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第二章 第二幕:西国

行こう


同志を探しに


西国へ……。





嘉月と紳月が出会ってから二年の時が過ぎた。

この山で紳月を助け、共に協力し合って過ごしてきた。

そして先のような試合を暇があれば、毎日のように興じているのだ。

新年を迎えて、二人は数えで十九になっていた。

そんなある日。

試合を終わらせ、家屋に戻った二人は、嘉月の入れた茶を啜っていた。


「もうあれから二年だな…」

「なんか爺臭ぇな。でも、そうだな。なんだか短かった気するけど」

「俺達も変わったよな。いろいろと…」


嘉月は考え深げにそう言った。

出会った当初のことが今でも思い浮かべてられる。

今でこそ、互いにシン、カズと呼び合ってるが、始めは紳月に敵対されたものだ。

すぐに誤解は解けたが、追われている者同士警戒をしてしまうのは仕方のないことだった。

言葉使いも一月程度で軽いものとなった。

紳月は些か変わり過ぎのような気もする今日この頃だ。

ふざけたことを言うのが日常茶飯事で。

勿論、今日もそれが繰り返された。


「そうそう!あの時のお前、まだこーんなに小っちゃかったもんなー」


紳月は笑いながら手をひらひらと床と平行に振った。

その高さは一尺あまりだ。

からかいの台詞と動作に、嘉月は顔をひくりと引き攣らせた。

手近にあった湯呑みを徐に掴み取ると、やおら無言のまま手加減一切無しに、力強く紳月に投げつけた。

それは見事に額に当たり、ごすっと鈍い音を奏でた。

勿論、中身はまだ入っていたわけで。

熱々のお茶が紳月の頭に降り掛かった。


「あっちー!いてぇ!何すんだよ、カズ!禿げたらどうするんだ!!」

「シンが悪い。それに毛はまた生えてくるから問題ない」


手ぬぐいで慌てて髪を拭きながら騒ぎ立てる紳月に、嘉月は悪びれもなくしらっと言ってのけた。

目が据わっているので、明らかにまだ怒っていると読み取れた。

居座りを直して、今度は着物にかかったお茶を叩いて取り始めながら、紳月は呟いた。


「…そんな本気にならなくても」

「気にしていた過去を言われれば誰でも怒るとは思わんのか?しかも出鱈目なことを」


確かに嘉月は、紳月と出会った頃は小さかった。

既に十七であったのだが、十三、四に見られていたほどに。

年齢を言った時、紳月にも驚かれたものだ。

現在はそれが嘘のように背が伸びた。

今は六尺ほどあって、近年ではかなり高い方である。

ただ紳月も同じ長身であることが、少し気に食わない。

いつか抜かしてやろうと、永きに渡って思ってきた。

今から伸びることは奇跡に近いが。

それにしてもと嘉月は、紳月を見据えた。


「お前の性格が顕わになるにつれ、子供っぽくなってきたのは気のせいか?」

「おい…、今失礼なこと言わなかったか?」


訝しんで紳月が見てきたが、嘉月はにこやかに笑って誤魔化した。

始めは気が立っていたからか、緊張感のある話し方であったのに対し、一緒に暮らし始めてから今日までで、何も考えずに口に出す子供のように口喧しくなった。

あのままの状態を保てれば良かったのにと最近思う。

最初は日々が明るくなって良かったと思ったものだが、前言撤回である。

ふと嘉月は、そういえば今日は大事な話があったのだと思い起こした。


「なぁ、シン…」

「ああ?何だ?」


染み抜きをしていた紳月は、まだ不機嫌ながらも返してきた。

それは自分にも非があったと理解したが故か、それとも嘉月が真剣な声音であった故か。

おそらく後者の割合の方が高いだろう。

だが紳月は嘉月にしっかりと向かい合った。

大事な話だと汲み取ってくれたようだと思い、嘉月は口を開いた。


「明日、共に西国へ降りてみないか?」

「え…?俺…も……?」


紳月は目を丸くし、動きを止めた。

それは当然の反応だろう。

追われる前もずっと屋敷に隔離されていて、町に出たこともないはずだ。

嘉月はそれを知っている為、安心するように微笑んだ。


「もう俺達も十九だ。力もつけた。そろそろ目的の為に動いても良い頃だと思わんか?」

「目的の為に…西国へ…?」

「そうだ。仲間も必要だろう?西になら同じ目的を持つ奴が居るはずだ」


紳月は腕を組んで唸る。

言っていることには賛成しているのだろうが、恐怖心や不安があるのだろう。

過去に自分がどうして追われることになったのかを考えているに違いない。

嘉月は改めて、紳月の全身をを眺め見た。

髪は黒なのに対し、瞳の色は綺麗な青色で倭人離れした彼の容姿。

自分達と異なる者を受け入れず、蔑む傾向にある東国で彼は生れ落ちた。

それは父親が異国人であったためで、一族が殺され自分が追われ人となったのも異国人との交わりと、紳月という異国の血が混じった子供がいるとばれたからだ。

そんな事実を持つ彼が、人里へ降りるのを拒むのも無理はない。

だが、と嘉月は未だ葛藤する紳月の名を呼んだ。


「安心しろ。西は異国者を受け入れる国だ。その容姿程度で人を避けたりなどしない」


人里からこのまま避けて生き続けることも出来る。

実際出会ってから二年間、ほぼ山の実りだけで食を賄ってきた。

しかし、それはあまりにも寂しいと嘉月は思った。

他人に虐げられたことで小さな箱庭に閉じ込められ、世界へ出ることを奪われた人生。

こんなにも世界は広く、まだその一部しか知らないのに、自ら道を閉ざそうとしている。

生まれてきた者に非はないのに、それは理不尽ではないか。

復讐を誓ったように、人には誰しも自分の意志で自由に生きる権利があるのだから。

きっと西国に行けば僅かながらも変わってくれる。

そう一縷の希望を持って、嘉月は共に行こうと誘ったのだ。


「それにシンなど全く目立たないくらいだ。行ったらもっと驚く奴に会えるぞ」


思い出したかのように嘉月は含み笑いをした。

嘉月はこれまでに西国へ何度も下山している。

金と食料調達のためと、より多くの情報を手に入れるために。

時には扮装して、東へと偵察に下りている日さえあった。

紳月は含み笑いが気になったものの、何度も下山し、安全だと分かった上で話を切り出している嘉月を信じて、一つ頷いて了承した。


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