逸って、つい」

「合成人でも怖いのか。やっぱり、死ぬのは」

「存在価値を果たせずに廃棄されたくはないな」

 人間に置き換えれば同じことだろう。危ねぇ。やっぱ引き留めて正解だった。

「この件はもう良い。次はお前の目的だ」

「貴方が合成人試用制度の対象者で、だから私が送られてきた。これから一か月よろしく」

「結論だけ言うな」

「本制度は合成人貸与資格の有資格者に対し、本貸与前に仮貸与させることが目的だ。理由はミスマッチの防止。暴行しないかとか、本貸与してから『やっぱ気持ち悪いから止めとく』なんて言わないかとか」

 有資格者でも実物と接するうちに歪むこともある。現に暴行や殺害も発生している。

「アンケートはともかく、僕は無資格だぞ」

 合成人は怪訝な顔になって、「ちょっとごめん」と端末で電話する。しかし電話口の「山崎さん」とやらの話は上手く進んでいない。端末を渡された。電話に出る。

「こんにちは。お電話代わりました、山崎永吉です」

山崎正志ヤマザキ タダシです。こんにちは。こちらの不手際でご迷惑をおかけしてしまって申し訳ない。本制度開始からまだ一月しか経っておらず、我々も混乱してまして。手違いかどうかすら分からないんです≫

 三十代くらいの男の声だ。

「では仮に、手違いだった場合こいつは」

≪は? こいつ? ≫

 ひええ。この人合成人大好きだ。いやそこの職員は全員そうか。

「こちらのご令嬢は回収されて、分解されてしまうのでしょうか」

≪そうはならないと思いますが≫

「手違いじゃないって可能性もありますよね。ご令嬢の指示に従いましょうか? 」

 そうじゃないと、俺が頼んだくせに拒否したことで分解されるかも知れない。現在既に手違いかどうかすら分からないとの前科もあることだし。

≪有り得ます。ですからそうして頂けるならお願いしたいのですが。最短ならそれが判明するまでの間、最長でも一月です。手違いだった場合は、きちんと補償します。それではよろしくお願いします! ≫

 そこで電話は切れた。最後はやたら早口だった。

「やはり、手違いじゃない可能性もある、あってしまうってことだよな」

 合成人に言う。あのアンケートとやらが仮資格を与えるものだった、なんてオチも有り得る。

「お前の存在価値は、僕と一月過ごせば証明されるか? 」

「……マジか? 」

「アンケートに答えたのが悪い」

「じゃあ。改めて、よろしくな。エーキチ」

 皆その呼び方しやがって。馴れ馴れしい。言い易いのは分かるが。こいつの場合電話の向こうの「山崎さん」と被るからだとしても、ちゃんと永吉と呼べよ。

 ちゃぶ台の向こうから手が伸びる。握手する。

「お前、名前は」

「デフォルトネームは佐藤花子だ」

「よろしくな。佐藤」

 こうして、俺の人生で最も短く長い半月が始まった。



 とは言え。我が家の初客だ。どうしよう。

「飯や風呂どうする。風呂は貸してやれるが今晩の飯はないぞ」

「風呂は入って来た。飯は自分のがある。エーキチはもう食べたか。私料理も訓練されてるけど」

「それなら良い。飯は食った」

 食ってなくともお客様に料理はさせられない。さて次は、

「どこで寝るんだ」

「出来れば支援対象者宅が望ましい。長時間共に生活することは信用を生む。それは支援への肯定感を強め、その効果を高めるから」

 表の理由だろ。対象者の自殺や犯罪を阻止し易くする為か。

「分かった。表出てろ」

 佐藤はそれに特に疑問を示さず出て行った。思い出したので虫よけスプレーを渡しておいた。合成人が蚊に刺されるかは知らんが。

 俺は廊下を挟んだ向かいの空き部屋に行く。押し入れから新品の来客用布団と枕を出す。しかしこれは居間に敷いた。ここは長らく掃除していないうえに少し狭い。

 自分の布団を空き部屋に持って行って敷いた。

「暑っつ」

 日は暮れている。しかし動くとどうしても汗が出る。奴の布団についてなきゃ良いが。

 作業終了。佐藤を呼ぶ。奴を表に出したのは、見られたら「自分でやる」って言われそうだったからだ。奴は合成人である前にお客様なのだ。

「風呂行くから好きにしてろ。後それはお前の寝床」

「ありがと。けど良いのか」

「良いんだよ」

 着替えを持って脱衣所に向かう。今日から下着以外も持って行かないと。そこに入ってから、奴から見えなくなってからポケットから端末を出す。

 実は大仕掛けな詐欺を疑っている。しかし合成人管理機構は厚労省HPからリンクしていた。そちらのハックは難しいが、俺の端末なら簡単だ。遺産を考えればリソースは釣り合うかも知れない。しかし詐欺ならもっと上手い設定にする。だから恐らくそうじゃない。その場合、最悪奴は分解される。だったらアンケートの責任取って、最長一月は泊めるのが筋、か。


 端末を片付けて風呂に入る。上がったら二十時を超えていた。居間に戻る。ノックして許可を得て入る。佐藤は鞄を持ったまま隅に立っていた。

「何してんだ」

「指示通り好きにしてた」

 合成人が全部こうなのか、それともこいつが固いのか。座って休んでろとまで言わないと駄目だったか。着座を促しまた遠慮され、また俺が座ってから座った。

「今日は疲れたろ。もう寝ろ」

 新環境は好悪無関係でストレスになる。自分を頼んだか不明な奴の家なら言わずもがな。

「その前に任務を遂行したい」

 自殺・犯罪率を低下させる為、人間を癒す合成人のそれだ。

「山崎永吉さん。何か辛いことはありませんか。私で良ければ話してみて下さい」

「うっかりアンケートに答えたことで、合成人がやって来た。どうすれば良い。後、今までタメ口だった奴が丁寧になってキモい」

「対処する」

 佐藤は廊下に出た。玄関の戸が空いた音がした。

「上のお迎えの前日に帰って来る。位置情報も欺瞞して、支援対象者宅に居続けたように見せる。分解はされないから私を気にしなくても良いし、迷惑も一切かけない。安心して欲しい」

 それなら任務達成と見なされて分解されないはずだ。そりゃ生活は出来る。

 でも一月朝も夜も独りか? 人間を助ける為人間の都合で勝手に作られて、今日ここまで行かされて、それは。そんなこと。

 玄関まで行って言う。

「冗談だ。実際僕は頼んだかも知れないんだ」

 奴は空いた戸に手をかけたまま振り返った。表情に嘘や茶目っ気はない。使命の一環として本当に去ろうとしていたのだ。それで俺が助かると本気で信じて。

「アンケートに答えた以上、僕には制度を実感する義務がある。それはお前が近くに居ないと果たされ難い。その方がお前の存在価値も証明され易いと思うが」

 こんな言い方しか出来ないが。

「そうする」

 佐藤の表情は変わらない。カプセルでもここでも目的が達成されれば良いようだ。合成人を作った馬鹿共は一体何者なんだ。異常者共め。目的だけが達成されればそれで良いのか? 佐藤と同じじゃねえか。

 佐藤が戸を閉めた。手が戸から離れてようやく気が抜けた。

「上がれ」

 佐藤は頷いて戻って来た。

「おじゃまします」

 居間に行く。

「今日はもう寝ろ。もし持ってきてるなら、歯磨き忘れんな」

 まだ二十時半だが俺も寝る。

「するけどその前にさっきのが冗談なら、本当に今辛いことはないか教えて欲しい」

「墓の下の世代に文句言いたくて仕方がない。お前らのせいで現代はクソ暑い、パリ議定書守れ、って」

 お前が、お前等は真っ直ぐ過ぎる。

「付近の山の上に寺と墓があったな。明日参ろう。それで解決だ」

「冗談だ。このクソ暑いのに登山出来るか」

「辛いことがないなら良かった。話は変わるけど、明日飯作った方が良いか? 」

「買ってくる。朝も昼も晩も作らなくて良い」

 話は終わりだ。なんにせよもう寝たい。脱衣所にある洗面所を先に使わせる。反論される前に追加で促すと従ってくれた。

「お先。ありがと」

「ああ、ってそのまま寝るのか」

 先程までと変わらず制服姿だ。

「問題ないけど」

「パジャマや寝間着あるなら着替えて来い」

 再び脱衣所に向かわせる。奴は水色のジャージ姿で出て来た。入れ替わりに入る。歯磨き後に元自室に向かう。奴がちゃんと寝たか確認する為だ。「家主より先に寝るなんて」みたいなこと考えてたら今日中に正す。

 居間をノックせず、静かに覗く。佐藤は眠っていた。

 電気は点いたままだ。俺が戻って来た時、点け直す手間をかけない為か。電気を消した。トイレなりを済ませる。

 新自室に入る。戸と中庭側の窓は開けたままだ。布団に入る。風が通る音だけ聞こえる。

「……」

 これだけ人と学校以外で会話したのはいつ以来だっただろうか。そう考えているうちに眠っていた。

 怒涛の一日目はこうして終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ