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第五章 第四幕:火種


人の役に立ちたかった


殺すのを目的としない唐繰りを開発して


生活が少しでも楽になるように


それなのに――。







雅は明智が去った後、仕事に戻ることはせずに廻廊へと座り込んだ。

元より其処は人通りが少なく、仕事をしていて当たり前な時間帯である今、当然周囲に気配はない。

それを良いように利用して、雅は此処で毎度のようにさぼっていた。

仕事場と言っても、雅が使用している部屋には自分一人だけだ。

自分と話そうとする者も、話について来れる者もおらず、殆どが一人作業なのだ。

ゆえに仕事に追われているわけでもないし、誰かが待っているわけでもないので、実際は目立つ所で休憩していても文句は言われない。

一応他の人達に悪いという認識はあるため、場所を弁えてのことだった。

雅はこてりと廻廊に寝転がった。


「はぁ……。どうすれば良いのさ……」


雅は壮大な溜息を漏らした。

考えている事は発明に関してではなく、恩人とも呼べる友人のこと。

友人と言っても、此方が勝手に思って宣言しているだけの間柄だ。

傍に在って助けたいと願っているのに、彼に築かれた不可視の壁がそれを拒む。

話すだけなら普通なのに、一度助けの単語を出せば弾かれる。

何が彼をそうさせているのかは分からない。

だが何処か危うくて放っておけず、目が惹かれた。

その想いは一向に変わらない。

彼と初めて出会ったあの時から……。







雅が城に仕えると決めたのは、力を認められたいという一心からだった。

出身は西国、と言っても滅多に人の来ない寂れた土地。

家は代々鍛冶屋をしていたが、それほど大きな仕事があるわけでもなく、時折舞い込んで来る仕事をこなしながら、細々と生活していた。

別段裕福だとも言えないが、生きるのに最低限の衣食住に困ることはなかった。

それでも何時からだっただろう。

其処が狭く、締め付けられると感じるようになったのは。

雅は家族の中でも異端だったかもしれない。

兄が二人も居たせいもあり、鍛冶屋を継ぐ気はまるでなく、作るものは唐繰ばかり。

人を殺す刀を打つことなど考えられなかった。

だというのに、我が家には農具となる包丁や鎌を打つならまだしも、何故か刀打ちや兵器を製造する仕事しか来なかった。


「父上、どうして刀ばかり打つの?」


幼心にそう父に問い質したことが一度だけあった。

その時返された答えは、今でも覚えている。


「一番儲かるからに決まっているだろう」


「それだけ?」


「それ以外に何があるんだ」


億劫そうに返されたのは、とても陳腐なものだった。

小さな鍛冶屋で生計を立てて暮らしていくには、必要なことだったのだろう。

父と母、そして兄二人と末子である自分を養うだけの儲けを出さなければならないのだ。

だけど年を負う毎にそれが無性に気に食わなくなって、ある時つい反発してしまった。


「刀なんて……人を殺すだけじゃないか」


殆ど呟きに近いものだったが、父にはそれが聞こえたらしい。

今まで一定の間隔で打ち響いていた金属音が止まる。

途端、一気に剣幕を鋭く変えて、思い切り横っ面に拳を打ち込まれた。

まだ小さい身体は、その衝撃で大きく跳んで壁にぶつかった。

その音に家族が何事かと集まってくるのが視界の隅に入った。


「父上……」


「お前はどの金で生かされてると思ってんだ!」


父はそう捲し立てて、怒りを顕わにした。

そこで謝っていればまだ良かったのだろう。

だが叩かれたことによって平常心は消え失せ、頬を押さえて睨み付けた。


「人を殺すために父上が作った武器のお金でしょ?父上が殺して得たお金も同然じゃないか!」


それは半ば殴られたことに対する子供の八つ当たりだった。

自分は間違っていない。

正しいことを言っているのだと信じて疑わなかった。


「文句があるなら飯を食わなくて良い!」


「ちょっと、あなた!」


「それでも気に喰わないなら、出て行け!」


謝らないことに父親が怒って、そんなことを言っていた。

そんな剣幕で怒られたことは初めてだった。

家は出なかったものの、雅も意地になって謝らなかった。

期を逃してしまったのかもしれない。

ご飯も食べないことを心配して、密かに母が持って来てくれた御握りを食べるだけ。

兄達にも謝ってしまえと進言されたが、悪いと思っていないのに謝りたくはなかった。

反発して話さなくなってからどれくらいの時が経っただろう。

月が鬱陶しいほどに輝いて見えた夜。

雅はついに決心を固めて用意していた荷物を抱え、密かに家を飛び出した。

自分が正しいのだと証明するために。


「僕は人殺しの道具を造るなんて認めない――」


刀を作るのではなく、自分の持つ技術で人の役に立ちたかった。

そして人を殺すモノ以外で己の力を認めさせたかった。

ただそれには金と作業場が必要不可欠だ。

そう思ってからの行動は自分らしくなく、早かったように記憶している。

雅は親に会わないように東国へと渡り、唐繰りの腕前を見せて、浅間義政の納める“黒峨城”へ唐繰師として入城を果たした。

それからは個室を貰い受け、毎日脇目も振らず好きな唐繰りに没頭した。

ただただ父親を見返すためだけに。

完成して見せに行く度に跳ね返され、周りから奇異な眼で見られ、阻害されても止めずに。

それが一年以上続いた時だった。

避けられていたとも言える殿から謁見の話が来て、比較的格好を整えて参内した。

今までは何度作っても認められないことに憤りを感じていた。

だがやっと認めてくれたのなら、もう構わない。

廊下を歩けば幾人もの視線が刺さり、誰かと擦違えば囁くように悪口を吐かれる。

しかし、それも気にならないほどに厭味の辛さより、認められた嬉しさの方が勝っていた。


「殿、失礼致します。鍛工班唐繰師、雅様。参られました」


「来たか……。通せ」


思考に耽っていると、いつの間にか最奥の部屋へ辿り着いたようだ。

先導していた男が室内に声を掛ければ、短絡的な返事があった。

指示に従って中に入り、雅は未だ慣れていない平伏の形をとった。


「雅、只今馳せ参じました。政義様におかれましては」


「そのような形式ばった挨拶はいらん!」


言葉の途中で怒鳴るように遮られ、是と答えて更に深く平伏する。

平民育ち故に、礼儀作法ではどうしても粗相になる。

少しのことで怒りを買ってしまう殿に対して、雅はなるべく姿勢を低くするという行動で示すしか方法を知らなかった。

だが空気で処罰される程まで怒っていないことを感じ取り、言葉を続けた。


「ならば申し上げます。お呼びだと聞き及びましたが、此度は如何なされましたか?」


「ああ、褒美を取らせようと思ってな」


自身が伏せているために顔は見えないが、余程機嫌が良いのかそんな言葉が発せられる。

雅に褒美を出すなど唐繰以外にはない。

一体どれがお気に召したのかと思っていると、すぐに答えが放たれた。


「先日献上してきた発火装置か。あれはとても役に立った」


「それは宜しゅう御座いました。お気に召して下さったならば、至極光栄に御座います」


やっと認められたのだと嬉々とした返答を申し上げる。

発火装置は一ヶ月ほど前に献上した物であった。

火は未だに火付け石などの摩擦で熾しているため、燈すのには時間が掛かる。

よって火を扱う働き手の人達の負担が少しでも減るようにと作成したのだ。

それが認められたのだと思って、嬉しさで気持ちが舞い上がる。

だが、それは無惨にもすぐに崩された。


「火縄銃に着火するのが早くなった。御蔭で数百もの敵を滅し、勝利したのだ」


その言葉に雅は目を見開いた。

今、この殿は何に使用したと言った?

生活が楽になるようにと造った物を、一体何に……。


「今度は一瞬で灰にするくらい威力のあるものを作ってみよ」


最後に掛けられた言葉は、もう耳には入ってこなかった。

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