第二章 第九幕:翠月
折角受け継いだこの容姿
利用しない手はないだろう。
貴女もそれを望んでいたのでしょう?
知らないとは言わせない
だって貴方は予言者なのだから――。
目の前には真実を知り、放心した紳月がいた。
嘉月はそれを見て深い溜息を吐いた。
骨格などのパーツは全く変わってはいない。
一番変わったのは年配のような話し方だ。
探し人は女装をして身を潜めていた。
スイという名の実在しない村娘となって。
細身で女顔の彼にとっては、女装という行為は間違っていないだろう。
寧ろ一番良い方法に思われる。
紳月が見破れなかったのは、女装した姿に惚れてしまったせいだろう。
「何やら悪いことをしたようじゃな…」
翠月は腕を組み、困ったように苦笑した。
だが何処か騙せていたことが楽しそうでもある。
それに対し嘉月は、灰と化した相棒を見据えながら否、と否定した。
「ただ単に此奴が鈍いだけで御座います。あまり人に触れてなかったせいやもしれませぬが」
一応思い当たる原因も述べておくが、ただのお膳立てである。
容赦のない嘉月の言葉に、翠月は苦笑を返した。
「綺麗な顔に似合わず、きつい事を言うのぅ、お主…」
「これぐらいでなくば効きませぬ故」
嘉月はにこやかに笑って、きっぱりと言い張った。
言ってもなかなか理解しない紳には、少々キツイくらいが丁度良い。
翠月はそれにまた苦笑でもって返してから、すっと表情を引き締めた。
「とりあえず、本人の口から改めて正式な名を聞きたいのじゃが…」
「これは申し遅れまして…」
そこで初めて思い出し、嘉月は礼をとった。
「私は亡家伊佐美家の嫡男、伊佐美嘉月と申します。そして此奴が」
嘉月は前触れもなく、相棒の頭をすぱんと引っ叩いた。
さしもの翠月も予測出来なかったらしく、目を見開く。
幾ら友だからとて、些か乱暴なやり方である。
だがその衝撃のお陰で、遠くに意識を飛ばしていた紳月が戻ってきたらしく、頭を抑えて唸った。
「いてーなっ!何すんだ!!」
「何時までも意識を何処ぞに飛ばしているからだ」
「それだけ衝撃的だったんだよ…!」
「はいはい。取り敢えず自己紹介をしないか」
紳月の気持ちも解らなくもないので、同情はしつつも言葉を促した。
これでは話がなかなか進まない。
紳月は少々不貞腐れながらも、息を一つ吐いて礼をとった。
嘉月が教え込んだ完璧な礼儀作法で。
「私は菟田野紳月と申します。先程までの無礼の数々、寛大な御心を持って御許し頂きたく…」
出会い当初、礼儀の使い分けを知らない紳月に、嘉月は毎日少しずつ作法や言葉遣いを丁寧に教え、叩き込んだ。
先を読み、こういう事態を想定してのことだ。
もう手遅れかもしれないが、第一印象くらいはきっちりしておきたい。
同い年であるのに、嘉月はこのような世話を焼いている分、父親にでもなった心境がした。
一方翠月は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「そう畏まらずとも良い。我らは同類だと先程申したじゃろう。これから先は敬語もいらぬ」
「本当か!?お前話わかるなぁ…ぃてっ!」
すぐさま調子を戻した紳月の頭を引っ叩いて、嘉月は翠月に笑顔を向けた。
紳月に恨みがましい目で睨めつけられたが、軽く無視する。
いくら了承が出たとはいえ、些か変わりが速過ぎて、無礼にあたる。
カズはそういうところにおいて手厳しい。
「ではそのように…。ただ幼少の頃から礼儀を叩き込まれていたから、初めは上手くいかないかもしれん。今後努力はするつもりだが…」
無意識に敬語になってしまわないよう、極力気を付けつつ嘉月は話した。
幼い時に父から仕込まれた礼儀作法は、そう簡単に拭い去れるものではない。
敬語を辞めるように言われた為に直したが、自分の君主になるのに変わりはないのだ。
そういう認識を一度してしまうと、尚難しい。
それを聞き、翠月は苦笑した。
「構わぬ。余もこの話し方が癖じゃ。育ててくれた、じぃのが移ってのう。直るのは女子に変装した時だけじゃ」
「今までそれが常では…俺よりも直りそうにもないな」
何しろ男の姿で人と話すことは、何年もなかったのだ。
嘉月が苦笑しながら言うと、翠月は溜め息を吐いて天を仰いだ。
「全くじゃ。女子姿の方が多かった所為か、女言葉の方が楽なこともある」
「何かそれも哀しくねぇか…?」
「否、楽しいぞ?…菟田野も今度やってみるか?」
眉を顰める紳に、翠月はにやりとした笑みを向けた。
やってみるとは女装のことだ。
何かを企むようなその笑みに少し青ざめて、紳月は慌てて首を横に振った。
「け、結構ですっ!」
「冗談だ」
「否、冗談ではなかっただろう…」
思わず嘉月はぼそりと突っ込みを入れた。
あの目は絶対に本気の目だった。
小声であったにも関わらず聞き咎めたのか、翠月は広げた扇で口元を隠し、嘉月を見ながら薄く笑った。
「時として女型も必要よ?人の情に取り入るには最適。男だとばれてもこの美貌なら喰いついてくるもの。使えるものは使わないとね!」
翠月は女声でそう言うとくすくすと笑った。
確かに美人の系統ではあるが、それを自分で言い切れるのは凄い。
その言い草に、二人はただただ唖然とするしか出来なかった。
何はともあれ、嘉月の苦労が増えた事は言うまでもない。