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第五章 第六幕:罵倒


殺されても良いと思った


償う方法はそれしかないから


だが、彼の包む込むような暖かさと


凍りつくような殺気が


その判断を惑わせた――。







ずっと一人で平気だと思っていた。

でもそれは誤りだったのだと今気付かされた。

他には誰もいないのだと諦めて、一人の方が良いと虚勢を張っていただけだと。

存在を受け入れられずに寂しいと感じていることに気付かぬふりをしていた。

今思えば、人とこう普通に対話するのもいつ振りのことか。


「ああ、でも仕事の邪魔になりますか?」


音で此処まで確かめに来るほどですし。

そう申し訳なさそうに苦笑を浮かべる彼に、雅はすぐさま否と答えていた。

本当ならば、どうあってでも避けたい対象であるのに。

明智光秀――。

齢は不明だが、若くして大の策略家“明智光秀”の称号を名乗ることを公認され、界隈では畏怖を込めて死神と噂されている程の大物軍師。

軍師参謀長として殿の右腕にまで昇格したと聞いたのは、まだ耳に新しい。

常に笑顔の仮面で覆っているが、性格は冷酷で残忍。

彼の策に失敗という文字はなく、生存者も皆無だと言われている。

それが誰しにも語られる明智光秀の像であった。

だが、実際に見た眼前の彼は、とてもそうは見えなかった。


「何か悩み事ですか?」


「え!?」


反応のない雅を怪訝に思ったのだろう。

知らぬ間に深く考え込んでいたようで、ふいに問われた言葉に肩が跳ねる。

下がっていた顔を上げると、すぐ傍まで明智が移動していて驚いた。

自然な動作で手を伸ばすと雅がずっと握りっぱなしだった扇をやんわりと取り、柔らかい笑顔で小首を傾げた。


「自分で良ければ、相談に乗りますよ?他人に話せばすっきりすることもあります」


それは甘い誘惑。

此処で話してしまえば殿へと伝わり、役を失脚するどころか首が飛ぶだろう。

何と言っても明智は殿の右腕なのだから。

耳を塞ぎたい。

だが、身体は痺れたように動かなかった。

どう返答することも出来ずに黙っていると、明智は眉尻を下げて失笑した。


「まぁ……自分は信用できる地位でもありませんし、無理強いはしませんがね」


それに、専門的なことはさすがに無理ですから。

明智はあっさりと己で自身のことを信用できない存在だと言い切った。

さも当然のことだと言っているようで、本人に気にした様子は微塵も無い。

その様子を見ていると、心の何処かで彼は信じるに値する人物なのだと思えてくる。

それどころか安心している自分がいた。

雲の上のような上官であるのに、彼を前にしても緊張しておらずに胸中穏やかだ。

この人にならば何故か全てを打ち明けられると証拠もないのにそう思った。

明智を包み込む柔らかい空気が、暖かな表情が大丈夫なのだと信じ込ませる。

もしその表情すら騙していたとしても、もうどうでも良い。

殺されても構わない。

だがその前に、話すことで一瞬でも楽になりたい――。


「人を……殺したんだ」


想いと言動は比例する。

意を決した後、雅は自嘲気味に笑って、そう言葉を零していた。

明智の柳眉がぴくりと訝むように動く。


「唐繰師である貴方が?戦場には立たないでしょうに」


何を言っているのかと、不審を思うように言葉が吐き出される。

そう。言われていることは確かに彼の言う通りだ。

だが雅の言っている意味は、それとは異なる。


「確かに戦場には赴かないよ。でも、僕の作った唐繰りで人が死んだんだ」


人の生活を救う為に作った唐繰。

だが今更そう言ったところで言い訳にしかならないことは分かっていた。

だから言葉にはしなかったのだが、今溜め込んでいたそれが爆発した。


「あれがなければ死なずに済んだ人がいたかもしれないのに……!元を正せば、殺したのはこの僕だ……!」


発明者である自分がこれほどまでに恨めしいと感じたことはない。

俯いて唇を噛み締めていると、雅殿と呼ばれて顔をゆっくりと上げる。

きっと呆れているか、同情めいた表情をしているのだろう。

だが、眼前にいた彼は意に反して満面の笑顔で、驚き固まった。


「それが判っているなら雅殿は大丈夫ですよ。確かに……唐繰は使い方によっては間接的に人を殺すものとなります」


「っ!それ……!」


「着火装置。これのことを言っているのでしょう?」


明智は懐に手を忍ばせると、雅が作った唐繰を取り出して掲げた。

それは正しく今回自分の心を揺さぶる原因となる物だった。

突起部分を押せば、かちりと音を立てて小さな灯火が上がった。

思わず動揺が奔るが、明智は気にも留めずに火を消して言葉を続けた。


「此度の戦、軍師菅原殿の発案の元に使用されました。貴方の言うように、死んだ者達の中には確かにそれを恨んだ者もいたでしょう」


まるで答え合わせをするように、雅の考えに沿ったものが返された。

自分で口にしたことばかりなのに、人に言われると胸が締め付けられる。

明智は一つの扇を開くと口元を隠し、すっと目を細めた。


「雅殿。貴方は、自分が死ねば償えるとお思いでは?」


静かに紡がれたソレに、雅は息を詰まらせた。

彼が言った事は図星だったから。

雅は心を落ち着かせるように息を吐くと、自身を鼻で嘲笑った。


「さすが天下の明智光秀様。下々の考えなんて何でもお見通しだね。だって、そうでしょ?命は二度と還らないんだ。僕が死ねば……」


死んで黄泉へと渡った者達も、またその遺族も納得する。

それしか自分に方法は見付からない。

気持ちの降下に相して顔が次第に俯いていく。

その時は砂が擦れる音も聞こえず、彼の表情が凍て付いたことにも気付かなかった。


「……それはただ現実から逃げているだけです」


「違うっ!僕はそうすることで償えるんだ!」


明智の言葉に即否定の声をぶつける。

それが唯一彼等の心を健やかに出来る術だと、本心からそう思っている。

だが心は何故か彼の言葉に痛みを覚え、自分の胸元で拳を握った。


「貴方がその気になっているだけですよ。命を絶つことで消えるは、己の心の罪悪感のみ」


「…る、さい……」


「所詮は自分が楽になりたいがための言い訳に過ぎないんで」


「っ煩い!うるさい、煩い煩い煩いっ!」


明智の言葉を遮り、半場半狂乱になったように言葉の連鎖を浴びせる。

一時、自分が何故こんなにも声を荒げているのか分からなくなる。

だからか頭で考えるより先に、言葉は音となって飛び出していた。


「君に何が解るのさ!……ああ、そうか。君は人を殺すことを何とも思っていないんだ。だから簡単にそんなことが言えるんだよ!」


心の痛みすらわからない、人の死を何とも思わない冷徹な人間だから。

その時明智の肩がぴくりと動いたが、雅に見えることはなかった。

叫びの羅列は矢次に飛び出しては彼に向けて放たれていく。

頭の何処かで酷い文を認識していながらも、今の自分に止めることは出来なかった。


「僕は君とは違うっ!たくさんの人を殺しておいて、のうのうと今も生きてる君に、僕の気持ちが分かるはずがないっ!」


全てをぶちまけて、雅は久々の大声で荒くなった息を吐き出した。

だが呼吸を整える間もなく、低く硬い声音が響いた。


「言いたいことは、それだけですか?」


その言葉に自分が何を言ったのかが走馬灯のように駆け巡り、一気に青褪めた。

口にしていたのは罵倒という失言の数々。

しかし音にしてしまった今、撤回するのはもう遅い。

ふいに鋭い風が凪ぐと、赤い雫が首から滴り落ちた。

先日、初めて評価を頂きました!有難う御座います!

お気に入り登録して下さっている方もいらっしゃって嬉しいです。


完結するまで頑張りますので、今後とも宜しくお願いします。

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