第二章 第十二幕:主従
何故か信じたくなるんだ
あいつの言葉を
行動を
その心を――。
その文に記されていた事は、現状と大きく被った。
この場に集まっている者は皆、翠月・嘉月・紳月と月の名が付いている。
同じく浅間に恨みを持つ三人ではあるが、こうも上手く集うものだろうか。
否、それはかなり低い確率だろう。
他の事に至っても、全てが真実に起こっている。
これを真実と言わず何というのか。
「偶然…ではないな」
「ああ、俺もそう思う」
嘉月が言うのに便乗して、紳月もこの文は是だと頷いた。
さすればという気になるところで文章は途切れている。
何かを悟ったのか、後半の文字は以前の優美な字ではなく、雑な走り書きだ。
書いている途中で誰かが近付いていたのかもしれない。
予言を見られないように急いだのだろう。
「春日殿、この“さすれば”の続きは?」
翠月であれば何かを聞いているかもしれない。
そう思い嘉月は問いたが、翠月は首を横に振った。
「続きは叔母君以外誰も知らぬ。その文を送った夜に亡くなられたからのぅ…」
これでどうなるのかは闇の中だ。
そもそも西にいる春日家に文が一日で着くはずはない。
浅間の浅はかな知識のせいで文姫は殺された事になる。
翠月に聞くと、春日の屋敷内が忙しなかったため、情報が何処かから洩れたのだと勘違いを起こしたらしい。
実際それは翠月が生まれた日で、その為に忙しなかったのだという。
「叔母君は浅間に憎しみを込めて、笑みながら死んだそうじゃ」
翠月は何とも言えない複雑な表情でそう語った。
此処にきて、ふと嘉月はあることを思い出した。
一番重要なことをまだ聞いていない。
確かに良い情報は入ったが、それだけの為に探していたわけではないのだ。
早目に確認しておかなければならない。
「…今更なことなんだが」
「何じゃ?伊佐美」
「春日殿は天下取りを考えておいでか?」
嘉月は真っ直ぐに翠月を見据えた。
その気持ちがないのならば、仕える意味などない。
復讐心でも何でも、浅間に対する敵対心を持ち、打ち倒そうと考えている同志でなければ、自分達の野望が果されることはなくなるのだから。
翠月はそういえば言っていなかったかと、今気付いたように呟いた。
湯飲みをおいて笑みを消し、二人を見据えた。
「余がお前達を探しておったのは、この文に則り、東を討ち果たせる同志を見つける為。余の望みは復讐という一族への手向けの鎮魂歌を挙げることじゃ」
話している時のその瞳は闘志に満ちて、先程までの口調とは異なった。
だがそれは微妙な差異で、嘉月には気付けても紳月は気付かなかった。
やはりこの男には決して表には見せていない力がある。
その力は発揮されれば、恐れられていた春日翠晃と同等のものであり、浅間の浅知恵など軽く凌駕するだろう。
「余はあの男のする政が許せぬ。不安要素を消すのも政じゃから、父上の死は致し方ないと思っておる。じゃが民を見捨て、容易く殺すなど人のするべきことか…!」
翠月は怒気を顕わに、そう言い放った。
先程までは平穏であったのに、民の為に此処まで真剣になれる。
今の御時世にそこまで真摯に考える上はいないだろう。
貴族は皆自分の為にと思っている奴等ばかりなのだから。
「人殺を悪いと思うのはわかる。でも父親が殺されたのに致し方ないって…」
「それが政じゃ。余も上に立つ為ならば、邪魔なものは排除する。それにのう。討たれたということは父上がそれだけ偉大で、脅威な存在であったということじゃ。嫡子として鼻が高い」
罰の悪そうに返した紳月に、翠月はそう諭した。
民の為に数々の行動を起こし、貴族にとっての脅威に感じられていた父親を、翠月は尊敬し、その事を自慢に思っているのだ。
自分もこの世の中でそうであろうと…。
政の意味も、行い方も全てを理解した上でのこの発言。
嘉月は口元に笑みを浮かべ、ビンゴと呟いた。
このような者などそうはいない。
翠月という男は自分の考えに合う、捜し求めていた絶好の主君であった。
嘉月は確信を持って、緩慢な動作で頭を垂れた。
「今の言を聞き、相応しいと確信致しました。我等も同じ事を望む者。どうか主となり、我等を配下にして頂きたい。紳月も相違ないな?」
嘉月の問いに少し考え、紳月も短く“ああ”と返事を返して頭を垂れた。
はっきり言って紳月には判断が付けられなかった。
しかし嘉月の自信に満ちた笑みが、自分に是と言わせた。
こいつが認めたのなら、間違いは決してない。
たかが二年の付き合いだが、そう認識出来るほど信頼を置いていたようだ。
そう思わせた嘉月の影響力に、紳月は苦笑した。
誰も彼もがこいつに惹きつけられる。
そんな風に言うと俺を引き止めた時の嘉月の告白紛いみたいになるけどな。