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しにがみのかみさま  作者: 名間 汐
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しにがみのかみさま プロローグ

しとしとと、雨の降る日だった。その日は急に母方の親戚に呼ばれ、雨と夜のせいで視界が悪いにも関わらず、ふだん穏やかな運転をする母がスピードを上げて車を走らせていた。母は、いままでみたことのないくらい、深刻な表情をしていた。なにかいやなことがあったということは、当時五歳ののぞみでも容易に察することができた。ワイパーが雨を退ける音だけが、一定の間隔で耳に届く。のぞみはなんども口を開こうとしてすぐに閉じた。いつもはやさしく話しかけてくれる母が、口を固く一の字に結んで、前だけを見ている。話しかけようにも、なんと声をかけていいのか、わからなかった。

 会話のない車内は、のぞみと母だけだった。電話では父も呼ばれていたが、電車が遅延しているせいで、まだ仕事から帰ってきていなかった。お父さんは電車とバスでくるそうよ、と母は言い、のぞみを抱えて車に飛び乗ったのだ。母方の親戚の家は、のぞみの住んでいる家と近かった。電車をおり、バスで十分ほどの距離にある。車で行くと、大体三十分といったところだろうか。のぞみもよく、車が使えない日は、電車とバスで母と手を繋いで行ったことがある。ひとりでも目をつぶって行ける自信がある。だから父は大丈夫だろう。

 まわりが暗いせいでよくわからなかったが、親戚の家についたらしい。荒々しく車をとめた母は、シートベルトをはずし、雨に濡れることもいとわず、のぞみを抱えて玄関へ駆けた。ぬるい雨が、頬を伝った。ぎゅっと母の首にしがみつくと、母は強く抱きしめ返してくれた。闇夜に目を凝らす。車が何台もとまっていた。いくつか見覚えがある。母の兄妹の車だ。人が、集まっている。知っている人がたくさん集まっているのにいやな予感は拭えない。むしろ増すばかりだった。玄関の締まりの悪い扉をがたがたと音を立てて開けた。母は靴を脱ぎ捨て、のぞみの靴も適当に放り、親戚の家の一番奥、祖父の部屋へ向かった。それまでにたくさんの人のすすり泣く声が聞こえた。耳の奥でどくどくと心臓の音が聞こえる。

 開け放たれたふすまの奥、祖父が眠っていた。眠っていたのだが、のぞみにはとても恐ろしいものに思えた。背筋に気持ち悪いものが這い上がってくる。ここでようやく母は抱えていたのぞみをおろした。あまりの恐ろしさに、足元がふらつき、そのまま座り込んでしまった。立ちあがることはできなかった。すぐそこで眠っている祖父がいつもの祖父ではないことだけははっきりとわかったのだが、なにが違うのかがわからなかった。ぐすりと鼻をすすり、母の妹が母に話しかける。

「つい、さっき、ぅ」

「そう……。あんなに、げんきだったのに」

「まだ、まだね、ふとんが、あったかいのよ」

 そう言って母の肩に顔を埋め、彼女はわっと泣いた。母は涙をひとつ見せて、妹をそっと抱きしめた。いくらおさないのぞみでも、いまの会話でわかってしまった。祖父が祖父でないと感じる理由。もう、生きていないからだ。するとぼろぼろと涙がこぼれた。人の死とは、こんなにも身近に、突如、やってくるものなのかと。怖くて、悲しくて、感情の行くさきがわからず、声もあげずにただただ泣いた。

これが、のぞみがはじめて遺体と出会った日だった。


続きます

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