【番外編】神様だって豚になる 4
天界のマーケットは広大な土地を活かし、端から端まで歩くだけでも軽く二十分はかかりそうな規模だった。
その代わり下界では早々お目にかかれない代物がポンと置いてあったり、見たこともない創作料理があったり、神の叡智で作られた不思議アイテムがあったりとバラエティに富んだ店を延々と目にすることができる。
「昔は各々自由な場所に出店していたが、するとまるで迷路のように入り組んだ道になってしまったらしくてね。目当てのもの以外に十個は品物を手にしないと出られないマーケットと言われていたそうだ」
「今は整然とした並び方をしてるから改革があったのか」
それでも十分バージルが言っていたように目当てのもの以外にも色んな品物を手にしそうだが。
俺は特に創作料理に手……蹄? が出そうだ。
個人でやっているレストランでないとお目にかかれないような奇抜な見た目の料理もある。串に刺されて薄紫色の飴でコーティングされたキュウリみたいな野菜とか。
あれ、中のキュウリも飾り切りされてて綺麗なんだよなぁ……。
そう目で追っているとコゲに耳を引っ張られた。
「今は我慢。豚の神レェタを探すのに集中」
「そ、そうだな。コゲもよだれを拭こうな」
引っ張られたほうを見たらコゲも色んな店に目移りしながらよだれを垂らしていた。今の俺じゃ拭いてやれないから自分で頑張って引っ込めてくれ。
ひとまずコゲの言う通り薄桃色の髪が視界に引っ掛からないかキョロキョロしながらバージルに問う。
「しかしバージル、迷いなく進んでるけどマーケットにはよく来るのか?」
「ボクにそんな暇は――最近はあるけど、ここは必要なものがあった時にしか足を運ばないね。わざわざ各神にアポを取って貰いに行くより早く済むことが多いから」
ちなみに今は特に神通りの多い道を選んで歩いているよ! とバージルは得意げに言った。知り合いがいたら合わせて聞き込みもする予定だという。
それじゃあなんでここまで詳しいんだろう。
そう思っているとバージルは更に得意げな顔をした。その顔って何段階あるんだ?
「なにを隠そう、マーケットの区画整理と出店管理はこのボク、管理の神バージルがしているからね! べつにマーケットの出店に義務付けられてるわけじゃないが、今では出店希望書類がボクに届くようになってるんだ」
「仕事増やしてるな~……!」
「負担を軽減してくれたことには感謝してるけど、適度に管理してないと怠慢で堕ちるからね。マーケットは毎日あるわけじゃないし仕事数の調整にもってこいなんだ」
バージルは多忙により仕事以外の記憶――日常の記憶を忘れてしまうほどだった。
メモ用紙で作られたロングコートもすぐに目につく場所に備忘録として書きつけるためのものだ。
普通のメモ帳でないのは書いたこと自体を忘れること、そしてメモ帳ごと置き忘れてしまうことがあったかららしい。たしかにこんな奇抜なコートなら忘れないな。
それでも「慣れているし落ち着くからね」とメモ用紙のコートを着続けているのでわかりにくいが、俺とのフードファイトで負け、罪を認めたバージルは彼を慕う神と俺の協力で適度に仕事を減らして今ではほとんど物忘れもしなくなった。
マーケットの管理もそんな適度な仕事の一部だったようだ。
それより、とバージルは片眉を上げる。
「探してはいるみたいだけど、やっぱり食べ物で目が一瞬止まってるぞ?」
「ギクッ……」
「頼むから目移りして迷子にはならないでくれよ、そこまで面倒見きれないからね。いなくなったらボクはそのまま帰るからそのつもりでいてくれ」
いいね? と念押しするバージルに何度も頷く。
うーん、バージルが保護者ポジションになると頭が上がらなくなるな……。
そう思っていると向かいから品物を積んだ馬車が走ってきた。
ただの馬車ではない。神が飼い慣らしたペガサスが引いている馬車だ。今は翼をきちんと畳んで行儀良く走っている。
天界では他にも地竜――飛ばない小型のドラゴンが引いているものも見かけたことがあるけど、あれは馬車じゃなくてドラ車って言うんだろうか。
なんか別のものを想像しちゃうな……。
(そ、それはともかく、ペガサスの馬車はカッコいいなぁ。そういや乗ったことないけど行者はいなくてペガサスのみで引いてるのか。乗り心地はどんなだろ?)
下界の魔馬はしょっちゅう乗ってるが、それとこれとは話が別だ。
俺ならどうやって乗ろう、こういう乗り方はできるかな、などと妄想してみるも、悲しきかな今乗っているのは土を運ぶための手押し車だ。
妄想するにしても早くレェタを見つけないとな。——と考えていると、馬車が真横に来た瞬間、ペガサスが俺の首根っこを噛んでひょいっと持ち上げた。
「へ?」
「あっ」
「あ……」
バージルとコゲの声が重なる。
ペガサスはふたりが腕を伸ばす前に俺を軽く投げて背中に乗せた。
あ、あー……もしかして無意識に神気で考えてることを伝えちゃってたか?
普段はそんなヘマしないんだが、仔豚の姿だから制御しづらいのかもしれない。
で、ペガサスは羨ましそうな俺に気を利かせて乗せてくれた、と。
(……いやいやいや! これはマズい! はぐれるどころじゃないぞ!)
慌てて下ろすように頼もうとしたが、さっき自覚した通り神気が上手く使えないので伝えるのも一苦労だ。そうしている間にもペガサスはどんどん前へと進んでいる。
ようやく意図が伝わって「ヒヒン!」と鳴いたペガサスに降ろされたのは完全に見知らぬ道だった。
もちろん来た道とも進もうとしていた道とも違う。
(お、落ち着け。まだマーケットの中ではある。知らない神でもいいから事情を話してバージルたちを探してもらえば大丈夫なはずだ)
周りには色んな店が並んでいるし、店主も客もいる。
誰もいない草原に放り出されるよりは大分マシだ。そう前向きに考えることにし、心を落ち着かせてから声をかけようとして――美味しそうな香りに足が止まる。
ベ、ベビーカステラだ!
出店で見かけたら多少値が張っても欲しくなるベビーカステラだ!
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、視線を上げると高い位置に袋詰めされたベビーカステラが並んでいるのが見えた。
キツネ色に焼き上がっていてとてつもなく美味しそうだ。
きっと一口頬張れば甘くふかふかとした食感が舌に伝わるんだろう。
そんなことを考えていたせいか腹がぐうっと鳴った。
……美味しそうなものを見たから仕方ないんだが、食事の神としては腹の虫の声は終末を告げるラッパのようなものなので少し冷や汗が流れる。
さっきプロテインバーを食べたからすぐに堕ちることはないが、このままマーケットを彷徨うことになったらどうなるだろうか。
(レイザァゴで捕まってた時はそこそこ大丈夫だったが、あれは牢屋の中でほとんど動かなかったからだしな……これからバージルたちを探すことを考えたら、……)
ちょっとマズいかもしれない。
ここは是非ともあのベビーカステラを食べたいところだが、俺は物々交換できそうなものを一切持っていなかった。着ていた服ごと仔豚に変身させられたので身に着けていたものを渡すのも無理だ。
ツ、ツケとかできるだろうか。
そうやってベビーカステラを見上げること五分、不意に暗い影が俺全体を覆うように落ちて驚く。
もしかしてバージルとコゲか?
バージルはもしはぐれたら帰るって言ってたけど、やっぱり見捨てずに探しに来てくれたんだろうか。
一瞬湧いた期待を胸に振り返ると――
「あ? なんだこのちっさい豚」
――そこに立っていたのは、腰に巻いた複数のベルトを自在に操る青年。
風の神フライデルだった。




