第二章 第六幕:名刀
世には名のある刀が存在する
それらは有名な物ばかりだ
しかし異例も存在する
名があっても、存在しないという刀が――。
レイが立ち去ってから、嘉月達は再び出店を始めた。
人通りは朝よりも格段に多い。
商売も驚くほど上手くいっている。
商売と言っても物々交換をすることの方が多いが、生活には差し支えないので良しとする。
先程、此処に探し人がやってくるという情報を手に入れた。
レイの話は、噂と言えども真実が多い。
皆あまり理解出来ないだろうと油断して話すのだろう。
実際は日本語をほとんど完璧に理解できるのだが。
どうして英語を話せていたのかと紳月に問われ、客がいない間軽く話した。
初めて会った時はお互い話せなかったこと。
会う度にあらゆるものを駆使して、意思疎通を図ったこと。
そして、お互いに言葉を教えあったこと。
一年という時間でそれを成し遂げ、現在に至る。
その話をしている間、紳は興味津々といった風に聞いていた。
レイと会えたお蔭で不安も消えたらしく、顔をしっかりと上げている。
先程客に綺麗な目だと言われたせいもあるだろう。
割と現金な奴である。
「シン、良い顔になったじゃないか」
「何だよ、急に…」
「お前先までうじうじ下を向いていただろう?折角の男前が台無しで人生終わらずに済んで良かったな、と親のように思ってしまった」
そう言うと紳月は照れたように赤くなった。
少し怒った感じも見せたが、言い返す言葉が見つからないらしく黙りこんだ。
暫しの沈黙の後、突いて出た言葉は違う内容だった。
「カズ。本当に会えるんだろうな?」
会えるのかとは、探している翠昂の息子のことだろう。
「さぁな。だが例の話は、八割方は真実だ」
嘉月は少なくなってきた商品を見て、追加しながら端的に言った。
噂の八割が真実なら割と高い方だ。
もしこれが噂で終わっても、根気よく探してみるだけの話である。
一度決めたことを途中で諦めたりはしない。
意思が強いことを知っている紳月は、行動の全てを任せることにして、一つ息を吐いた。
「で、どうやって探すんだ?名前意外には性別と歳しか知らないんだろ?」
今判っているのは、その他に春日家の生き残りであることだけだ。
本人を見極めるのに一番大事な容姿が全くわからない。
だが、嘉月は嘲るように薄く笑った。
「何の為にこんな出で立ちをしていると思っているんだ?」
今着ているのは、全身黒で武士の平常服とされる直垂姿。
石帯を締めて太刀を吊れるようにしている。
座る時は邪魔になるので、今は刀を外しているが。
何処から見てもその姿は露店商のものではなく、武士のそれだ。
嘉月は横に置いていた自分の名刀を手に取り、自分の正面の地面に突き立てるようにした。
「この出で立ちならば嫌でも目立とう。客の入りも実際多い。そして、決め手がこれだ」
疑問符を浮かべる紳月に、嘉月は柄が見えるように刀を傾けてやった。
そこには伊佐美家の菖蒲の紋が刻まれている。
「権力者の息子ならこの紋が判るはずだ。それに亡命家の名刀だ。十分興味を引くだろう?お前のそれもな」
嘉月は紳月の隣を示してそう言った。
示された物を手に取り、無言で眺める。
それは数ヶ月前嘉月に渡された糸巻の太刀だ。
刀名は『真紅』。
初めて見た刀だったが、鍔には菟田野家の葵の紋が刻まれていた。
どうしたのかと聞いても笑って誤魔化すので、入手経路や本物なのかは不明である。
ただ真紅という名は、昔武家だった頃にその刀で多くを切ったからだと聞かされた。
「これ、本物なのか?」
「ほぅ、この私を信じぬと?意外な事ですぐ信じるくせに疑い深いところは直らなんだか」
嘉月の片目が細められる。
口元は意地悪にほくそ笑んでいた。
こういう風に急に言葉遣いが変わった時は、何をされるか分かったものではない。
先に誤っておくことが先決だろう。
「悪かったよ。でも聞いたことなかったんだぜ?まだ驚てんだからな」
謝ったことが功を相したのか、嘉月一つ息を吐くに終わった。
「お前の家のことだろうに」
「んなこと言われてもなぁ。自分の先祖が武士だったぐらいにしか聞いてねぇし」
武士というのも、相当名の知れ渡っていた者らしいが、嘉月に聞くまで知らなかった。
自分の家のこともよく知らない紳月に対し、嘉月は何でも知っている。
家を失ったのが十三の頃だったと聞く。
武士の家柄で、戦においての知力は優れたものだったらしい。
その為の知識なのか、趣味なのか、様々なことを学んできたと言っていた。
そんな考えに耽っていたが、嘉月の刀を動かした音で我に返った。
「とにかく、もし本当にそいつがいたら判るだろう。向こうから近付いて来るはずだ」
「…そんなに上手くいくか?」
「さぁな。まぁ、今日はレイに賭けてみよう」
「うわぁ!それ本物ですか?」
ひそひそと小声で話していると、前方から急に声がかかった。
うっかり刀を溢しそうになるのを、なんとか押さえる。
その声の主を見ると、にっこりと微笑んできた。
膝を折ってちょこんと前に座っていたのは、一介の格好をした村娘だった。