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第四章 第三幕:立札

 一体何を考えているのか


 そいつの思考は突飛過ぎて


 未だ掴みきれない


 これが何を引き起こすのか


 判らないはずがないのに――。







 とある古い屋敷の前に一人の人物が立っていた。

 頭からすっぽりと被っていた長布を取り払い、他の荷と共に風呂敷へ包み込む。

 そうすることで、今まで隠されていた姿が顕わになった。

 身に纏っているものはぼろぼろで、お世辞にも綺麗とは言い難い。

 傷付いているのか、着物から見え隠れする包帯の数が痛々しげに見せる。

 だがしっかりとした足取りで、地に留まっている為、それらは飾りとも思えた。

 悪戯に風が吹いては高い位置で一つに結った髪と白い結び紐を揺らすが、気にすることなく、なるがままに遊ばせる。

 その者は人里離れた所に悠然と聳え立つその大きな屋敷を見上げ、懐に手を忍ばせた。

 其処には、薄いが想いが込められた大切な物の感触がある。

 それを指先で確かめながら、目を伏せる。

 これこそが自分の残された使命であり、今生き続けている意味だ。

 伝えねばならない想いが此処にある。

 その者は、着物の上からそれを握り締め、顔を上げた。

 次いで表情を引き締めると、壊れかけの門をゆっくりと掻い潜った。







 いつもよりも大荷物を抱え、二人は山を降りた。

 無論、西国に向かってだ。

 出立が遅くなったが、まだ日は限界まで高く昇ってはいない。

 野道に咲き誇る花や、木の葉の隙間から零れ入る太陽の光が春を見せている。

 だが、一概に春と言っても、吹き抜ける風はまだ肌寒く感じた。

 風邪をひかぬように、嘉月は肩に薄布を引っ掛けて若干の防寒策をとった。

 我慢出来なくもないが無理をする必要性も今はない。

 紳月は寒い方が好きらしいが、嘉月は滅法弱かった。


「寒い……」


 早く村に出て、もっと暖かな光を浴びようと自然と足早になる。

 周りの景色を見ながら歩いていたらしい紳月は、急に早くなった歩調に慌てて少しの文句を漏らしたが、それだけで後は何も言わず後に続いた。

 暫らくすると、漸く舗装された町に続く道へと出た。

 自分達が毎度商業をしている定位置までは、あともう少し先だ。

 村は出立が遅かったため、常日より活気付いていた。

 幾人か顔馴染みの人物に出くわしては、二人は軽く挨拶を交わす。

 二人が長屋の建ち並ぶ大通りに差し掛かったその時、何やら人だかりが見えた。

 時間帯にしては人が多いのは、騒ぎを聞きつけて起き出してきたといったところだろう。

 皆一様に壁に向かって半円を画くように立ち、囁き合っている。


「何だ?あれ…」


「共に来た俺が知るか。とりあえず見てみるか?」


 二人はいつもと違う異様なその光景に、不思議そうに近付いた。

 近付いても輪が大きく見え難いが、その中心に立て札が立っているのが判る。


「ああ、カズさん。シンさん。今日は少し遅かったね」


「お季さん。これ、何の騒ぎですか?」


 いつも隣で商業をしている婦人が嘉月達に気付き、声を掛けてくる。

 嘉月はそれに返事をし、事が何なのか訝しげに尋ねた。

 背はこの時代にしては高い方だが、何分騒ぎの中心と距離が遠い。

 一様に何かを仰ぎ見ていることくらいしか分からない。


「あそこに何かあるんですか?」


「前に行って直接見た方が早いよ」


 そう言うと、お季は回りの野次馬を押し退けて、二人の背を押した。

 必然的に先頭に立たされ、騒ぎの元と間近で対面することとなった。

 其処にあるのは、木で作られた簡易な立札だった。

 その立札には達筆な字でこう書かれていた。


『次ノ者、隊ニ望ム。


1、東二光ヲ望ム者。


2、反逆ヲ決意シ、其ノ為ナレバ死ヲモ厭ワヌ者。


3、月ノ宿命ヲ受ケシ者。


以上二当テ嵌マル者アラバ、日ノ照ル春ノ野二来ラレタシ』


 二人にはこれを誰が書いたものなのか、すぐに思い至って眉を顰め、頬を引き攣らせた。

 こんな事をする奴も、書ける奴も、自分達以外では一人しか思い当たらない。

 遠回しではあるものの、名まで述べているのだから当たり前とも言える。

 嘉月は頭痛がして、片手で頭を抑えた。


「これは何時から此処にあったんですか?」


「あたし等が此処に来た時にはもう…」


 ということは、夜のうちかかなりの早朝だろう。

 嘉月は憤りを感じるも、周囲に勘付かれないよう気持ちを抑えた。

 東に光を望む。それは安易に考えて、権力者を葬ることを意味し、二項目が決定打。

 此処で札を立てた者の仲間だとばれては元も子もない。

 心の中で犯人への文句を言い募りつつ、嘉月は冷淡な声を出した。


「シン……。こいつを引き抜け」


「りょーかい」


 指名された紳月も誰によって施されたものなのか容易に察知でき、嘉月と同じく呆れているのか、気の抜けたような返事をして立札の杭に手を掛けた。

 細かな作業は嘉月だが、大雑把な力仕事は紳月の方が向いている。

 自分と違い、我体が良い分体力も勝っているのだ。

 突然のその行動に、商人仲間が慌てて止めに入った。


「ちょっ!良いのか?誰がやったのか分からねぇのに」


「商売の邪魔でしょう。名もなく、誰かも判りませんし」


「で、でもよぉ……」


 なおも納得がいかないのか、商人達は食い下がる。

 嘉月は一度目を伏せて述べるべき言葉を選び、顔を上げた。


「俺はこれがある方が問題だと思いますよ?反逆の文。俺達がそうだと思われて殺されかねない。特に東に近いこの町では危険です」


 その台詞に周りがざわついた。

 ただその場を納得させる為の口上だったが、皆そうなり兼ねないと思ったのだろう。

 浅間に滅ぼされた西国権力が一、春日家があったこの村では浅間の性格をよく熟知しているため、容易に想像が出来た。

 言った側としても、決して嘘ではない憶測だったが。

 話している間に紳は札を軽々と引き抜き、肩に担いだ。


「カズ、これどーするんだ?」


「勿論処分する。これは俺達がばれぬ処へ捨ててきます。その代わり、皆さんも御内密に」


 苦笑しながら、集まっていた村民に向かって人差し指を立てた。

 彼のその言葉に、口々に解ったと了承の声が掛けられた。

 是というならば、此処の村人は皆口が堅いために大丈夫であろう。

 村人の言葉を信用し、嘉月は紳月に行くぞと促した。

 今日商業を行うことは、もう無理だろう。

 その旨をいつも隣で行商している婦人に伝え、二人はその場を後にした。

 二人の足は徐々に速まっていく。


「このまま怒鳴り込みで良いんだよなぁ?カズ!」


「ああ。真意を確かめなくてはな」


 二人はお互いに目配せをして、口元に笑みを浮かべた。

 しかし、目は一欠片も笑っていない。

 怒気を孕んだ鋭い眼光で遠くを見据えて、目的地へと向かって走った。


「「覚悟しとけよ、あの男女……!」」


 珍しくも二人は同じ言葉を毒付き、雑木林を駆け抜けた。

 目指す場所は、つい先日会ったばかりの自分達が認めた主の屋敷。

 男と女の二面性を持つ、主君の所へ。




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