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第二章 第八幕:廃屋

嘘だと思いたくても


信じたくなくても


今、目の前にあること


これが現実――。






紳月と嘉月は、スイについて人並み外れた所を歩いていた。

村を一歩ずれた其処には、広大な竹林が広がっていた。

水音がするので、近くに川でもあるのだろう。

途中までは綺麗に舗装されていたので、村人も使っていることが伺える。

ふと、スイは道を逸れて、道のない竹藪へと足を踏み入れた。

見失わないように注意しつつ、二人は足を進める。

伸び育った草を掻き分け、スイの歩みは止まった。


「どうぞ、此方です」


最後の草を掻き分け、嘉月達に先に通るよう指示を出した。

一歩足を踏み入れると、拓けた場所に出た。

そして目の前には見事な屋敷が構えていた。

其処は廃屋のようだが、立派な造りで、大きさも貴族の屋敷と寸分違わぬものだ。


「此処は…?」


「春日家の知られざるもう一つの屋敷。と言っても、村の一部の方々は御存知なんですけどね。いろいろ寄付して下さいますし…」


草を元に戻したスイは、歩み寄りながら嘉月に説明をした。

嘉月は小さく笑って、ビンゴと呟いた。

まだ分かっていなかった紳月は素頓狂な声を上げた。


「春日家!?スイって何者なんだ!?」


「ええっと…。それについては、中でお話しましょうか」


「アイツの頭は年中春だな…」


紳月の鈍さに嘉月は苦笑した。

否、鈍いというよりも、ただ純粋潔白なのだ。

一人でいたら、悪徳な者に簡単に騙されてしまうだろう。

今回のことで少しは警戒を持つかもしれない。

こういう風に接近してくる敵や味方もいるのだと。

紳月に丁寧に受け答えするスイの姿を見て、嘉月はくすりと笑った。


「カズ、お前何笑ってんだよ…」


「否、若いなと思ってな。さて、スイ殿。中へ案内して頂けませぬか?」


「はい。では御案内致します」


スイが先陣を切り、門を潜る。

二人はその後に続いた。

それから屋敷の中へと案内され、扉を潜る。

外壁の古さとは違い、其処に広がるのは真新しいというに相応しい内装だった。

崩れないようにと、床や内壁だけは小まめに手直しをしていたようだ。

二人はその較差に感嘆しながら足を進めた。

どうぞと通された部屋は、御上の昼御座のような部屋だった。

否、そのものと言ってもいい。

それだけ春日は国を治めるに近い人物だったのだと伺えた。

おそらく、これらはその遠くない未来の為に建てられた屋敷だったのだろう。

その前に浅間に討たれ、叶わずにこの世を去っていったに違いない。


「それでは、お二人は此方で暫しお待ち下さい。お茶をお持ち致します故」


スイはそう言うと部屋から出て行った。

嘉月はとりあえず平敷御座の上にどかっと腰を下ろし、部屋全体をを眺めた。

障子や襖も破れてはおらず、綺麗に張り直されている。

柱は少々傷んでいるが、崩れる心配をするほど問題はない。

畳みも真新しく、掃除も綺麗に行き届いていた。


「ふむ…、隠れるには良い屋敷だ…」


「何の確認してんだよ、お前は」


呟いた言葉に、紳月が飽きれたように言った。

嘉月の前に雑に座って胡坐を掻き、障子戸の方を気にする素振りを見せる。

そんな様子を見て、嘉月は半眼で見据えた。


「未だに気付かないお前には言われたくないな。これは知っている者の余裕というものだ」


「は?何だよそれ」


「すぐに分かる…」


その言葉に紳月は首を軽く傾げた。

紳月がしきりに障子戸を気にしている理由は、聞かなくても分かる。

其処は先程自分達が入ってきて、一人の娘が出て行った場所だ。

紳月は待っているのだ。

美しい『彼女』がお茶を持ってやってくる瞬間を。

嘉月は敢えて真実を言わなかった。

これも生きていく上で一つの試練だ。

ただ愕然とし、呆然自棄となるであろう紳月を見たいというのが一番の理由だが。

少しすると廊下を歩く、軋む音が近付いてきた。

紳月はそれを聞きつけると、飯を待つ犬のようにそわそわとし始めた。

尻尾が付いていたら千切れんばかりに振っていただろう。

その反応が可笑しくて、嘉月は声に出さずに忍び笑った。

足音がすぐ傍で止まった。


「すまぬな、お待たせした。湯がなかなか沸かなくてのう」


聞こえたのは少し高めの、しかし男の声。

話し方は緩慢であるが、癖なのか年寄り臭さを感じる。

二人は声のする方を見上げた。

其処にいたのは髪を下の方で申し訳程度に結わい、長裃姿で鉄線の紋が刻まれた高冠位の貴族が着用する煌びやかな姿をした一人の青年。

女のように美しいと言える容姿をしたその歳若い男は、誰かを連想させる。

期待を裏切られた紳月は、彼に挑発的な目を向けた。


「誰だ?てめぇ…ぶっ!」


「お気になさらず。私共は屋敷にお招き頂けただけで光栄に御座います」


嘉月は紳月の頭を床に押さえつけながら、一際丁寧な口調で応え、自分も頭を下げた。

それは貴族のより上の者に対する礼の仕方だ。

急な行動に、紳月は視線だけを嘉月に向けて抵抗した。


「いきなり何すんだ!これ以上馬鹿になったらどうする!」


「ならば礼儀を弁えよ。私はしかと教えた筈だ」


「っ!何でこいつに礼を尽くさなけりゃならねぇんだよ!」


がらりと口調を変えた嘉月に、紳月は訳が分からず言い返した。

そんな二人の拮抗に急に現れた男は、笑みを洩らした。

くすくすという笑い声に、二人は顔を上げる。


「別に普通で良い。余は礼をされる程の者ではないからのう。今はお主達と同じ立場じゃ」


男はそう言うと、湯飲みを嘉月達の前に置き、自分もゆるりと御座に座った。

少し淑やかなその座り方は、女を思わせる。

男は一度二人を見ると、拳を床につき、深く礼を取った。


「来て頂いたことにまずは礼を言おう」


「いえ。時に、まだ此奴が理解出来ておりませぬ故、名を申し上げて下さりませぬか」


呆れたような嘉月の台詞に男は噴出した。


「くくっ…!なんじゃ、まだ気付いておらなんだか」


「ええ。まぁ、そこが長所でも有り、短所でも有るのですが…」


嘉月は視線だけを紳月にくれ、淡々と言った。

顔を変えたりなどはしていない。

ただ、服や髪型、話し方を変えただけだ。

嘉月は承知していた為に違和感しか感じないが、紳月にとっては全くの別人だろう。

良いだろうと言い、男は悪戯な笑みを浮かべた。

その視線は真っ直ぐに紳月だけに向けられた。


「余の外名はスイ。その本名を春日翠月と言う」


「ま、まさか…」


「御主等の探していた春日家の嫡男じゃ」


明かされたその正体に、紳月は固まり、予想通りの困惑した表情を見せた。

その表情を見た嘉月は対照的に、必死に笑いを堪えていた。


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