第二章 第一幕:国境
この月日
同じ願いの為に
少しでも
強く…強く……。
倭86年。
桜などの花々が華やかに咲き誇る季節。
今や誰も通らぬ国境となる森に、木を打ち鳴らす音が辺りに響き渡る。
時に激しく、時に長い間をおいてそれは繰り返されていた。
「とりゃ!!」
軽はずみな掛け声の直後、またコンッとぶつかり合う音がした。
その音は、木刀同士が当たっている音だ。
今、試合をしているのは二人の男。
一人は長い髪を首の後ろで一つに括った青年。
もう一人は短くて硬い髪を持ち、青い目を持った青年。
下手をしたら大惨事となるのに、二人は意に介した風もなく、防具も付けすに全て急所を狙って木刀を振る。
心なしか楽しそうに笑みを浮かべながらも、攻撃は完璧に守られていた。
押し問答していた木刀に互いに力を前に込め、後方に跳躍し、絶妙の間合いを取る。
暫らく構えを崩さずに、牽制するように相手を見据える。
緊張を解いていない証拠である。
ふっと一人が笑みを洩らし、木刀を地面に突き立てた。
「今日はこのくらいにしておこう」
その言葉にもう一人はその場にしゃがみ込んで、息を吐いた。
「はぁ〜…。カズとやると疲れる。何度か命を落としかけた…」
相手が立っているので、自然と上目遣いになった。
その目には非難するような色を見せている。
嘉月は大仰に溜め息を吐いた。
「そんな目をするな。お互い様だろう。俺とて危うかったんだ」
「でも、一度は勝ちてぇ…」
男、紳月は仰向けで空を仰ぎ見た。
試合をしたいと始めて言われてからというものの、其の時に勝ってしまった嘉月は、毎日のように再戦を挑まれていた。
互いの目的の為にも稽古は必要だと思っていたので、向こうからやる気になった事は良かったのだろう。
始めは嘉月が勝ち続けていたのだが、最近は今のような互角にまでなった。
紳月に体力と技力がついたのだろう。
振るったことのない割りに上達が早いのは、やはり血筋であると確信した。
菟田野家も亡命したものの、元は高位武家の家柄であったと聞いたことがある。
つまりは隔世遺伝というやつだ。
嘉月はふと先の言葉を思い出し、目を眇めた。
「おい、シン…。それは俺に死ねという事か?今のシンの刀をまともに食らわば、俺の命が危ないわ」
紳月は強くなったものの、まだ手加減を知る域までは達していない。
力を出し切った今の剣を受ければ、骨の一本や二本は軽く折れるだろう。
呆れたように言った台詞に、紳月はがばりと状態を起こした。
袴に泥がついていたがお構いなしだ。
その姿を見ていると犬のように思える。
紳月は驚きで目を見開いていた。
「俺、そんなに強くなったのか?」
ポツリと呟かれた言葉に、今度は嘉月の驚く番だった。
気付いていなかったのか、この男は。
そう思いながらも、口には出さずに押し止めた。
自分を客観的に見ることが出来るわけでもないし、勝ったことがないからこそ、未だに弱いと思い込んでいるのだろう。
互角になってきていることにくらい気付いても良いものだが。
それに紳月はちょっとしたことですぐに臍を曲げる。
何も言い返さないことが得策だろう。
嘉月は代わりに薄く笑った。
「今では殆ど互角だ。戦で言うならば、相打ちで共倒れ…といったところか」
「…でも、本気じゃない」
紳月は立ち上がって、衣に付いた泥を手で払った。
木刀を抜くと、そのまま嘉月へと向けた。
「「お互いにな」」
同時に放った言葉に、二人は顔を見合わせて笑った。
漸くこれから復讐のために動き出します。
登場人物がたくさん出てきたり、視点が飛んだり、
現在と過去が入り組んでいたりしますが、お付き合い頂ければ幸いです。
「第二章:出会い」は、一人新たな人物がいます。
どんな人物なのか、御楽しみに。