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第一章 第三幕:紳月

今話は<男視点>でお送り致します。

何故あんな目に遭わなきゃいけない


自分達が何をしたというのか


一箇所違うだけ


ただそれだけの事なのに――――。






身体が何か暖かいものに包まれている。

手で分かるふかふかの感触。耳に聞こえる火で弾ける薪の音。

男はふと瞼を持ち上げた。

目の前にまず見えたのは、木目や梁の見える家屋の天井だった。

まだ覚めない頭で、男は不思議に思って眉を顰めた。

自分は雪山で一人の男とやりあっていたはずなのに、いつの間にこんな所へ来たのだろうか。

何故か布団にまで横になっていて…。

男は視線を横に滑らせると、其処に居た者を見て瞠目した。

がばっと勢いよく跳ね起き、近くに置かれていた刀を掴んだ。


「ああ、起きたのか?」


少年は一瞬驚いた顔をしたが、事も無げにそう言った。

すぐに視線を落とし、目の前にある鍋を掻き混ぜる。


「貴様っ…誰だ!?……っ!?」


男は警戒して、脅しに抜刀しようとした。

だが、眩暈がしてそのまま床に再び倒れこんだ。

一体自分の身体に何があったというのか。

訳が分からず唖然としていると、少年が男へと視線を向けた。


「栄養失調だ。大方、何日も食べていなかったんだろう。動かずにじっとしていろ」


少年はそういうと立ち上がり、何処からか二人分の椀と箸を持ってきた。

出来上がった何かを椀によそい、男に差し出す。

中に入っていたのは、肉と野菜の入った雑炊。

男が中々受け取らずにいると、箸と共に男の前の床に置いて微笑んだ。


「雑炊だ。こんなものしか今は作れん。毒など入っていないから遠慮せず食え」


少年は先に雑炊に手を付けた。

その方がきっと信憑性も増して、食べ易いだろうと思っての行動だ。

案の定、男は少年のその姿を見ると、椀を手にとって一口入れた。

始めは恐る恐るといった風だったが、次第に早くなっていく。

何故か少年が笑っていたが、男は意に介することなく、摂取だけに集中した。


「まだあるから、好きなだけ食っていいぞ」


結局三人前はあろうかという量を男は平らげた。

少年は片付けてくるといって、障子の向こうに姿を消した。

男は改めて今自分のいる部屋を見渡した。

見た感じ、何処かの廃寺という感じではなさそうだ。

わりと立派な造りをした屋敷だ。

それこそ貴族が住まうような。

男は少し警戒心を戻した。

飯を食わせて貰ったからといっても、完全に信じることは出来ない。

男がそんな考えを巡らせていると、少年がお茶を持って戻ってきた。

先程と同じ処に腰を下ろして胡坐を掻き、茶を勧めた。

少年はまたもや先に一口啜る。

男はその間も警戒心剥き出しで、少年を見た。

歳は十三、四。割と整った顔立ちをしている。

因みに歳は少年の身長から割り出した。

成長途中と言ったところだろう。

そんな男の観察眼に気付いた少年は、笑みを浮かべた。


「そう警戒するな。俺は浅間に付く者ではない」

「!…確証がない」


男は初め名に反応し、驚いた顔をしていたが、すぐに端的な言葉を返した。

そう、確証がないのだから、まだ信じきってはいけない。

助けて貰ったのは有難いが、浅間の名が出た理由も分からず認めてはいけない。

そう思いを固めていると、少年が少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「俺はお前と同じ目的を持っている。これは確信だ。無関係な奴を助けるほど自分もお人好しではないのでな。これでどうだ?シンゲツ」

「っ!何故、俺の名を…!?」


名を知っていたことに男は更に警戒心を強めた。

少年は茶をまた一口飲んでから口を開いた。


「何故って、最近一番熱々の話題だからな。菟田野家に異国被れがいたことが発覚し、現在その者は逃走中。名をシンゲツ。齢十七で、青の瞳を持つ男…とな」


少年はシンゲツの目を見ながらそう言った。

安易にそれが証拠だと言っているかのように。

男はあっと小さく声を洩らし、手を目に持っていった。

其処には自分を示すのに最も良い証拠となる青の双眼がある。

だが少年はそんなことはどうでも良いようだった。


「それにしてもシンゲツってどの字だ?新たか?それとも神か?」


少年はどっちにしてもご大層な名だな、などと話を勝手に進めた。

というより、話が完璧にずれている。

男はそのまま訳の分からない方へ進みそうだった少年を止めた。


「どっちでもない。シンは紳士の紳。母が付けてくれた俺の宝だっ」

「ほぅ。優れ、誉ある人物になるようにってところか」

「…え?」

「まぁ、何でも良いんだがな。呼ぶのに字はいらぬし。で、俺の信用は上がったか?」


名に込められた意味を言い当てられて、驚く紳月を捨て置き、少年は話を進めた。

それも、にこやかに。

そこで紳月は我慢の糸が切れた。


「何でも良いとか言うな!それに余計に怪しいわ!第一、お前は誰だ!」


そう怪しい者かはさておき、名前を聞いていなかったのだ。

紳月が切り出すと少年は首を傾げた。

そして忘れていたかのように切り出した。




「ああ、言ってなかったか?俺の名は嘉月――。伊佐美嘉月だ」


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