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第一章 第五幕:同志

偶々出会い


そして共に道を行く


これは運命だろうか……――。






「俺の名は嘉月。伊佐美嘉月だ」


紳月は明らかな戸惑いを見せた。

意表を突かれたのか。それとも名に驚いたのだろうか。

伊佐美という名だけは、まだ消えることのない名だ。

いろんな意味で有名な武を誇る東国武将の一人だった者の名。

紳月は顔を顰めた。


「何故そんな嘘を吐く」

「嘘ではない。そう思うのも無理はないがな」

「いや、嘘だ。伊佐美家の嫡子、嘉月はもう死んだと聞いている」


少年を見るその目は、詮索の色を見せていた。

もとより嘉月という名を知っている者は極めて少ない。

だが少年はそのことにも驚かなかった。

それは紳月が自分を知っているということが、想定内であったからに他ならない。

嘉月と名乗った少年は薄く笑った。


「それが誤報なんだ。死んだのは子供の奴隷役人だろう。放火されたあの日の夜に死んだらしい。年の頃も同じだから俺だと思ったのだろう。此方としては助かったがな」


嘉月はお茶をくいと飲み干した。

一応ことの成り行きは全ては話したつもりだ。

だが紳月の方へ目を向けると、まだ何かを疑っているようである。

これ以上何を話せというのだろうか。

紳月は目をすっと細め、静かに口を開いた。


「……仮に…お前が嘉月だとしよう。ならば何故そんなものを着ている」


紳月の視線は、食い入るように嘉月の胸元に留まっている。

一瞬目を瞬かせ、嘉月は今自分の着ている服を見下ろした。

そこでやっとその問いの意と、疑いが晴れない理由を悟った。

今、嘉月が着ているものは紳月の反応が誤解するのに十分な出で立ちであった。

背や胸の辺りには麻の紋様が刻印されており、生地も麻で仕立てられている。

それは正しく、浅間という姓から安易に決められた、浅間家の紋の入った統服であった。

嘉月はああと言うと、刻印の入った上着を脱いだ。


「…これは山を出歩く時だけ着ているものだ。これを着ていれば怪しまれる事はないからな」


現来、国境のために滅多に人の往来はないのだが、念を入れるに越したことはない。

一応此処は浅間の東領地に入っている部分もあるのだから。

今存在がばれるわけにはいかない。

目的が成せる其の時まで。

嘉月は服を見つめ、強く握った。


「…嫌じゃ…ないのか?」


紳月はぽつりと言った。

青の双眼が少し辛そうに嘉月を捕らえる。

嘉月には言葉の意図が、目から安易に理解できた。

紳月の母親は、異国の者と交わりをかわし、子を成したため、浅間を怒らせた。

初めは家に隠しおいていたが、何らかの経路で一週間ほど前に見つかり、親族は拷問の挙句に殺されたという。

紳月はおそらく自分と同じ気持ちに違いない。

浅間を憎く思い、復讐を果たそうと思っているだろう。


《…嫌じゃ…ないのか?》


向こうも自分の気持ちを理解しているのなら、その言葉の真意はきっと、自分の家族を惨殺して此方も殺してやりたいと思っているような浅間の紋の入った服を着るのは嫌ではないのか。という意味だろう。

嘉月は何も言わず、すくと立ち上がった。

後方の物置の襖を開けると、大切な形見を掴み取った。


「…どんなに憎い代物でも、使えるものは精々使わせてもらうさ」


嘉月は自嘲気味に笑ってそう吐き捨て、手にした物を見つめて強く握った。

それは親が最後に自分へと託した、菖蒲の家紋が刻まれた一本の刀。

確かに憎む敵の隊服を着ることは苛立たしく、憎悪を覚える。

だがこの行為が復讐心を更に掻き立て、自分の生きる気力を奮い立たせていた。

親を追って死を選ばず、今まで生きる道を選べていたのは、ひとえに復讐心があったからだ。今もこれからも、この悪循環な生き様が変わることはあるまい。

嘉月は刀を紳月に向かって突き出した。


「我が目的はこの形見の刀“狭霧”で両親の仇、浅間を討ち取ることだ。この思いは何があろうとも決して変わらぬ。たとえ我が命を賭すことになろうとも…」


その目に闘志が宿った。

あの日のことを一秒たりとも忘れたことはない。

忘れることの出来ない忌々しい過去。

そして、あの時誓った一つの決意。

紳月は薄く笑うと立ち上がり、鞘に納まったままの刀を狭霧と交差させた。

何事かと問うように、嘉月は視線を投げかけた。


「…俺の目的も母の仇である浅間を斬ることだ。嘉月…、お前を信じよう」


紳月は軽く刀を打ち鳴らした。

それは同志であると認めた無言の訴えだった。

二人は互いに顔を見合い、薄く笑った。


「案外簡単に信じるな。先までの疑い深さが微塵もない」

「名刀“狭霧”と服の紋“菖蒲”を見せられたらな。それは伊佐美家の物だ。疑ったことは詫びるぜ。そんなものを着てるから浅間の者だと思った」

「紋を知っているのならば、始めに見せれば良かったな…」


紳月は刀を袴紐に納め、浅間の統服を示す。

それを眺めながら、嘉月は一人ごちた。

確かに初めましての相手がこれを着ているのを見たら、誰だって間違えるだろう。

違うという証拠など何処にもないのだ。

紳月にとっても狭霧と菖蒲と、あの強い決意が有ればこその信用だった。


「それであの雪の中、俺をつけていたというわけか」

「ああ。さてと…、世話になったな。そろそろ出るとしよう」


紳月は手を出していなかったお茶に手を伸ばし、一気に飲み干すと、ご馳走さんと言って戸に向かって歩き出した。

その後姿を見た嘉月は急に何とも言えない感覚に襲われた。


「紳月、ちょっと待て」


気が付けば呼び止めていた。

たった二年のことだと思っていたが、本当は一人で寂しかったのだろうか。

それとも、運命のようなもの感じたのだろうか。

何なのかは分からないままであったが、口が勝手に語っていた。


「お前、行く所がないのだろう?」

「ああ。でもまぁ、どうにかやっていくさ」

「…もし良ければだが、共に暮らさないか?」


振り返った紳月は驚いた顔をしていた。

其の時に見た目から、ただ何となく思ってしまった。

きっと後者が正しかったのだと。

この男と出会ったのは、偶然ではない。

運命に近いようなものなのだと。

明確な理由などはなく、誰かが共にいるようにと心に語りかけてきたかのように。


「同じ目的を持って生きてるんだ。どうだろうか?」


真剣な物言いの後、暫しの間が空いた。

すぐに返事がないというのは、拒否の可能性が高い。

此方とて急に思い至ったことであるため、致し方のないことだ。

話題を終わりにしようと思った時、紳月は突然笑い出した。


「そっちが良いなら構わないぜ。“月”同士仲良くやろうじゃないか」


その返事を返しながらも尚も笑い続ける。

理由もわからない嘉月は少しむっとした。


「…何故笑う?」

「あ〜、悪ぃ悪ぃ。でもお前が悪いんだぞ?」


口元に手を当てて、笑いを堪えながら紳月は言った。

だが、嘉月自身にはそんな笑うようなことした覚えはない。

首を捻ると、解っていないと読み取った彼は口を開いた。


「真剣な、顔で、共に暮らさないか?なんて、言うから…」


笑いを堪えながらなので、その言葉は区切って言われた。

嘉月はその言葉を思い起こす。

共に暮らさないか。

よくよく考えるとその言葉は…


「それって、女に対しての愛の告白じゃないか?」


その言葉に嘉月は羞恥で赤く染まり、紳月は盛大に噴き出した。



「第一部・出会い編」はこれで終了です。

実は浅間側と伊佐美側で話を展開していく予定です。

で、伊佐美側はこの二人をメインに動かしていきます。

というわけで一人ずつキャラ紹介していきます!



氏名:伊佐美嘉月(いさみ かづき)


歳:19 /武器:刀 /一人称:俺(私) /紋:菖蒲 /愛称:カズ /趣味:小物作り /役職:武将


東では武の名家と名高い、伊佐美家の嫡男。

浅間に口答えをしただけで両親が殺され、その事を恨んで復讐を誓い続けてきた。

武も知も優れる文武両道型だが、やはり武の方が得意。

見た目は優男だが怒らせると一番怖い。

冷静に物事を捉え、意思を曲げない強い心を持つ。

生来の性なのか意外と世話焼きで、放っておけずにすぐ手を出す。

自分から苦労人となっているが、本人は無自覚。

突込みが多いのもその真面目な性格故のもの。

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