第二章 第十幕:玩具
誰が敵で誰が味方なのか
今やもう分かったものではない
現時点での結論…
俺の周りはみんな敵だ――!
「なぁ、本当に主があいつで大丈夫か?なんか心配になってきたぞ」
今翠月は見せたいものがあるのだと部屋を出ていた。
出て行った後、足音が遠退いたのを見計らって真っ先に紳月はそう口にした。
その言葉に嘉月は顎に手を当てて思案する。
確かに少し心配である。自分が。
演技を身に付け、それを酷使する翠月と少し常識外れな紳月を纏めるのは俺か…?
なんだか嫌な立場だな。翠月が自分を出してくれれば楽だが…。
否、今見た限りそういう性格ではなく、いざという時まで隠し通す気が…。
「おーい…、考え事途切れ途切れで口から出てるぞ…」
「それは失敬…」
嘉月は少し驚いて、悪びれた風もなく短く謝った。
考えに没頭し過ぎて、口に出して思考する癖が気付かぬうちに出てしまったようだ。
忠告してきた紳月の目が据わっている。
大方、都合よく常識外れ云々のところが聞こえたのだろう。
嘉月は咳払いを一つして、話を元に戻した。
「翠月殿のことだったな。彼はあれでいてしっかりしている。騙すのも忍がよく使う手段。俺は女型は自分をよく理解した策だと思うが?」
急に話を戻した事に、紳月はじとりと見たが、言葉では適わないと諦めたようだ。
少し間を置き、息を吐いた。
「まぁ…な。絶世の美女って言えるほど女の時は綺麗だし」
「シンが騙されるくらいな」
嘉月はくすくすと笑いながら、すぐさま返事を返してやった。
すると、あ!と叫んで思いついたようにがばりと前方に手を付いて、顔を寄せた。
「そういえば、お前気付いてたのに言わなかったな!?」
「いつ気が付くかと思ってな」
眉根を寄せて言い募る紳月に、嘉月はさらりと言ってのけた。
随分と前のことを持ってきたなと思わないでもないが、困惑が続いていたからそれも致し方なかったのだろう。
「気付かぬ方が悪い。俺は言葉の端々にそれを臭わせる事を言っていたぞ?露店での刀から勃発した探り合いなどで特にな」
「へぇへぇ、悪かったな。どうせ俺は既に心奪われてましたよ」
自分が聞いていなかったのも悪いので、紳月は口を尖らせながらも身を引いた。
小難しく言う嘉月も悪いなどと呟きながら、襖に寄り掛かり不貞腐れている。
こういうところが子供っぽいと嘉月は思い、からかいたくなるのだが、今日はいろいろと心の損傷が多そうなので止めておいた。
忍び笑うのに留め置いていると、突如襖が開かれた。
同時にごすっという鈍い音が聞こえた。
「いってぇ〜…!」
その声を発したのは紳月だ。
開かれたのは、丁度紳月が寄り掛かっていた襖だった。
「菟田野は初めて見た時から思ったが、予想を裏切らぬ奴じゃな」
襖を開けた張本人は面白い玩具を見つけた子供のように嬉々として言い、感嘆していた。
開けたのは勿論、先程出て行った翠月である。
「春日っ!お前今のわざとだろ!」
「何の事じゃ?余は今此処へ来て、偶然この襖を開けたんじゃが?」
「その顔からして嘘っぽいわ!」
袖の袂で口元を隠し、しれっという翠月にまた痛む頭を押さえながら紳月は怒鳴った。
嘉月はその言い争いを見ながら、紳月と春日殿なら紳月が突っ込みなのかなどと埒もないことを考えて傍観していた。
「かず!コイツどーにかしろ!頭脳戦はお前の役目だろ!」
「何時からそうなった。第一、シンが無知で馬鹿過ぎるのが問題だ」
「馬鹿は関係ないだろ!」
もう馬鹿というところは否定しないのかと、嘉月は逡巡した。
前はかなり気にしていたというのに、今となってはどうでもいいという事か。
あるいは自分と話していて己の知識の少なさを解したのか。
翠月は苦笑を浮かべながら、二人の間に座り込んだ。
「まぁ、落ち着け。人それぞれ人生の歩みが違ければ、欠点も違ってくるじゃろう。利点もまた然りじゃ」
「安心しろ。シンの馬鹿さ加減は利点だ」
「…その根拠は?」
翠月の助言に俺は頭の中で計算し、微笑みながら言葉を上乗せした。
その笑顔に嘘っぽさを感じながらも、紳月は律儀に聞き返した。
が、答えを聞くなりやはり後悔することになった。
「根拠?…暇潰しになる」
「っ春日!主になるなら、こいつ何とかしろ!」
急に言い寄られて、翠月は驚きを見せた。
少し困惑もしているようだ。
暫らく良いあぐねていたが、頬を掻きながら空笑いを浮かべた。
「否、すまぬ。余も二人のやりとりを楽しんでおるからのぅ」
その応えに今度は紳が返答に窮した。
まさか今日会ったばかりの翠月までに言われるとは思わなかったのだろう。
先の襖のことを考えれば、どのような返答が返ってくるか分かりそうなものだが。
「ほれ見ろ。利点だろう」
「畜生!俺の周りは敵だらけか!」
少し遊びが過ぎたかと思い、嘉月は引き上げる事にした。
どういう事を言えば機嫌が直るのかは、何年もの付き合いで熟知している。
「良いではないか。言い換えればムードメーカーだぞ?」
「むーど…?」
「ああ、異国語で雰囲気を作る者。つまり沈んだ空間を照らす光のようなものだ」
訳を教えると紳月は目を輝かせ、それなら良いと言い切った。
その答えが返ってくるのを望んでいたはずだが、嘉月はもう少し考えろと言いたくなった。
だがこれも彼の長所の一つだろう。
「伊佐美は異国語が話せるのか?」
翠が驚いたように此方を見つめていた。
確かにこの御時世に異国語を解するものは珍しい。
元は異国を嫌う東にいた自分が知っていたのだから、その驚きは一入だろう。
嘉月はどう説明したら良いものかと考え、曖昧な笑みを浮かべて簡潔に言うことにした。
「友に異国人がいてな。教えて貰ったんだ」
「伊佐美は許容範囲が広いのじゃな。正直驚いた」
嘉月の応えに、翠月は感嘆の声を漏らした。
本当はレイとの出会いから話せと言われるとかなり長くなる。
それに中にはあまり話したくない内容もあった。
故にどう言えば良いか迷ったのだが、それだけ知れれば十分だったようだ。
いずれ時間のある時にでも話すことにし、今はこれで良いと胸を撫で下ろした。