表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/55

第一章 第四幕:警戒

第三幕の少年視点です。両者の思考の違いを御楽しみ下さい。

最近見た手配書に顔が似ていたことから、この男を連れ帰ってきた。

元々見捨てられる性質でもないのだが、金銭面を考えると如何とし難いものがある。

安定した職についているわけでもない為、自分だけで手一杯の生活なのだ。

だのに男が倒れた理由は、栄養失調。

彼の事情から考えても、ろくに食物を摂取していなかったに違いない。

何といっても追われている身なのだ。

今作っている飯だけで足りるかどうかも危うい。

そう思っていると、男の瞼がふっと持ち上がった。

起きたばかりの虚ろな眼で、現状を把握しようとしている。

男は視線を横に滑らせると、自分を見て瞠目していた。

がばっと勢いよく跳ね起き、近くに置かれていた刀を掴んだ。


「ああ、起きたのか?」


一瞬驚いたが、すぐに事も無げにそう言った。

自分を見て瞬時に刀を掴む反射神経には確かに目を見張った。

だが立てはしないだろう。

すぐに視線を落とし、焦げないように目の前にある鍋を掻き混ぜる。


「貴様っ…誰だ!?……っ!?」


男は警戒して、脅しに抜刀しようとした。

だが、ふらりとよろめき、そのまま床に再び倒れこんだ。

あれだけ衰弱していたというのに急に立ち上がっては、眩暈を起こすのが当たり前だ。

それにしても思った通りのことを起こす男である。

訳がわからず唖然としているので、溜息をついて男へと視線を向けた。


「栄養失調だ。大方、何日も食べていなかったんだろう。動かずにじっとしていろ」


掻き回していた鍋は、よく煮詰まったようだ。

それを確認して立ち上がり、水場から二人分の椀と箸を持ってきた。

出来上がった雑炊を椀によそい、男に差し出す。

作っていたのは、具として猪肉と野菜を入れた簡単な雑炊だ。

男が中々受け取らないので、警戒しているのだろうと思い起こす。

ならばと安心させるように、箸と共に男の前の床に置いて笑った。


「雑炊だ。こんなものしか今は作れん。毒など入っていないから遠慮せず食え」


そう言って先に雑炊に手を付ける。

その方がきっと信憑性も増して、食べやすいだろうと思ったからだ。

案の定、男はその姿を見ると、椀を手にとって一口入れた。

始めは恐る恐るといった風だったが、次第に早くなっていく。

それが動物に似ていると感じて忍び笑った。


「まだあるから、好きなだけ食っていいぞ」


結局三人前はあろうかという量を男は平らげた。

その事に満足して片付けてくると言い、障子の向こうへと片しに向かう。

男を見ていたが、あの容姿から手配されている男に間違いないようだ。

自分と似たような境遇の彼を助けられて良かったとも思う。

だがあれだけ警戒されていると、納得させるのは難しそうだ。

それでも全てを話す以外に方法はないだろう。

結局そこに行き着くのかと、思わず深い溜息を吐いた。

とりあえず茶を入れ、部屋へと戻った。

先程と同じ処に腰を下ろして胡坐を掻き、茶を勧めてまた先に一口啜る。

男はその間も警戒心剥き出しで、此方を見ていた。

だが逆もまた然りで、此方からも茶を啜りながらも洞察した。

歳は確か自分と同じだったと思うが、何分背が高い。

運ぶのにも多少の苦労を強いられた。

そんなまだ成長途中であろうことに、少し劣等感を持たずにはいられない。

何しろ自分は十三、四くらいの子供にしか見えないのだから。

男が此方を凝視しているのに耐えられず、何とか説得しようと笑みを浮かべた。


「そう警戒するな。俺は浅間に付くものではない」

「!…確証がない」


男は初め名に反応し、驚いた顔をしていたが、すぐに端的な言葉を返した。

飯をあれだけ食べておいてそれはないだろうと思わないでもない。

あのまま置き去りにしておいても良かったのだが、間接的にだが知っている人物で、尚且つ自分と同じ境遇の目的を持つ者だからこそ助けたのだ。

だが警戒するのも尤もなので、気付かれないように小さく溜め息を吐くに留めた。


「俺はお前と同じ目的を持っている。これは確信だ。無関係な奴を助けるほど自分もお人好しではないからな。これでどうだ?シンゲツ」

「っ!何故、俺の名を…!?」


男が更に警戒心を強めたことが伝わってくる。

心の中だけで逆効果だったかと悔いる。

ひしひしと感じながらも、茶をまた一口飲んでから口を開いた。


「何故って、最近一番熱々の話題だからだ。菟田野家に異国被れがいたことが発覚し、現在その者は逃走中。名をシンゲツ。齢十七で、青の瞳を持つ男…とな」


片目を眇めて、シンゲツの目を見ながらそう言ってやった。

安易にそれが証拠だと言っているかのように。

其処には隠しようのない青い双眼があり、自分を見ている。

シンゲツは今更気付いたのか、あっと声を洩らした。

目の前にいる男の頭脳は子供並み。

ずっと軟禁生活を送っていれば、当たり前と言えば当たり前だが。


「それにしてもシンゲツってどの字だ?新たか?それとも神か?」


どっちにしてもご大層な名だな、などと話を勝手に進めていく。

話をずらしたのは、そんなに触れて欲しくない事柄だろうと思ったからだ。

思い出したくも無い、近い過去のことだから。

更に離そうかと思ったが、シンゲツは名の話に止めに入った。


「どっちでもない。シンは紳士の紳。母が付けてくれた俺の宝だ!」

「ほぅ。優れ、誉ある人物になるようにってところか」

「…え?」

「まぁ、何でも良いんだがな。呼ぶのに字はいらぬし。で、俺の信用は上がったか?」


名に込められていた意味が当たっていたらしく、紳月は驚いていた。

名が宝なのは自分も同じだが、今は先に話すべきことがある。

驚く紳月を捨て置いて、話を進めようとした。

それも、にこやかに。

少しからかってみたかったのかもしれない。

案の定、そこで紳月は我慢の糸が切れたようだ。


「何でも良いとか言うな!それに余計に怪しいわ!第一、お前は誰だ!!」


そこで初めて名を名乗っていなかったことに気付いた。

言われなかったらずっと忘れていただろう。

自分らしからぬ単純な誤りに、くつりと苦笑を漏らした。


「ああ、言ってなかったか。俺の名は嘉月。伊佐美嘉月だ」




久々に名乗る名前は懐かしく、


また、自分のものじゃないように感じた――――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ