第二章 第七幕:村娘
突如現れたその娘は
微笑み佇んでいた。
互いに探り合い、観察し合い、
そして――。
女にしては少し低めの声は、しかし澄んでいて、聞き取り易い。
着ている衣は一般に多く着用されている村娘の簡易な着物。
長いであろう髪は上の方で結い上げられ、簪が挿されている。
歳は自分達と同じか少し下くらいだろうか。
此処までは何処にでも居そうな村娘だ。
だが、容姿は他の者達よりずば抜けて上等だった。
「それ、本物の刀ですか?貴方達の?」
「ええ、そうです。私達の私物なんです」
嘉月は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに業商用の顔になった。
笑顔と丁寧な物言いを使って応対した。
少女は興味津々といった風で、じっと刀を食い入るように凝視している。
「刀に興味が御有りなんですか?」
嘉月は気になって聞いてみた。
女性が刀を真剣に見るなど珍しい。
大抵の女人は刀になど興味を持たないものだ。
訊ねると少女は焦ったように手を振った。
「いえ、あのすみません!変ですよね、女が刀に興味あるなんて…」
恥ずかしさからか、少女は俯いた。
嘉月は少し考える素振りをして、刀を少女に差し出した。
「宜しければ御手に取って見て下さい。差し上げることは出来ませんが…」
「いいんですか!?有難う御座います!」
少女は、ぱぁっと顔を明るくすると、壊れ物を扱うかのように丁寧に狭霧を受け取った。
柄や鍔、鞘や直刃を真剣に見ている。
余程刀が好きなのだろう。
話し相手がいなくなったことで、嘉月は急に静かになった相棒が気になった。
隣を盗み見ると、見事に固まっていた。
眼前に現れた美貌の人物に目を奪われて。
それを見た嘉月は、心の中でまだまだ修行が足りないな、と突っ込んでやった。
「……漆黒の太刀…菖蒲の紋。名刀、狭霧……?」
嘉月はその言葉に目を見開いた。
ぽつりとした呟きだったが、はっきりと聞き取れた。
――刀の名を言い当てた?
ただ興味があるだけじゃない。
確かに名刀であったが、今では家も滅びたため廃刀のはずだ。
そう瞬時に悟って、緊張がばれないように先と変わらぬように努めた。
「当たりです。お詳しいのですね、刀……」
「え、ええ。父が質屋なものですから」
少し少女は動揺を見せた。
それは本当に一瞬の事だったが、嘉月が絶対に何かあると確信するのには十分過ぎるものだった。
試してみようと固まる紳月から刀をもぎ取って、少女に差し出した。
「では、これもわかりますかね?」
「糸巻の太刀に、葵の紋。っ!もしかして菟田野家の名刀、真紅…!?」
その言葉に嘉月は薄く笑った。
思っていた以上の大きな獲物かもしれない。
「此方もご存知でしたか。いやはや、質屋にしてはよく御存知だ。菟田野家の血を引く者でも今ではもう知っている者はいないというのに」
嘉月はわざと大袈裟に言葉を返した。
自分の名に我を取り戻した紳月が、何やら怒鳴っているが、今は僅かな反応も見逃さないよう集中している為、気にならない。
真紅の事を知るには、永く歴史を遡らなければならない。
自分のように調べたりしない限り、知ることはないだろう。
つまり、質屋などでは知るはずが無い知識。
嘉月は静かに刀を取り上げ、微笑んだ。
「さて、御嬢さんは何者ですか?質屋の娘というのはもう通用致しませんよ?」
「は?質屋じゃねぇの?」
「お前は黙っとけ。どうせ途中の話聞いてなかっただろ」
紳月は真実なので言い返せず、言われた通りに黙り込んだ。
暫らく沈黙が続いたが、少女が深い息を吐いてそれを破った。
「…見事に謀られましたね。最初から気付いていたんですか?」
「いいえ。女性で刀に詳しいのは珍しいですし、少し試してみたんですよ。決め手はこの真紅ですかね」
笑いながらそう言うと、少女は苦笑で返した。
紳月には何が何だかわからない。
人が硬直している間に何があったのかといった風である。
そんな彼に嘉月は刀を返し、狭霧を杖代わりのように地面についた。
「あまり詮索はしませんが、貴女のお名前を教えて頂けませんか?」
「私ですか?…スイ。スイと申します。あなた方は?武士の方ですよね?」
「武士ではありませんよ。私はカズ。彼はシン。しがない物売りです」
紳月は名を紹介され、頭だけ下げた。
先程の黙っとけという命が続行しているようだ。
まだよく理解し切れていないのだろう。
スイと名乗った少女は、嘉月達をまじまじと見て可愛らしく首を傾げた。
「そのような格好をされているのに、武士ではないのですか?」
「ええ、これは…ある男を捜していまして…」
「ある男?」
「何分容姿を知らないもので。刀に気付いて近付いて来るのを待っていたんですよ。そうしたら…スイさんが釣れましたね」
何かを企むように嘉月は笑った。
遠まわしに近付いて来たことからも、身分を隠さなければならない家の人だとわかる。
彼に関わりが強いことは明白だろう。
先程はわざと詮索はしないと言ったが、此方も遠まわしに核心には迫っている。
スイはそれに気付いたのか否かは定かではないが、俯いたまま薄く微笑んだ。
「その人に会えたら、何をなさる気なんですか?」
「何も?ただ、我々がこれらの刀の正統な所有者であると伝えましょう」
軽い調子でそう言うと、スイは口元に手を当て苦笑した。
「もう確信を得ているようですね。其方の方はまだみたいですが」
「ええ、箱入りなので。思った通り、かかった魚は大きかったようですね」
信じたくもないが、嘉月には一つの見解に辿り着いていた。
見ようによっては、そう見えなくも無い。
ええ、相当な。というスイの返答に自分の憶測に完璧な確信を得た。
二人が微笑み合う中、一人紳月は理解できずにいた。
とんとん拍子に話が進んでいく。
二人とも探り合うような話し方をしているので、内容が掴めない。
困惑していると、スイが急にすっと立ち上がった。
すると会った時のように、柔らかく二人に微笑んで会釈をした。
「お二人に会って頂きたい方がいらっしゃいます。御足労…、願えますでしょうか?」
「何処へなりとも。我等もそれを望んでおります故…」
嘉月はスイに対し、緩やかに貴族の礼をとって返した。
一方の紳月はその動作に呆気にとられ、また固まったのであった。