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第五章 第二幕:聖人


鍵を掛けよう。


此処には頼れる人間も


頭から信用できる人間もいない。


自分だけが自分の味方


そう己の心に言い聞かせて――。







明智も雅も自分の持ち場に戻ることなく、その場で話し込む。

互いに座ったまま立つ気配すらない。

心地良い風に当たりながら、仕事のことをまぁ良いかで片付けていた。

そう仕事はどうでも良い。

ただ、今気になる事は一つ……。

それを思い起こし、明智は地に着いた手を握り締めた。

雅とのやりとりで少し気持ちが和らいだが、どうにもならない事は治まりきらない。


「……悪かったね、光秀殿」


ふと眉尻を下げて、雅がすまなそうにそう言った。

明智は何のことかと首を傾げる。

言葉使いは今や敬語を使わないことが暗黙の了解になっているし、時たま自意識過剰になる性格に振り回される感覚にも慣れ、正直どれも今更なことだ。

それを踏まえた上で、謝られるような失態を受けた覚えはないのだが。

思い付かずに眉根を寄せると、雅は苦笑した。


「いや、僕の話を優先させて悪かったなぁって。些細なことなのにさ……」


雅は自分で言った言葉を何処か気恥ずかしく感じて、手持ち無沙汰に唐を動かした。

対し明智は、ああそんなことかと簡単に思った。

気にする事ではないのにと息を吐き、天を仰いだ。


「塵も積もれば山となる。誰かに話さなければ今頃苦難で貴方の頭、爆発してますよ」


「うん……って、爆発!?」


「ええ、それはもう木端微塵に。元々螺子一本外れた頭してますけど」


「ひどっ!」


明智は取り出した扇で口元を隠して、目元に笑みを浮かべる。

飄々と叩かれた軽口のあまりの喩えにつっこむも、雅は最終的に苦笑しながら礼を述べた。

仕事以外で多く考え込むことは、明らかに許容量超えだ。

それが人に中々言えないようなことなら尚更。

こうしたふざけた応酬こそが心を救ってくれる娯楽だ。

そしてそれは他人事ではなく、明智にとっても言えることだった。


「それにしても今日は随分と荒れてたね」


「すみませんねぇ。仕事の邪魔してしまって……」


「そうじゃない」


淡々と紡がれたその短い言葉は、真剣実を帯びていた。

軽く流そうとしたが、それも敵わぬ絶対的な口調。

長い前髪で目は見えないが、鋭いものであると空気から分かる。


「さっき聞いたよ。狐黒が……捕まったって。それが君が荒れてた原因だろ? 何せ狐黒は天下の参謀長で在らせられる、明智光秀殿の優秀な右腕だ」


その言葉に明智は瞠目した。

本当にこの男は突拍子もなく真実へと直球で食い込んでくる。

何が繰り出されるのか、この齢三十に満たない青年は全く読めない。

しかもそれが確信を突く内容であるから、なお心の臓に悪い。

雅は真っ直ぐに明智を見据えた。


「信用できないのも分かってる。でも僕で良いなら話してくれ。光秀殿こそ爆発するよ?」


それは本心から心配しての言葉だとすぐにわかった。

過去にいた友人ら以来の優しい気持ちに、心が揺れ動く。

此処にはもう頼れる人間も、頭から信用できる人間もいないと決め込んでいた。

否、仮にいたとしてもそう思わないよう気持ちに鍵を掛けていたのだ。

もう誰も巻き込まないように、と。

だが、雅はそれすら感じ取りながらも、自分に言っているのだ。

彼はこの城から出ろと言いたくなるくらい、心が清らかで純粋だった。

それはこの東国では異端であるほどで、純粋である分ほぼ無意識に確信を本能で見抜き、物怖じをせずに切り込んでくる。

何も語れずにいると、何かが押し当てられた。


「まぁた一人で考えてる。光秀殿が追い詰められてると皆心配するんだよ?」


「……皆?」


その単語に怪訝そうに見やり、押し付けられたものを手に取る。

それは先程まで雅が抱き締めていた、「唐」と名付けられた絡繰り人形だった。

精密に作られたそれを、壊れ物を扱うように優しく持つ。

そんな明智を見て、雅は微笑んだ。


「知らないだろ。光秀殿はこの下舎で評判が良いって」


明智は虚を付かれた顔で、そんな冗談をと漏らす。

冷徹で無情と言われている策略で多くの名家を滅ぼしてきた為、自分も策と同じような冷酷な印象が付いて、上ではそう囁かれている。

評判が良いなどとはあり得ない話だ。

だが、雅は緩く頭を横に振った。


「光秀殿はよく此処に来ては下人に対して貴族であるにも関わらず気遣ってくれる。人にも物にも優しく当たるだろ?」


その子も然りと、雅は笑みを口元に築いて唐を指差した。

明智にしたらこの唐については何も言えない。

繊細な機械であり、人の物でもあるのだから、これの扱いは当然のことだと思うが。

そんな事を考えていると、雅は言葉を続けた。


「皆知ってるんだよ。噂と真実が異なるってことを。冷徹な鬼人ではなく聖人だって」


聖人という単語に明智は苦笑いを浮かべた。

自分の何処が聖人だというのだろうか。

こんなにも自分は血に染まっているのに。


「世辞ですよ。自分が此処へ来るのは参謀という仕事柄、指示を出す為です。ならば下人の管理も自分の管轄でしょう」


「……真にそう思れますか? 誰よりも上の醜い世界を御存知である貴方様が」


珍しく聞く丁寧な物言いだが、その言葉に明智ははっとした。

頭が廻っていないのか、有り得ないことを口走っていた。

雅の言葉は正確に的を得ているのだ。

上の者は決して仕事であろうとも下人の下へ来ることも、話し掛けることもしない。

全ては己の従者に任せているのだ。

失敗した場合、それは従者のせいに出来、自分には火の粉が降り掛からぬように。

我が身の可愛さに、決して自ずから動こうとする者などいない。

一度でも失態を犯せば弁解も許されず、一族諸共皆殺しにされるのだ。

それが東国の現状であり、現殿の統制の仕方。







そしてそれを最も近い場所で見ているのは


貴族であり、参謀という浅間の左腕としての地位についている







自分自身だ――。


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