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第四章 第十三幕:月影


話そう


それが友に対する裏切りでも


救いたいのは自分も同じ


これ以上あの人を


苦しめたくないから――。







藏木月影。

少年の本名を聞き、三人は目を丸くした。


「げつえい……って月!?」


紳月の声が思わず裏返る。

予測も出来ない事態で、紳月の声で他二人もやっと我に返った。


「まさか、本名も月だったとはな」


「伯母上の力は強大じゃ……」


翠月は渇いた笑みを浮かべて、天を仰いだ。

連続的な月の名を宿す者との出会い。

これは運命や、偶然というような言葉では片付けられない。

最早、必然的なものを感じる。

元来「月」という珍しい名が、こんなにほいほい居るわけがないのだ。

それが常ならば……。

余りの都合の良すぎる境遇に、その実、恨みを持った文姫が己の予言を真実にすべく、天から人を操作をしているのでは、と翠月は勝手に想像をする。

そう思うと、急に身内が怖くなって背に寒気が奔った。


「おい、翠。どうしたんだ?」


「へ? あ、いや……何でもないわよ?」


顔が青白くなっていく翠月を不思議に思って紳月が問い掛ける。

対し翠月は突然声を掛けられて、つい使い慣れた女口調になった。

訝しい眼を向けられたが、それ以上聞いてくることはなかった。

どう考えても今想像していた事は阿呆としか言いようがない。

今まで弄っていた分仕返しされそうで、紳月には言いたくなかった。

諦めてくれたことにほっとする。

そんな彼等のやり取りを気にもせず、嘉月はぽつりと呟いた。


「月影か……良い名だ。月の影は誰にも見えぬ。全ての影事を見通すという意か」


夜、闇に包まれた世界を照らす一縷の光である月。

此処にいる全員に付いているが、意味は各々異なる。

“月の影”という名は、暗躍する忍びである彼のために用意された名のように思えた。

他の者では、こうもしっくり来なかったに違いない。


「忍びに相応しい名だのう。それに藏木家だったとは……道理で凄腕なはずじゃ」


「なぁ、藏木家って?」


納得したような翠月の物言いに、紳月は首を傾げた。

有名なのだろうが、自分は聞いたことがない。

からかわれるのを承知の上で、紳月は嘉月と翠月の二人だけに聞こえる小声で尋ねた。

だが、反応は聞いたのと別の所から帰ってきた。


「お前は我が一族を愚弄しているのか? それとも馬鹿なのか?」


それは月影から出された怒りとも呆れとも取れる声だった。

小声で言ったにも関わらず、聞こえていたのはさすが忍びといったところだろう。


「悪いな。シンは軟禁生活であったゆえに世間を知らず、知にも疎いんだ」


「……本に記された知識なら、外に出れない分読み耽ってたから分かる」


苦笑しながら、嘉月は弁明を述べる。

からかいを含まずそう言ってくれた事に紳月は嬉しく思い、照れ臭そうに視線を背ける。

嘉月もそんな紳月に含み笑いを浮かべる。

翠月はその様子を見てほくそ笑み、月影に向き直った。


「余もずっと西国にいた故、あまり詳しくは知らぬ。できれば教えてくれぬかのぅ?」


「隠密の一族だからな。俺も教えて貰いたい」


元来、忍びの一族はその内情がばれれば、命はない。

その為、外に情報が漏れるということは滅多にないのだ。

頻繁に偵察へと赴く嘉月とて、其処まで調べる事は適わなかった。

三人の視線に、月影は一度俯くと御意、と述べて言を紡ぎだした。


「藏木家は東では有名の部類に入る忍びの一族で御座いました。何十年もそれは変わらず、任務成功率一であると誇り、貫いてきました。私自身、そう自負しておりました」


少年の口から語られるのは、全て過去形の言葉。

月影はふと表情を曇らせ、目を伏せた。


「ですが……十年前に滅ぼされました。浅間の手によって……」


その言葉に事情をよく知らない紳月がぴくりと反応を示す。

自分達と同じように、もう滅ぼされた一族だとは思わなかった。

ということは、月影も逃げ切った一族の末裔ということになる。

月影は当時の事を写実的に思い出し、袂を掴んだ。


「滅ぼされた理由は人伝に聞いた話になりますが、その完璧さと強さゆえに、裏切られれば滅亡すると恐れたことから……だそうです」


そのあまりな言葉に嘉月は眉を顰めた。

そんな理由で殺したなど、身勝手にも程がある。

伊佐美家のように反論もしておらず、菟田野家のように禁忌もなく、春日家のように頭角というわけでもない。

忍びが定めた主を裏切るなど、あるはずがないのに。

忍びの世界で裏切ることは、死罪。任務の失態で敵に捕まった場合は自害を意味する。

だというのに、と三人の怒りは増す。

しかし、当事者である月影は動じずに言葉を出した。


「初めは恨みました。家族が殺された事を……。なれど、今はそれほど恨んではおりませぬ」


思いにもよらない台詞に、三人は目を剥く。

その反応は月影にとって想定の範囲内のことだった。

突然の奇襲。

考えも付かなかった参謀の数々。

斬り払われ、貫かれ、はたまた五体の何れかを斬り飛ばされ……。

血を滴らせて、倒れていく一族の者達。

そして、己が浴びた生暖かい血。

十年間、一度足りとも忘れた事はない感覚だ。

だが、それを上回る感情が今はあった。


「私は恨むと同時に感謝もしております。一族が殺されなければ、あの方に会う事も出来なかったのですから……」


自分を救ってくれた唯一の暖かい手。

己を殺すために生きろと言われた、その時を思い出して目を少し伏せる。

今まで坦々とした人生で、生きた心地がしなかった。

其処から脱せたのは、一族が滅ぼされたから。

そして、生きるという意味を理解できたのはあの方が手を差し伸べて、生き抜くという気力を手荒ながらも引き出してくれたから。


「私にとって、あの方は命の恩人であり、現在の家族であり、師……。今、私が私であるのは、あの方の御蔭ですから」


そう言って、月影は不器用な笑みを浮かべた。

初めて見せた笑顔に、嘉月は本心からそう言っているのだと感じ取る。

当事者自身がそう思うなら、文句を言うことなど何もない。

翠月も優しく微笑んで、言葉を囁くように紡いだ。


「大切な者なんじゃな……」


そう言うと、月影は少し恥じらったように俯いて、はいと答えた。

今まで大人びていた少年が、年相応に戻る。

戦などに関わる人生でなければ、ずっとそういった顔をしていられたのだろう。

嘉月はそう思い、人知れず哀しげに微笑んだ。

だがそれはこの時世に生まれた者全てに言える事だ。

早いこと事を運ばなければ、この国は滅びの末路を辿る事となる。

自分達の目的は、安寧の世に変えること。

少年の表情を見て、改めてその意識を強めた。


「でもお前、復讐心とか闘志なしで俺達と此処で闘えるのか?」


紳月は片目を眇めて、月影に疑問を投げかけた。

浅間を打破することも目的の一つ。というよりそれが大元だ。

少しでも感謝をしていると宣言している以上、闘えるのかという不安が芽生える。

自分達の命を第一に考えた生易しい覚悟で事を運んでいるわけではないのだ。

紳月の言葉に少年は風呂敷包みを徐に解き始めた。


「確かに感謝していると申し上げました。なれど、同時に怨んでいるとも申したはず。一族を殺された以上に、浅間に対し恨むべき事が私には御座います」


話しながらも荷物を探り、ふと手を止める。

そして何かを掴んで、するすると引き出した。

手に掴まれていたのは、朱と紅の二色の玉が付いた一つの赤い紐だった。


「これは私と恩師の友の遺品です。浅間配下の策略によって自殺した友の……」


「自殺……?」


嘉月が問うと、その者のことを思い出したのか哀しげに笑んだ。

月影はそっとそれを握り締めて、胸に抱き込んだ。


「彼は私達を浅間の下に縛り付ける為の人質でした。なれど私の前で、足枷となるのは御免だからと笑いながら死に逝きました。……この事をまだ恩師は知りませぬ」


「どうしてだ? そいつも友だったんだろ?」


訳がわからない。

友ならば一番に教えるべき事であるはずなのに。

だが、その理由は酷く簡単なものだった。


「友の最後の願いです。死を自分のせいだと責め、傷つくから話すなと……。事実、恩師に話せば己の不甲斐なさを責めるでしょう。なれど、私はあの方に真実を話そうと思っております」


悲しむのも、苦しむのも、責めるのも安易に想像がつく。

それでも今現在、言わずにいることがあの方をより一層苦しめている。

体力と精神力を限界まで擦り減らして、感情を押し殺した日々を過ごしているのだ。

もうあんな姿は見たくない。自分は救うと決めたのだから。

だから最後に交わした約束を破る。


「あの方を御救いすることを第一に、此処の一員として働かせて頂きます。藏木の名に誓って……」


月影の眼に宿るのは、揺るぎのない決意。

その視線は真っ直ぐに三人へと向けられる。

三人は顔を見合せ、嘉月はふと笑みを零し、手を差し伸べた。


「我らも誓おう。共に歩むことを……。必ずや共に望みを叶えよう」


今、自分達に必要な事は強い意志。

差し出された嘉月の手を、月影は迷わず取った。

未だ幼さが残るが、その辺の大人よりも芯が据わっている。

翠月と出会ってから約一カ月。

自分達に心強い四人目の新たな仲間が出来た。


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