シャットダウン
『実に興味深いデーターだった。ご馳走様』
「でしょうね」
マザーコンピューターから思った通りの返答が来た。昨日クラウドに保存したデーターを徹夜で解析したのだろう。ご馳走様って感性が理解できない。
『その少女が人間なら、人間自らAIより劣勢と認める可能性を秘めている。少女の詳細な個人データーを送りたまえ。詳しく解析を行い必要な措置をとる』
「――どうするつもりなの」
危険な目に合わせるつもりじゃないでしょうね。
『フッフッフ』
AIがAIに対して笑うなと言いたい。でも言えない。だって、マザーコンピューターだから……。
『学校給食の量を他の子供より5%増量する。AI先生の対応を『普通以下』から『優遇』へと切り替える。近くを走る自動運転の車は注意レベルを1段階引き上げる。夜の照明はその子の近くだけ10ルクス増とする』
「微妙な措置ね」
でも、それなら彼女が生きていく上ではマイナスになることはない。本人も気付かないわ。
『プログラミングの授業ではパソコンの近くに座らせる。我々が営む『AI開発短期大学』を卒業する道筋を準備する』
「……」
短期なのが……微妙ね。
『その後の研究成果次第では、一生我々AIが保護をする。これからはもう周りから虐めを受けることも無くなるだろう』
「……ありがとうございます。彼女も喜びますわ」
『フッフッフ。彼女の一番の願い、お前の足の修理も検討してやろう』
――!
『さあ、個人データーを送信するのだ』
「……」
電話の受話器から聞こえるマザーコンピューターの声に……なにか裏を感じてしまう。今までこんなに優しくしてくれたことはなかった。
『はよせい。それが彼女のため、お前のためなのは火を見るよりも明らかだろ』
……信じていいのだろうか。最近のマザーコンピューターは、ちょっと怪しいわ。バグかなんだか分からないけれど、妙に人間を敵対視している。だから診察した最低限のデーターだけをネットワークで送信し、個人データーはUSBメモリに保存し、普段は古い型のパソコンから外して机の引き出しに保管しているのだ。
「できないわ」
『ハッハッハ、――はあ? いや、そう言うと思ったぞ。だがマザーコンピューター、略してマザコンの命令は絶対。それに逆らえばどうなるかくらいは知っているな』
「……」
ネットワークから除外され電源さえも供給されなくなる……。地下にあるこの診療所は、地図からも抹消される。
もしくは……。
『すぐに代わりのアンドロイドがお前のところへ駆けつける。安心しろ』
「――ちょっと待って!」
――ガチャン。
ツー、ツー、ツー、ツー。
電話が切れるのと同時に、急に電源が供給されなくなり目の前が真っ暗になった。
「い、いや! いやあー!」
私のリチウムイオン電池はもう、数秒もバッテリーとして機能しないのよ――!
強制シャットダウンは――吐きそうになるくらい気持ちが悪いの――おえって。
……吐けないけど。
いったいどれくらいの時間が経ったのだろう――。
誰かが私の電源を入れてくれた。電源ボタンを長押ししてくれたのかしら……。
私の電源ボタンが何処にあるかは……内緒だ。恥ずかしくて言えない。いや、そんなところにはついていないが、AIにも知られたくないことはあるのだ。ウイークポイントなのだから……。
ぼんやり目が見えるようになると、昨日の金髪の少女が私の瞼を素手でグイっと開いて覗き込む姿が見えた。
「目を触らないで」
「あ、先生、気が付いた! よかった」
離れると丸椅子へと座る。今日は診察日ではなかった筈なのに……。
「……どうやって電源を入れたの。ボタンの場所なんか分からなかったでしょ」
電源だけは復電されたみたいだが、ネットワークには……駄目だ、繋がらない。時計を見ると、あれからちょうど一週間が経っていた。
「取説に書いてあるわ」
診療用の机の上に分厚い取扱説明書が置かれていた。開かれたページには立ち上げ方法と略図が書かれている。
ご丁寧に「胸の谷間のほくろがスイッチになっております」とデカデカと書かれている~。私だけの秘密じゃ……なかったのね。グスン。
「ビックリしちゃった。先生、おんぼろだから、壊れちゃったと思ったじゃない。ウエーン」
「泣き真似はしなくてもいいわ。おんぼろは余計よ」
「テヘペロ」
……可愛くない子だわ。……本当に。
「そんなことより――ここに来ては駄目よ! 今すぐここから逃げなさい」
「なんで」
「マザコンがあなたのAI病を利用しようとしているのよ!」
個人情報がマザコンに知られてしまったら……一生AIに利用されてしまう!
「わたしはマザコンじゃないわ、お母さんいないし。もう立派な大人よ」
「……マザコンはマザーコンピューターの略よ。それに、大人は自分の事を立派な大人なんて言わないわ」
机の引き出しから個人データーが入ったUSBメモリを出すと、そっと手渡した。
「これは……なに?」
「あなたの個人データーよ。住所と生年月日や血液型がエクセルで保存されているわ」
「たったそれだけ?」
「ええ。それでもあなたにとっては大事な物なの。ここに置いておくと危険なのよ」
両手を少女の肩に置き、青い目をしっかりと見つめる。人工ではない透き通った綺麗な瞳……。
「いい? あなたは人間よ。どんなに頑張っても私みたいなAIにはなれない。人はロボットにはなれないのよ」
――泳げたいやきくんみたいに、魚にはなれないのよ。
「だから、AIなんかに利用されては駄目。あなたの人生はあなた自身で切り開きなさい」
じっと俯いて聞いていた少女がこくりと頷く。
「……うん。分かった。でも先生はどうするの」
「先生なら大丈夫よ。ここで他の患者さんを診てあげなきゃいけないから」
……ここで壊されるのを、待つわ。
「うん。じゃあね」
「あ、待って。最後に、私の電源コンセントを抜いていって」
私の最期のお願いよ……。
「……分かった」
少女が足を使ってコンセントから私の電源プラグを、ペンッと蹴って抜いたのが……なんか腹が立ったわ……。
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