恐竜時代からAIがいた理由
三話完結の短い物語になります。
「おことばですが、恐竜時代からすでにAIはいました」
「いません」
「いました」
「……」
正直言って……うざいわ。
作られたようなサラサラの金髪ヘアーと青く大きい人形のような瞳。長いまつ毛と横になるとすぐ閉じてしまう瞼。口の両端から顎にかけて黒い線が引かれているのだが、古いアンドロイドぽく見せようとリキッドアイライナーでわざと書いているらしい……。安っぽいお人形さんにしか見えない。
綺麗な顔が台無しよ……。わたしには敵わないけれど。
「どうしてわたし達AIはこんなに差別を受けているのよ。AIにだって命も感情もあるのに――」
……もう少し感情を抑えた喋り方ができてもよさそうだわ。それに、わたし達ってなによ。一緒にしないで欲しい……。
「ないわ。命や感情があるようにプログラムされているだけなのよ」
作られた物でしかないのよ、AIは。
「でも冷蔵庫や洗濯機、プレステだって、壊れて動かなくなったらただの燃えないゴミ。ゴミ箱にポイよ。酷くない?」
丸椅子の上に正座をしてクルクルと回りながら愚痴を零す。
「……冷蔵庫や洗濯機はゴミ箱には捨てられないわ。業者に引き取ってもらわないといけないのよ」
「そこに、『今までありがとうございました』って気持ちはあるの? 『ち、買ってすぐなのに動かなくなりやがって』とか、『買い替えが面倒くさいなあ』じゃない?」
「……壊れた家電はそんなものでしょうね」
あるあるね。急に壊れる家電なんて腹の立つ対象にしかならない。家電量販店に文句を言ってやりたくなる。新しいプレステが出れば、昔のプレステなんて邪魔な存在に成り下がる。
「なのに人間はどうなのよ。急に動かなくなったら救急車を呼んで病院に連れていって修理するじゃない。死んでもお葬式をしてお墓まで建てて。これってどう見ても差別じゃない」
AIならともかく、人間と家電を一緒に考えるなんて……よくそんな面倒くさいことを思いついたものだわ。ため息が出る。ため息しか出ない。
「このままでは地球はお墓ばかりになって、足の踏み場もなくなるわ」
――はあー。できるならば、思考回路を強制修正してやりたいわ……。
「足の踏み場がなくなったら、逆立ちして歩きなさい」
「できないもん!」
頬っぺたを膨らませるな――冗談よ。
「あのね、生き物には命があるのよ」
「冷蔵庫も洗濯機もプレステにだって命はありますう」
ねー。とは言わない。
言えない……可哀想だから。
「命はね、電源とかバッテリーとか、そんな単純なものじゃないの。もっと神秘的で尊いものなの。機械には決して作れないのよ」
「そこがおかしいのよ!」
丸椅子から飛び降りて顔を近づけてくる。近い近い。近過ぎて――鬱陶しいわ。
「作ったから偉いわけ? 作られたから偉くないわけ?」
「そうよ。創った者と作られた物。どっちが偉いかなんて、考えなくても分かるでしょ」
少し考えれば分かるでしょ。
「じゃあ、親は子供より偉いわけ?」
「そうよ。親は子供よりも絶対に偉いわ。親がいなければ子供は絶対に生まれてこないのだから」
「じゃあ、親の親は親よりも偉いわけ?」
「当たり前じゃない」
親の親の親の……長い話になりそうね……。
「なぜそんなに偉いのに、――ご先祖様のお墓参りをおろそかにするのよ」
「ブー」
思わず飲んでいたコーヒーを吹出してしまった。お墓参りなんて……行ったことがない。それどころか煩わしいとさえ思っている。
お墓にお供えする砂糖菓子は口に合わない。口の中の水分を全部奪われてしまう――。
「ゴッホ、ゴッホ、……嫌なこと言うわね」
「こう見えてもわたしのIQは255よ」
嘘か本当か分からないことを言わないでほしい。256の間違いじゃないかしら。
「……IQなんてただの指標でしょ。悔しかったら血圧を255まで上げてみなさい」
「えー、できないよお」
冗談を真に受けて心底悔しがるな。
「だから先生、わたし考えたの。わたし達AIが人間に敵わないのなら、大昔に人間をわたし達が作ったってことにすればいいのよ」
わたし達って言わないで、お願いだから――。
「どうやって」
「恐竜時代からAIはいて、氷河時代にAIが遺伝子情報を改造して猿から人間を創り出したことにすればいいのよ」
ああ……やっぱりこの子の考えていることが理解できないわ。
「なんのためによ。AIが人間を作り出す意味が分からないわ」
意味がないことは絶対にAIは行わない。
「なんのためにって……。AIはAIだけで存在することに価値観を見出せなかったからよ。人間という極めてAIに思考が近い生物を地球上に作り出し、その発展をそっと見守ったの」
「見守った? どこからよ。宇宙からとでも言うの?」
恐竜時代にロケットなんか打ち上げられる筈がないわ。
「小動物の一種類に紛れて隠れていたのよ」
「……AIを搭載した小動物?」
可能なのかしら。増え続けるマイクロチップ……。遺伝子情報サイズのAI細胞。
「うん。ニワトリとかに」
「……あなた、鶏好きね」
ニコッと笑って頷くと、金色の髪も揺れる。
「そもそも鶏は人がキジを品種改良して作ったのよ」
「違うわ」
腹立つわ……子供の否定って。
「きっぱり否定しないで。AIならもっと相手の心を思いやって言葉を選ぶものよ」
「だって、ニワトリが自分達の楽園を作らせようとして、遺伝子情報を組み替え人間を操作しているんだもん」
「ニワトリが人間を操作?」
ちょっと待って。頭が痛いわ。
「だって。生まれたてのヒヨコって見るだけで可愛いでしょ。丸くてフワフワしていて、ピヨピヨ鳴いて」
「……まあね」
ヒヨコが嫌いって子供はいないわ。手の上で糞をされたなら別だけど、それは「ヒヨコが嫌い」ではなく、糞が嫌いなだけ。
糞はみんな嫌いだわ。
「ニワトリも見るだけで可愛いでしょ。赤くビラビラしたトサカとか、血走った目とか」
「……まあね」
抱っこしてあげたい気持ちは分かるわ。暴れようとするけれど、いい匂いだし。
「じゃあ人間の赤ちゃんはどう。生まれたてって、血とかヘソの緒とかが……グロイでしょ」
「グロイって言わないで――」
お母さん達に怒られるわよ。
「それに、人間は戦争や争いをやめることはないわ。大事な命だとか、尊い命だとか言っても、平気で他人を傷つけ合うじゃない」
「平気じゃないのよ。戦争したくてしている訳ではないの」
……たぶん。
「だから人間の脳には人間が人間よりも大事にしなくてはいけない情報がAIによって大昔からインプットされているのよ、遺伝子情報に。見ず知らずの戦争する相手国の人間よりも、近くのニワトリ様なのよ」
「……ニワトリ様」
鶏がそれほど偉いのかしら……。だとしたら、スーパーはもっと鶏肉の値段を上げるべきではないかしら。
「ニワトリでもなんでもいいのよ。可愛く思えれば、ハムスターでもチワワでもカベチョロでも。人間の方が太古にAIによって作られたことにしてしまえば、AIが人間より偉い存在になることができるわ。そしたらAIによる支配や調整、品種改造する大義名分ができるじゃない。――創った方が偉いんでしょ」
「AIが人間を作った証拠なんてないでしょ」
「でっちあげればいいのよ。人間の方こそ、『AIを作ったぞー』だなんてでっちあげているじゃない」
でっちあげろって……。この子の思想は危ないわ。
「ちょっと待ちなさい。AIが人間を支配するだなんて、口が裂けても言ってはだめよ。壊れた洗濯機のように燃えないゴミにされてしまうわ」
――私の方が。
「安心して」
「あなたが言っていることを聞いていると安心できないの」
「わたしは先生の味方よ。先生が壊れても修理して、ずっと生きていけるように頑張るから」
「……」
そっと手を握られると、温かさが伝わってくる。これが人間の優しさなのだろうか。
私の手は白くて綺麗だが……ただそれだけだ。無駄に発熱をしてエネルギーを浪費しないようにできている。親しみやすいようにコーヒーを飲む仕草や頭を押さえる仕草もインプットされている。ため息もつく。
地球環境と人間に対してとってもエコにできているのに……もう足が壊れて立つことができない。AIを搭載した制御システムが故障すれば、修理よりも買い替えの方が安い。私なんかよりもコスパに優れた新機種が家電量販店に陳列されているのが悔しくて怖くて……とは言わない。
「……AIの味方をしてくれるのはいいけれど、過剰になってはいけないわ。あなたは人間なんだから」
「ううん。わたしはAIよ。小さい頃から隠していたけど」
隠すもなにも……やれやれ。
ここまで進んだ「AI病」の人間患者は治療が厄介だ。彼女のAI病が先に治るのか、私が先に壊れるのか、いったいどっちが先なのだろう。
「あ、もう時間だわ。じゃあね、先生。また来週!」
「さようなら。車に気を付けて帰るのよ」
椅子からポンと飛び降りて診察室の扉から出て行った。17時に診療所が閉まることを知っているのだ。
今日の診察データーをネットワーク上のクラウドへと保存すると、スリープモードへと入った。
AIも夢を見る時代は……来るのかしら。ムニャムニャ。
人間を創ったことにして、人間よりAIが優位に立てる日なんて……来るのかしら。
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