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第四章 第二幕:引越

 日がな人が殺される


 全てが悪行を成した者という訳でもなく


 最早、一連の習慣のように


 今日もまた一人犠牲者が――。







 誰も立ち入らぬ、東と西の国境にある、とある山の中。

 御世辞にも立派とは言えない一つの小屋が、木々に隠されるように密かに建っていた。

 決して古いというわけではないのだが、建て方の簡略さが古く見せる。

 一見誰も住んでなさそうなその住居からは、何やら良い匂いが外に漏れ出していた。


「おい、シン。もう朝だ。そろそろ起きろ」


 囲炉裏で鍋を掻き回しながら、嘉月はまだ寝ている同居者に声を掛けた。

 いつも目の前の男は、夜早く就寝するくせに朝遅い。

 対し、嘉月は寝るのが遅く、起きるのも頗る早かった。

 朝飯を作ってから起こすのが、知らぬ間に日課となってしまった。

 もそもそと動くものの起きる気配を見せない相手に、溜息を吐いて立ち上がる。

 手には長い獲物を持って、すうっと枕元に立つ。

 そして無表情で何も語らず、行き成り手にしたものを男の頭上に振り下ろした。

 だがそれは頭に当たることなく、かつんと何か同種の物とぶつかり合う音がした。


「っぶねぇな~…。この起こし方止めろよ!嘉月!」


「紳月が起きないのが悪い。それに、これくらいしなければ起きないだろうに」


 紳月は言葉を詰まらせながらも、獲物を弾き返した。

 手に握られているものは、一本の鞘に納められたままの刀。

 嘉月が先程振り下ろしたのも、また刀だ。

 相手も刀を引いたのを見て脱力し、紳月は床に突っ伏しながら吼えた。


「幾ら鞘に入ってるからって、カズの攻撃をもろに喰らったら死ぬわ!」


「嫌ならばさっさと起きろ。今日は忙しいんだからな」


 紳月の戯言に対し、冷めた返事を返す。

 此処で怒鳴り返しても、体力の無駄であると分かっているからこその行為であった。

 真面目に受け返すから、いつも疲れるのだ。

 それに、この二人での生活をし始めて一向に変わらないことでもあるので、今更だ。

 第一世間知らずの紳月が家事を行えるわけもなく、手先も不器用。

 となれば、結局何を言っても嘉月自身がやらざるを得ないのが現状だった。

 それに加え、毎日早朝には東の地へ偵察に出向いている。

 少しでも敵の情報や、新しく仲間となりそうな人物の情報を集める為に、人のいない朝、賑わう昼、そして姿を闇に隠せる夜半にと日替わりで行っているのだ。

 紳月が寝ているか、力仕事を任せている時に…。

 そして帰ってきてから、商業の為に薬や小物を作るのである。

 恐らく紳月はその事を全て知ってはいないだろうが、少しは気付いて欲しいものだ。

 言っても解決にならない為に、言わないのは嘉月自身ではあるが。

 それに今はまた厄介な人物が一人増えた。

 復讐の兆しが一筋見えると共に気苦労が絶えなくなった現状に、嘉月は密かに溜息を吐いた。


「忙しいって何があるんだ?」


 漸く体を起こした紳月が、衣服を着込み始めながら聞いた。

 その言葉に嘉月はもう呆れるしかなく、据わった目で見据えた。


「シン……、昨日話を聞いていなかったのか?」


「聞いてたっての!スイの居る春日家別邸に引越しだろ?でも俺達あんま荷物ないし、そんなに慌しいほど忙しくはないじゃんか」


 今日は新しく見つけた、自分達の主ともなる春日家へと引越しする手筈になっていた。

 同志であり、主になる者の名は、春日翠月。

 東国に恐れられ浅間に葬られた、時機西の権力者となるだろうとさえ言われていた期待の新星、春日翠昂の嫡子である。

 政力は父親を継いでいて、侮れない存在だ。

 週に三、四度の割合で会っていたが面倒であるし、向こうの屋敷ならば広く、仲間を増やしていくに当たっても調度良いだろうと、此の度、家を共にすることになっていた。

 確かに二人の荷物は、逃げてきた身である為に極端に少ない。

 だが、他にもやることが詰まっていた。


「確かに引越しは楽だ。だが少しでも多く金が必要な今、商業も休むわけにはいかぬだろう。それに……少し東で気になることがあってな」


「気になること?」


 言葉を濁してそう言った嘉月を訝んで、紳月は眉根を寄せた。

 嘉月がそういう時は、必ず何かが待っているのだ。

 まるで一人だけ先が見えているかのように、勘が冴え渡っているのが彼だ。

 それは悉く当たる為、紳月は嘉月に絶大な信頼を寄せていた。

 紳月が身支度が整ったのを見届けて、嘉月は椀に飯を装った。


「気になると言っても、東にとっては毎度のことだ」


 椀を差し出されて、紳月は受け取る。

 湯気を立てるそれは“水団”だ。

 予想できるその内容に、紳は目を細め、声を低くした。


「毎度のって……処刑か?」


「ああ。俺達からしてみればもう思い出したくもないがな。今日も、犠牲者が一人……」


 眉を顰め、沈んだ声で嘉月も言葉を返した。

 嘉月達も家族が処刑された。

 自分も同じ目に合うところだったが、親族に逃がされ今に至る。

 嘉月は既に死んだことになっており、紳月に至っては未だ追われている身だ。

 二人とも目の前で親達を殺され、その光景が今でも目に焼きついている。

 これから共に住まう翠月も同様だ。

 だからこそ処刑が起こるのは、その単語を聞くだけで心の傷が疼く。

 何とも居た堪れない気持ちになりながらも、嘉月は汁を喉に流し込んだ。


「……確かに処刑は毎度のことだ」


 紳月が突然ぽつりと呟く。

 何かと顔を上げて見やると、紳月は口に薄く笑みを乗せた。


「でもカズが気になると言った以上、毎度のことじゃなくなる。何か起こるぜ?」


 早くも一杯目を食べ終わった紳月が、箸を持った手で嘉月を指す。

 何かを楽しむかのようなその笑いに、嘉月は呆れたような溜息を吐いた。


「確証もないのによく言う……。まぁ、博打は得意だがな。シンが言うと信憑性が」


「何だと!?」


「まだ最後まで言ってないが?信憑性があるとは思わなんだか」


 憤る紳月に嘉月はにやりと笑ってそう切り替えした。

 それに対し、尤もだと紳月は言葉を詰まらせる。

 いつもあるなんて言わないじゃないか。と返せば紳月の勝ちだったのだが、嘉月はその事に気付いても、わざと教えてはやらなかった。

 返す言葉が見付からないのか、唸って考える紳月の手から空になった椀を取り、お替りを装ってまた差し出してやる。


「まぁ、何があるかはその時にならないと判らん。今は兎に角食っておけ」


「ん?ああ……有難う」


 一応礼は言うも、紳月は何処か釈然としない顔で、それを受け取った。

 話を切り替えられたことが気に食わないのだろう。

 だが、そう足掻いても口では敵わないと今までの生活の中で学んだ為に、それ以上は何も言わず、黙々と食を進めた。

 紳月は何杯かお替りをしてから、ご馳走さん!と椀と箸を床に置き、手を合わせた。


「ところでカズ。最近いつもと違うの作ってるみたいだけど、アレなんだ?」


 先に片づけと準備を始めながら、ふと紳月は目に付いたある物を示して尋ねた。

 嘉月の横にあるそれは、商業用に嘉月が自らの手で作り上げたものだ。

 大抵玩具や薬を売っているのだが、今回のそれはいつもと違う。

 きらきらとしていて、紐が幾つも垂れ下がり、花の飾りが多く付けられている。

 それは大きかったり小さかったり、木製だったり鉄だったりと、物によって様々だ。

 細かい作業が苦手な紳月は、全て嘉月に任せてしまっているので聞いていなかった。

 それに対し嘉月は今更聞くかとも思ったが、自分もご馳走様と手を合わせてから、一番壊れ難そうな物を手に取って、紳月に手渡した。


「女物の髪飾り、簪だ。最近はこれが一番良く売れるんでな」


「……何でも出来るんだな」


 こんなものまで出来てしまうとは、もう驚きを通り越していた。

 掘り込まれた装飾の細工は、職人の域と言ってもおかしくはないだろう。

 幾ら細かい作業が得意だからとて、こんなに凄いものを短時間で作るなど徒人には一朝一夕の修行などでは到底出来ない芸当である。

 嘉月は家事一般を全てこなせ、容姿も成長した今や綺麗な部類に入り、武家であったが為に強さを持ち、目上に対しての礼儀や作法も良し。おまけに知にも優れている。

 二年以上共に暮らしていて、欠点など見られなかった。

 紳月は改めて出発の準備を整える相棒の完璧さを見せ付けられ、ただ溜息しか出なかった。




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