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第四章 第十五幕:月鬼


それは俺達の家であり


同志である証拠


その二文字を背負うことで


心を強くしよう


もう後戻りは出来ない


未来を見据えて


ただ前へ――。







月影が断ったことを期に、二人は何故だと呟き始める。

本気で分っていないところが怖い。

影者道などと訳のわからない名前を付けられて何処の誰が喜ぶというのか。

否、変だと気付きもしない決めた本人等はそれでも良いのだろう。

自分達に現在付いている愛称からも程遠い。


「何故、駄目なんじゃ?」


「何故と申されましても……」


目を真っ直ぐに見つめて問うてくる翠月に月影は言葉をうっと詰まらせた。

それを見た紳月は、こいつは押しに弱いと理解した。

だが、自分に解ったということは他二人にも当然知られているのだ。

ならば言葉巧みに通そうと考えているだろう。

こちらが一方的に嫌われているようだし、月影のことをまだそれ程好いている訳でもないが、あの名が付くのは余りにも不憫だ。

二人は変だからという理由では納得しないだろう。

どう言えば諦めるのかと唸っていると、嘉月が口を開きかけた。


「言っておくけど、俺も反対だからな?」


紳月が咄嗟に声を上げて、嘉月の言葉を制止する。

対し、三人は三種三要の表情を見せた。

月影は目を見開き、翠月は不貞腐れた顔をしている。

ただ嘉月だけがいつも通り冷静で、しかし少し納得のいかない顔で問うた。


「紳は何故反対なんだ?」


そう言われ、咄嗟に声を挙げた為に何も考えておらず、紳月も言葉を詰まらせる。

変だからという理由も通用しない言葉巧みな二人を納得させる為の頭脳もない。

知力に関しては、二人よりかなり格下だと自身で認識している。

頭を抱える程悩む紳月を見て、嘉月は理由もないのかと呆れた眼を向けた。

そのまま少しの間が空き、紳月の唸りだけが部屋に響く。

尚も言を告げようとしたその時、月影がすっと礼をして「失礼かと存じますが、申し上げさせて頂きます」と詫びの口頭を述べて、顔を上げた。


「私の勝手な観点ですが、そのような名前の方を何処でも伺った事がございませぬ故」


そう言い、ちらりと紳月だけに分かるよう目配せをする。

その視線は言葉を合わせて便乗しろと語っていた。

紳月ははっと言い包めることが出来る言葉に気付いて、頷いた。


「そうだ! そんな普通にない名前、追われてる身なのに町で浮くだろが」


あまり動揺を見せないよう、紳月はなるべく堂々と巧言に言う。

二人は暫し首を捻っていたが、確かにと何とか納得してくれたようだ。

それが判って、紳月は安堵の溜息を吐いた。

だが、これで終わりではなかった。

目聡く溜息を見咎めた翠月は一度紳月に視線を合わせると、次には眼を逸らして、あからさまな溜息を吐いた。


「じゃが、シンにそんな正当なことを言われるとはのぅ……」


「おい……。それ凄い失礼だぞ、人として……」


紳月は半眼で翠月を見やった。

完璧に自分の意見が通らなかったことに対しての八つ当たりだ。

まるで子供のような翠月に、さすがの嘉月も呆れて溜息を吐いた。

先程まで真実を捉えていた旗頭たる言葉の威厳が、今や損なわれている。

だがそれは何故か翠月が自身の知力を隠したがっているようにも見えた。

じっと見ている視線に気付いたのか、翠月は嘉月を見て一つ苦笑を漏らした。

言いたくない、あるいは他に気付かれたくないのだろう。

嘉月はそれを察知して、仕方がないと嘆息し、話を戻そうと紳月を読んだ。


「あの呼び名が駄目ならば、シンは何が良いと?」


「うっ! そうだな……」


良い案があるのかと言葉を紡げば、紳月はすぐに顎へ手を当てて考え始める。

月影が何としてでも決めてくれと痛切に願う視線を横の紳月に向けていることを、嘉月は気付かなかった。

翠月も気付かず、ただ同じ気持ちからそれが判った紳月は何としてでもと思っていた。

もう一度頭の中に月影という文字を思い浮かべ、無意識に口を開いた。


「エツ……」


呟くように発せられた二文字。

だが、静かな部屋では聞くのに十分な大きさだった。

次いで良いものを思いついたと、紳月は嬉々とした面持ちでもう一度、今度はしっかりとした口調で進言した。


「エツってのはどうだ? 本名から取ったし、名として通用するだろ」


げつえいの字から真中の二文字を取り、逆から読んだもの。

仮名を付けるにしても、本名から準える方が良い。

今まで隠して呼ばれていなかった彼ならば尚更。

名前は固有を示すと同時に、家族が最初に与えてくれた大切なものだから。

公に名を呼べないお尋ね者の自分達にとって、短略されてでも名前を呼ばれるのはこの上なく嬉しいことなのだ。

エツという名も不自然ではない為、その点においても問題はない。

紡がれた名に、嘉月は了承の意を込めて笑みを浮かべ、翠月も頷いた。


「エツか……。良いのではないか? シンにしては」


「最後のは余計だ!」


こんな時ですら、翠月は紳月をおちょくる事を忘れはしない。

しかしその表情を見てみると、納得はしているが渋々と言った風だった。

余程己の意見を跳ね除けられた事が悔しかったのだろうか。

そう思うとやはり子供のようだと、嘉月は忍び笑った。

嘉月はそういえばまだ肝心な本人の言葉を聞いていないと、月影を見やった。


「本人としてはどうだ? 決定は任せる」


「私は……エツで構いませぬ」


「ならば決まりだな。では、これから宜しく頼むぞ、エツ」


是を示す月影にそう言うと、何処かほっとしたように御意と頷いた。

億尾にも口には出さないが、月影がエツという名を気に入った事を三人は知らない。

今まで挙げられたものが酷過ぎたというのもあるが、しっくり来る気がしたのだ。

紳月もそれを知る事はなくに、何とか受け入れられる名を提示できたことに胸を撫で下ろし、じゃあと言葉を紡いだ。


「こいつの名前も早速あれに書かないとな」


紳月の述べたあれとは、自分達が名を記した同志の証である文様の手紙に織り込まれていた、元白紙の紙のことである。

あれが以降残される確かな契りの物的証拠となる。

他には、志を決して曲げることなく貫く為にという覚悟の頑を込めて。

要は血判状のようなものだ。


「……暫し待て、シン」


嘉月はふと思案し、紙を取りに行こうとする紳月を呼び止めた。

何かと足を止め振り返る紳月を含め、三人を眼中に納めると笑みを浮かべた。


「エツも入ったことだし、そろそろ藩名でも考えないか?」


人差し指を立てて申し立てる嘉月の笑みは、悪戯を促すようなものだった。

藩名は、即ち自分達の居場所の名のこと。

これより大きく動く上で、単独行動ではなく集団で動いている以上、仲間を取り仕切る枠組みが必要となってくるだろう。

あった方が敵を脅かすにも、名を轟かせるにも良い。


「藩名!? 良いじゃん! 付けようぜ!」


「ん~、そうじゃのぅ。まだ名を広めるにはちと早いが、そろそろ決めておこうかのぅ」


紳月は嘉月の言葉に、眼を輝かせて急かした。

それを見た翠月は苦笑しつつ、是と示す。

まだ身を顰めておきたいが、自身で思っておく分には一向に構わないだろう。

月影は全てを任せるようで静かに頷いた。


「既に何か候補はあるのですか?」


「実は一つだけ考えていた名があるのだが……」


月影の問いに切り替えしたのは、嘉月。

また先程のようなものが出てくるのではと、紳月は一歩引いて身構える。

だが、次いで出た言葉に眼を見開いた。


月鬼(つくおに)……というのはどうだ?」


「つくお、に?」


決して変ではない単語に驚きつつ、聞いたことのない響きに聞き返す。

翠月も知らないようで首を傾げる。

ただ月影は暫しの思案の後、あっと小さく声を漏らした。


「もしや、古紀伝の“月鬼”の事でございますか?」


「ああ、よく知っていたな。あの蔵書は珍しいというのに」


「恩師の下にもあり、拝借したことが……」


月影は古い記憶を引っ張り出す。

書物が好きな方だった為、置かれている量は半端なかった。

其処の山に埋もれていた一冊だ。

時間がある時に学習のためにと幾つも読ませてもらっていた。

さすがに内容までは覚えていないが、確かにそれはあった。


「余は初めて聞いたのぅ。どんな話なんじゃ?」


翠月の問いに便乗して、紳月も俺もと挙手をする。

嘉月はそれに応えて、掻い摘んだ物語を語り始めた。


『満月の晩に現れたという銀髪金眼の鬼。

人々はあまり害がなかったにも関わらず、その容姿だけで恐れて『月鬼』と呼んだ。

月鬼は親友と呼べる人間がいたが、その親友は戦で命を奪われた。

以降戦を嫌い、戦好きの貴族を仲間の鬼と共に一夜にして打ち滅ぼした。

貴族の生者はその光景を地獄絵図だと述べたが、民は戦からの解放に喜び、神と讃えたという――』


それは戦の世が生み出した、悲劇の英雄の物語。

嘉月は概ねを話し終え、聞き入る三人を見て片目を眇めた。


「俺達の境遇に似ていると思わないか? 月に縁あることからも……」


力や容姿で恐れられ、一族や仲間を奪われ、浅間を滅ぼそうとする俺達と。

嘉月は自分達に月の名が宿っていることからも、何処かしっくりくるように感じたのだ。

そう思っての提案であったが、他三人も同じだったようだ。


「月鬼……。私達の名に相応しく思いまする」


月影の言葉を皮切りに、他二人も口元に笑みを湛えて同意を示した。

決まったのならと紳月は足を進め、掛け軸の裏から紙を取り出して戻ってきた。

誰かが迷い込んできた折に、本名を書いた紙が大っぴらに置いてあってはさすがに拙いと考慮し、些か平凡な場所ではあるが其処へ隠していたのだ。

紳月は紙を広げて、月影に提示した。


「此処へ名前を記すのですか?」


「これが我等なりの誓いの印なんじゃ」


翠月がにこりと笑み、月影はではと筆を取った。

だが、紙に筆を落とそうとしたその時、紙に変化が生じた。

まだ何もしていないというのに薄っすらと文字が浮かび上がる。

そして一瞬の後に、二行が弾き出された。

紳月の名の次に『藏木月影』、文頭の空きに『月鬼』と――。

その瞬間、紳月と翠月の叫びが木霊したのは言うまでもない。



読んで下さっている皆様、こんにちは。時斗です。



第四部はこれにて終了となります。ここまで如何でしたでしょうか?

当初は「月鬼-TSUKUONI-」を作品総タイトルにする予定でした。

まぁ、今もその考え捨ててないんですけどね;



次の舞台は敵サイド(浅間側)の話となります。

新キャラも出てきますので、敵キャラが好きだ!という私のようにコアな方はお楽しみに(笑



宜しければ、此処までのご感想を頂ければ幸いです。

では。また次章で会いましょう!

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