第37話 堕ちた神・2
監禁一日目。
驚いたことに食事として出されたのは簡素なパンと具の入っていないスープだけだった。
ぎょっとした顔をしたコムギは長いアホ毛を萎れさせる。
「そんな、罪人ですら食事だけはきちんと取らせてもらえるのに……」
日本でもそうではあったが、ここの場合は人権より食事を優先してる気がした。
こういうところを見るとたしかにおかしい世界だとは思うけれど、だからって壊していいものじゃない。――ロークァットにも何かあったのかもしれないが。
「コムギ、けどこのパン美味しいぞ。ちょっと固くなってるけどスープに浸せば気にならないし、ほら、スープの少し塩味のある味も合うんだ」
俺はスープを吸ったパンを頬張ってみせる。
これだけで三分の二がなくなってしまったが、味の感想は演技でもなく本心だ。
「……! 本当ですね。それに……やっぱり誰かと一緒に食べるって、いつもより美味しく感じます」
「同意見だ。――捕まってる間は? ちゃんと食べれてたか?」
そう訊ねるとコムギは少し申し訳なさそうな顔をした。
「初めはなかなか食事が喉を通らなくて……けどシロさんのことを思い出して、食事は美味しく食べようって思ったんです」
アメリアって子も元気づけてくれたんですよ、とコムギは笑った。
あの金髪の女の子だろうか。あれから姿が見えないが……名前からしてタージュの関係者かもしれない。そういえば髪も目も少し色合いは違うものの近い色だ。
屋敷では同時に叫んだせいで聞き取りづらかったが、お兄ちゃんと呼んでいた気がする。
それなら酷い扱いは受けていないかもしれないな。
「シロさん、離れ離れだった間のことをお互い話しませんか?」
コムギはおずおずと訊ねる。
「私、まだ混乱していて……本当はここから逃げ出す方法を探さなきゃいけないと思うんですけど、少し話をしたいんです」
「ああ、もちろん良いぞ。それにこの部屋の壁や窓は消化できなさそうだしな」
「……?」
「ああいや、こっちの話」
思わず呟いてしまったが、そう、この部屋には鉄が惜しげもなく使われていた。
見た感じ建築には石や木が使われている世界だったが、貴重ながら製鉄技術はあるらしい。
そんなものが使われているということは、それだけ重罪人を閉じ込めておく部屋なんだろう。
(俺なら石なら消化できる気がするけど、鉄はさすがになぁ……)
それに試してみるだけでもコムギに俺が人ならざるものだとバレてしまうだろう。
コムギになら話してもいい。
そう思っているが、今ここで話したとして、もしコムギにとって受け入れがたいことだったら心労を増やすだけだ。それだけは避けたい。
コムギの提案を受け入れた俺はテーブリア村での出来事や皆の見送り、サーカス団での生活や王都に着いてからの話を掻い摘んでした。
コムギは拐われた時のこと――森で魔馬に乗った人間、恐らくロークァット本人に捕まり意識を失い、次に目覚めた時には見知らぬ部屋に閉じ込められていたこと、そしてアメリアという世話係の女の子と食事をしたことや色んな話をしたことを話す。
タージュのことがあるからアメリアのことも信じきれなかったが、理由もわからずひとりでこんな場所に連れて来られたコムギに心の支えがあったことは素直に嬉しかった。
と、そこで件のタージュについて言及される。
「タージュさんは、その、殿下側の人だったってことですけれど……旅の間にシロさんの支えになってたことは本当のことですよね」
裏切られたことはつらいかもしれないけれど、少しの間でも支えがあったことが嬉しいです、とコムギは言った。
それと聞いたのと同時に俺は笑う。
「えっ、えっ、何かおかしなこと言いました……!?」
「いや、その、さっき俺がコムギとアメリアって子に思ったことと同じすぎて……」
「! そ、そうだったんですか」
照れた様子でコムギも笑った。考えることが同じなのは擽ったいが嬉しい。
きっとそう思う気持ちも俺と同じなんだろう。
そしてコムギはそっとこちらを見る。
「シロさんは……タージュさんのこと、どう感じてますか?」
答えにくかったら明日の朝ご飯の話をしましょう、と言うので俺は「あとで朝ご飯の話もしよう」と前置きして口を開いた。
「正直言うと、今でもタージュさんを信じたい気持ちがあるんだ。少しじゃなくてかなり沢山。それだけ世話になったし支えてもらった。けど……」
「けど?」
「ロークァットの片眉を上げる癖を見たか? あの癖、思い返せばタージュさんもしてたんだ。そりゃ個人固有の癖ってわけじゃないだろうけれど……」
俺は道中で夜の見張りをしていた時、焚き火を前にしてタージュと話したことを思い出す。
尊敬してて、なんとしてでも役に立ちたい人。
きっとあの話は本心だ。
そしてそれだけ心寄せる人なら癖が移るのも頷ける。だからこそ。
「……あれを見た瞬間、ああ、この人はあっち側の人間なんだなって思い知って言葉が出なくなった」
信じたい気持ちはある。
どうにかしてサーカス団に戻ってくれないかと、そんな勝手な願いが湧いてくるほどに。
けれどきっとそれは無理な話なんだろう、と俺はあそこでようやく実感したわけだ。タージュは同行していた間に俺の様々なことを調べていたに違いない。
こちらを見ていることが多かったし、不思議な行動もあった。
それでも信じたいなんて滑稽だよな、と続けかけたところでコムギがぎゅっと両手を握った。
「裏切られたからって信じちゃいけないなんて、そんな決まりありません」
「コムギ……」
「あんな仕打ちをされても、シロさん本人が信じたいなら信じていいんです」
コムギは力強い声で言う。
「まずは殿下がどうしてこんなことをしようとしているのか……フードファイトをあんなに嫌っているのは何故なのか、その理由を知って、そしてタージュさんはどういう気持ちで従っているのか、それをはっきりさせましょう。私たちの答えを決めるのもその後でいいと思います」
「……そう……だな、色んなことを説明されたけど肝心なところが抜けたままだ」
タージュを信じたい気持ちも、理由をすべて知ってからどうするべきか決めるべきかもしれない。今はただひたすら宙ぶらりんなままだ。こんな状態で決めた答えが合っているとは思えない。
俺はしっかりと頷くと、コムギと共に「次に二人に会ったら答えてくれるまで問い続けてみようか」と決めた。




