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第四章 第十四幕:愛称


確かに頭は切れる


ふざけはするものの


それは真実で


知も武も数段優れていた


だが、人には完璧な者などいないのだ――。







月影を座らせ、嘉月は解けてしまった包帯を巻き直していった。

その際に他の解けていない個所も一旦解いては消毒し、薬を塗って治療を施していく。

応急処置は自分でもある程度はしたようだったが、酷いものだった。


「カズの勘が当たったな」


じっと作業を見ていた紳月は、ぽつりと言葉を漏らした。

翠月は何のことかと首を傾げる。

嘉月も暫し考えたものの、すぐに思い至ってああと呟いた。


「今朝話していた奴の事か?」


「ああ。気になる事ってこいつの事だろ?」


紳月は背後から月影の頭に手を置いて、そう言った。

月影はそれを鬱陶しく思ってか、眉間に皺を寄せた。

治療中であるがゆえに動く事はないが、何もなければ払っていたであろう態度だ。

それは正面に座っていた嘉月にのみ分かり、苦笑した。


「俺は失敗皆無の狐黒が死刑というから気になっただけだ」


「カズが気になる時って必ず何か起きるんだよ……」


自覚のない嘉月に、紳月は溜息と共に言葉を吐き出した。

翠月は二人の会話に手をわなわなと震わせた。


「そ、それは真か? カズが予言者とか余は嫌じゃ……」


訳のわからないことを言い始める翠月に、嘉月は怪訝そうに視線を向ける。

一体何処から飛躍してきたのだろうか。


「誰が予言者だと言った。ただ今回気になっただけ……ってうぁ!」


もう一度先ほどの言葉を言おうとすると、言葉を遮って翠月が抱きついてきた。

元より一人の生活が長かったせいか、触れ合いによる交流が激しかったが、さすがに驚く。

理由を語られることはなく、腰に回された手に力が籠もっていく。

女方の顔ではあれど、真実男である彼の力は強く、少し痛苦しい。

他二人もこの行動には驚いたが、紳月が先に我に返って、きつく抱き付く翠月の襟首を持ってべりっと強引に引き剥がした。


「急に何やってんだ、お前は!」


「気になると言いながら、それでも実際起きておるではないか! ああ~、これも叔母君の陰謀じゃ~!」


心の叫びに、三者から異口同音の声が漏れる。

だが三人を気にする事なく、翠月はぶつぶつと言葉を続けた。


「月もまた然り、絶対におかしい。妙だと思っておったんじゃ。こんなに上手く事が運んでおるのも、きっと恨みから叔母君が天でカズを操って……」


「待て待て! 気持ちの悪いことを言うな。俺は文様の人形か?」


「それ俺も怖えから! って、さっき様子可笑しかったのはそれ考えてたのかよ!?」


翠月の言を遮って、嘉月と紳月は暴走する妄想を止めようと言い募った。

死者に操られているなどと、不気味で気持ち悪い事この上ない。

それを言っては嘉月の言動全てが、本人の意思を無視した偽りになるではないか。

第一そんな事が出来るのなら、死人とはいえ、もう人ではない。


「あの……話の腰を折るようで申し訳ないのですが……」


声を掛けられた方へ振り返ると、月影が小首を傾げる。

思わぬ所から助け船が掛かり、何かと聞き返す。


「文様の事は死に際の言まで聞き及んでおります。なれど、皆様が月の名を持つ人間を探している真実が解り兼ねるのですが……」


その言葉に、そういえば話していなかったと思い至った。

というより、此処へ来たのいう時点で知っているつもりでいたのだ。

だが、確かに死に際に吐き出された言葉だけでは、完璧な答えには導かれないだろう。

三人が月探しの決行を始めたのは、あの遺言とも言える文があったからこそなのだ。

気付いてからは一番詳しい翠月が口を開いて掻い摘んだ説明をした。

頭の回転が速い月影は、内情をすぐに呑み込んで納得したように頷いた。


「そういう事ですか……。御説明、お手数お掛け致しました」


「否、構わぬよ。余等に遠慮せず、何か分らぬ事があれば何でも聞くと良い」


翠月が微笑んでそう言うと、月影は頭を下げて丁寧に礼を述べた。

この丁寧さは長年城に勤め、培われてきた性質なのだろう。

嘉月自身の目上に対する敬語や、翠月の爺口調のようにそう簡単に直りそうにもない。


「まぁ、兎も角だ。これからルイ探しも然り、外へ出ることになるわけだが……」


先程の話題になる前に逸らそうと、嘉月は話を変えた。

かと言って、どうでもいい内容というわけではない。

生活していく上では、ある程度必要な事だ。

何が言いたいのか他三人にはなかなか分からず、続きの言葉を待つ。

嘉月はその中で月影に視線を合わせた。


「月影、これからは己が身を隠さなければならない。辛いと思うが……」


「構いませぬ。元より名を知っているのは東に一人。顔も狐黒と結び付けられるは少数ですが、別の役職で素顔を曝しておりましたゆえ、隠さねばならぬでしょう」


淡々と是を示す月影に、さすがに理解力があると感心した。

二人の会話に、紳月と翠月も何をしたいのかを理解し、手を打った。


「名を変える儀式じゃな」


「儀式って……何か嫌な言い方だな」


翠月の言葉に、紳月はそう呟いた。

儀式とは一定の形式で行う作法全般の事をいうが、どうにも別の連想をしてしまう。

例えば、犠牲や呪のような類のものを。

先程の翠月による文様像のせいだろうか。

引き攣った笑みを浮かべる紳月を見て、嘉月は苦笑を漏らし、少年へと向き合った。


「判ったと思うが、俺達は名だけでも広まらぬよう愛称とも呼べる仮名を付け、その名で呼びあうようにしている。何か自分で名前の案は出るか?」


「……否。どうぞお好きにお呼び下さりませ」


月影は少し考える素振りを見せたが、思いつかなかったのか嘉月に委ねた。

それが間違いだとは、今日出会ったばかりの彼は知らない。

三人の中でそれを知っていて止められるのは、一人しか居なかった。


「ちょっと待て! お前等は考えるな! お前もカズに任せるな!」


焦って止めに入ったのは紳月だった。

その掛け声に翠月がむっとしたように眼を吊り上げた。


「何故考えてはならんのじゃ。余等にもその権限はあるはずじゃぞ?」


「お前等賢いくせに、名前付ける力皆無だろが!」


「失敬な。俺達の何処がナンセンスだというんだ」


嘉月は目を細めてじとりと睨みながら、外来語を交えて口を出した。

何故止められるのかなど、理由は幾らも思い当たらない。

疑問符を浮かべる二人に、紳月は床を一つ強く叩いた。


「気付いてない時点で駄目だ! カズも変な外来語をすぐ付けようとするから却下!」


「変ではない。月影も俺達が決めるのでは嫌か?」


「否、この青眼が言うことは気にせずどうぞ」


首を傾げて問うた嘉月に、月影は紳月を一瞥してすぐに承諾を出した。

翠月はその返事に表情を子供のように輝かせた。

本人が許可を出したのならば、紳月はもうこれ以上何も言えない。

それを見て満足そうにしながら、翠月と嘉月は名前について語り出した。

そんな二人を横目に、紳月は月影をじとりと睨みつけた。


「折角の厚意を無にしやがって。お前さっきから俺に対する態度だけ違くねぇか?」


思えば初めからあの二人に対しては敬語で、自分にはそれがなかった。

あしらいも初対面であるというのに、何処か冷たい。

刀を突きつけたせいとも考えたが、それとは違うように思える。

尤もただの勘であるため、確証はないのだが。

月影はその問い掛けに、ふと嘲笑うかのような笑みを漏らした。


「気のせいに御座いましょう? 小さき事を気になさるのですね、紳馬鹿様」


「紳月だ! お前に馬鹿って言われたくないわ! あー! その丁寧語が逆に腹立つ…!」


本名と同じ音調で馬鹿と言われ、更には明らかに此方を嘲った敬語の使い方に、紳月は自身の頭を乱暴に掻き毟った。

敬語で話してみて欲しいと思っていたが、その考えは一瞬で塵となった。

あんな塗り固められた毒舌な敬語より、先程までのように馴れ馴れしい方が良い。

それに今回は二人に対しては敬語を使っていた為に気になっただけで、元来はそんな堅苦しいものは苦手な性質だ。

そう一人結論付けて、紳月は近くの柱に背を預けた。


「でも……本気な話。さっさと好意を辞退した方がお前の為だぜ?」


「何でだ?」


紳月の急に真剣な物言いに、月影は怪訝そうに眉を顰め、つっけんどんにそう言った。

そんな月影に紳月は軽く溜息を付く。

そして俺は関わらないというように目を閉じ、無言であれを見ろと横にいる二人を親指で示した。

まだ二人は名前の案をあれやこれやと出し合っているようだが、顔を向けることで今まで外に追い遣っていたその会話が、鮮明に耳へと流れ込んできた。


「カゲではつまらぬし、ゲツも変だのう」


「皆ゲツにもなるしな。俺達に準えるなら、月影はエイとも言えるがな」


「エイって魚の方を思い付くじゃろ。じゃが、何か付ければ良くなるか? 外来語は?」


「月影は、むぅんしゃどう、だが」


ならばと言いながら、話はどんどん危うい方へと逸れて行く。

ゲイだの杖だの名前らしからぬものにまで発展していく過程は何たるや。

今までの賢かった二人とは豪い違いで、動きを固めた。

そんな様子には気付かずに、二人は満足した満面の笑みを浮かべた。


「「月影、影者道(エイシャドウ)で決まりだ(じゃ)」」


「……謹んで御免被ります」


月影は嫌な名前に咄嗟で単調な声音で否定してしまい、名を考えた二人はきょとりとする。

訳の分かっていない二人に紳月は溜息を漏らした。

未だ固まる月影に、だから言っただろう、と励ましにか紳月がまた肩に手を乗せてきたが、その手を払う気にはならなかった。

それは思考の鈍さは馬鹿そのものだが、実はこの三人の中で一般的な人物は彼だけだったのかと月影が思い直した瞬間だった。


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