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第三章 第四幕:懺悔

約束をしよう


生きて


必ず貴方が


私を殺すと――。







初めはただ生き続けて欲しいと、そう願っていた。

人を殺めるという行為は、自分で望んでなどいなかったから。

だから毎回自分が策略を練った戦闘の結末を必ず見に来ていた。

誰か一人でも生き残りはいないかと、痛恨の思いで。

そして死した者達には、人がいない隙に祈りを捧げるのだ。

自分の行いを許す事も出来ず、ただ上には逆らえず、弔うことしか出来ない己を恥じながら。

ただ迷うことなく、天に召されるようにと…。

そんな中で初めて生き残りの少年が居たことは、まさに晴天の霹靂だった。

少年が自分に向かって襲い来た時、自分が傷つくと思う前に、このままでは少年が彼らに見付かると思った。

咄嗟の判断で近付くクナイを素手で掴み、勢い付いている少年を彼らの視覚からは見えないように、すっぽりと自分の身で包んで隠す。

背後から刀を抜き、自分に向かって構える気配を感じつつ、どう切り抜けるか迷った。

良い案など、そう瞬時に浮かんでくるものではない。

ただでさえ思いにも由らない出来事の連続で、戸惑っているというのに。

何とか誤魔化せて、今日共に赴いた二人が知に弱いことに感謝した。

あんなすぐ嘘とも知れそうなことを、いとも簡単に撒けるとは思わなかった。


「もう大丈夫です。あの二人が簡単に騙されてくれて良かった」


明智は少年を放して、安心するよう微笑を浮かべる。

困惑に目を見開く少年の手には、自分の血が付いている。

それを見て、明智は自分の手が傷ついたことを思い出し、白布を取り出して止血した。

毒が塗られた様子も無いため、すぐに治るだろう。


「何で…!」


初めて発せられた少年の声に、明智は顔を上げた。

悲痛な面持ちで、割れた声は涙を堪えているようにも感じられた。


「どういうつもりだ!?おれは…っ!俺はお前が滅ぼそうとした藏木一族だぞ!?ただ一人家族に守られて、その上敵に助けられたなど一族の恥だ!」


少年は一息でそう言い切った。

様々な思いを押し留めているのか、少年の手が震える。


「私が…憎いですか?」


ぽつりと呟かれた言葉に、少年は思い出したように殺気を孕んだ。

そんな少年を見て、明智はふと苦笑を漏らした。


「私にも何故貴方を助けたのかは判りません。ですが、聞いて貰いたい事があります」


聞いて頂けますか?と明智は少年に尋ねる。

少年は無言で通し、明智はそれを是と読み取って、口を開いた。


「先程の続きです。貴方に、許しを請うつもりはありません。貴方の一族を滅ぼす為の計画を練った私に、そんな資格は毛頭ないとも分かっていますから」


そういう言葉は先程も聞いた所だ。

ただ…と明智は続けて、俯いていた視線を上げる。


「ただ、貴方には生きて欲しかった。私が犯した罪だというのに、勝手だと思うでしょうが。でも救われた命を投げ出さず、生きて下さい。生きて…そして」


私を、殺して下さい――。


渇いた空気に、その言葉は重く響く。

また少年は思いにも由らなかった言葉に、愕然と目を見開いた。

その目は真っ直ぐで、決して嘘をついてはいない、真剣な眼差し。

決して視線を外さない事からも、それがどれだけ本気なのかが見て取れる。


「どうして…」


少年の、藏木の口からはそれだけが零れ出る。

明智の考えていることが分からず、それしか言えなかった。


「生きる理由が欲しいのなら、復讐を掲げなさい。私を…明智秀隆を殺すと」


少年はその言葉に驚き、眼を見開いた。

明智の瞳が寂しげに揺れ、俯いたことでその顔は見えなくなる。


「私は浅間に仕える身です。政に関しては戦をする事も時として致し方のない事だとは思っています。けれど、ただの癇癪で人を殺すなんて間違っている…!」


明智は声を抑えるが、それが余計に悲痛なものに聞こえた。

大声を出せない分、拳を力強く握り締め、先程止血した傷口からまた血が流れ出す。

それをも厭わずに、明智は抑えられない気持ちを拳に渡らせた。


「本当は殺したくはないのに、命に逆らえぬ自分にいつも嫌気が差す。…だからいつも己の侵した惨状に来て、自分を戒めるんです。生き残りはいないかと、微かな望みも胸に秘めながら…。そうしたら貴方が居ました」


拳の痛みに気付いたのか、明智は力を緩々と解き、止血をし直す。

布で傷口を押さえながら、少年へと顔を上げ、うっすらと微笑んだ。


「…死にたいの?」


少年が先程までとは違う、あどけない口調で呟いた。

元々は歳相応のそういった話方なのだろう。

少年は子供とはいえ忍びであるが故に知識を叩き込まれていたが、無意識にぽつりと継い出てしまっていた。

それを聞いてか、明智はくすりと真実笑みを浮かべた。


「別に死を渇望している訳ではありません。ただ貴方に殺されるのならば、別に良い。ただ、そう易々と殺されてあげませんよ?」


「殺せと言ったり、殺されないと言ったり…」


急に変わった明智のおどけた態度に、少年は溜息を吐いた。

対し明智はわざとらしく、驚いた表情を見せた。


「おや、そんな若いうちから溜息なんて吐くものではありませんよ?余生の幸せが逃げちゃいます」


そんな態度の繰り返しに、少年は知らぬ間に口元に笑みを零した。

本人はそれに気付いていないだろうが、明智にはその仄かな変化が分かった。

漸く見た彼の顔に安堵の笑みを浮かべた。

もうこの子は大丈夫だ。死を望みはしない、と。

明智は笑みを浮かべたまま、少年を呼んだ。


「藏木。私の下で、もっと強くなりなさい。私を簡単に殺せるくらい…」


その顔とは不釣合いな言葉に、少年は一瞬訝しむ。

だが、ゆっくりと頷いて答えた。


「…それと、泣くのは今日で暫らく御預けです」


「え…?」


急に何を言い出すのかと、藏木は首を傾げる。

その反応に軽く息を吐くと、明智は藏木の頬に片手を伸ばす。

まだ少し警戒心を持ちつつも、その手を受け入れる。


「貴方は泣いていることに気付かないんですか?」


その台詞に不思議に思いつつも、藏木も自分の頬へと手を伸ばす。

すると生暖かい雫が流れ、頬を濡らしていた。


「泣いても良いんですよ?親族が死んで悲しむのは当たり前のこと。貴方が泣いたことで誰が責めましょう…」


きっと泣いてはならないと教え込まされたのだろう。

涙は情け。

標的である敵に情けを掛けるなど、あってはならない事だから。

明智は静かに涙を流す藏木の頭に手を置き、軽く撫でた。


「泣くことも弔いです。明日から皆の分も生きて、元気な姿を天に見せ付ければ良い」


そういうと藏木は明智の胸に飛び付いた。

突然、警戒心も何もなく飛び込まれて、明智は倒れ込む。

押し倒したとも言える状況で、藏木は声を上げて泣き始めた。

その行動に初めは驚いたものの、明智は暖かく微笑んで藏木を抱き締め、泣き疲れて眠りに落ちるまで、ずっと背や頭を撫でてやった。

知らぬ間にあどけない少年の顔で眠る藏木を見て、明智は苦笑する。


「まったく、警戒心を解けとは言ってませんよ?」


藏木の手は明智の服をしっかりと掴んだままで。

安堵するように眠りつく藏木の頭を一つ撫でる。

これから大丈夫なのかと心配になる反面、少年の本当は優しい心根を知った。


「貴方は絶対に死なせはしませんよ…」


明智は微笑して、また一つ撫でた。





何があっても護り通してみせる。


今よりも上の権力を手に入れて、たとえ職務乱用となろうとも。


だから約束をしよう。


生きて、必ず貴方が私を殺すと…―。




敵側人物紹介 No.2


氏名:藏木(くらき / 小姓名:倉本 / 忍名:狐黒)


物心ついた頃に明智に助けられ、東の浅間藩に仕えてきた忍び。

忍の亡き名家藏木家の生き残りで、幼いながらも忍具を完璧に使いこなすという強者。

狐の面を被り、忍びの黒装束から「孤黒」という忍名を持つ。

俊敏性が高く、暗躍もお手のもの。上の者には硬い敬語を使用する堅物だが、性根は優しく、曲がったことも好かない。何故か“ただ一人の人物”にのみ、きつく当たる。

殺しを是とせず、敵側でそれを知るのは明智一人だけ。


歳:十四 / 武器:忍具 / 一人称:私(俺) / 流派:鉢屋衆


愛称:エツ(理由は追々… / 呼名:孤黒 / 趣味:横笛 / 役職:忍

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