第二章 第四幕:噂事
噂が噂を呼び、一人歩きする
そんなのは良くあることだ
だが、中には事実も存在する
見極めるのも難しい
何十分の一かの確立で――。
二人が座り続けて数刻が過ぎた。
町は朝より活気付き、嘉月達はますます目立つ存在となった。
その分、珍しがって客の入りもいつもより多い。
昼頃になって、二人は握飯を店先で食べることにした。
紳月には昨夜説明されたが、まだ知らされていないことがあったので、この気に問い質すことにした。
「なぁ、カズ。一体誰を待ってるんだ?」
「うーん…、さぁ?」
「はぁ!?さぁって何だよ!お前が言ってたんだろ!?」
紳月は人目も気にせず、声を荒げた。
目を見ても驚かない人々がいる環境に慣れてきたためかもしれない。
嘉月はそうなんだが、と言い握飯を平らげ、指を一舐めした。
「名前も分からんし、何分顔を知らなくてな。男か女かも不明。でもこの近辺にいるのだという噂は聞いた」
「噂を信じる…ね。随分と御執心みたいだけど、カズがそこまで執着するのは何でだ?」
嘉月は信用深い。
そのため、情報収集も噂ではなく、事実を突き止めてから情報とする。
それほどの男が噂だけで動くのは紳月にとって信じ難いことであった。
訝しむ紳月を見て、嘉月は少し近寄り、声を静めた。
周りに聞かれては不味いことなのである。
「西を治めるであろうと言われていたほどの男のことを知っているか?」
紳月が首を傾げたので、知らないのだと解釈し、嘉月は続けることにした。
「その男は力に技量、そして統率力を兼ね揃えていたという。父に聞いたのだがな」
「まさか、その男を?」
探しているのかと聞きたいのだろう。
しかし嘉月は首を横に振った。
「その男の名は春日翠昂。だが、十五年ほど前に義政の手で殺されている」
「またアイツか…。って待てよ?じゃあ誰を探してるんだ?アイツは一族を根絶やしにする奴だろう」
嫌なことを思い出したというように、顔を歪める。
紳月が言っているアイツとは、浅間義政のことだ。
現に今まで紳月を探していたのだから、言っていることは正しい。
嘉月はその考えを吹き飛ばすように、にっと笑った。
「それが一人生きているようなんだ。年は俺達と同じくらいの、春日翠昂のたった一人の子供がな」
「馬鹿な!十五年前だぞ?僅か四、五歳で逃げ切れるわけが無い」
勿論小声だが、紳月は驚きを顕わにした。
嘉月は周囲に気付かれないよう顔には出さず、手は片付けをしている。
一瞬視線だけを合わせ、応えを出した。
「普通ならな。だがその子供の存在をひた隠しにしていたそうだ。翠昂は狙われていることを知っていたようだ。だからこそ隠した」
「つまり事実上、翠昂には子供が存在していないことになっていた為に間逃れたと」
「そういうことだ」
嘉月は竹筒で作った水筒の中の水を一口飲んだ。
となると、全ては初めから計算されていたということだ。
その的確に先を読み、行動に移す速さは、まさに政の天才。
だからこそ浅間は早急に打ちのめしたのだろう。
強い軍事力が集まる前に。
紳月はふと話が合わないことに気が付いた。
「おい、カズ。ちょっと待てよ?存在してない事になってるのに、どうして生存とか噂が流れるんだ?」
そう、おかしな話である。
存在していないのに、生存の噂というのは、大きく矛盾している。
首を捻る紳月に、嘉月は悪戯な笑みを浮かべた。
「ほう、よく気付いたな。少しは利口になったか」
「煩いわ!ええ、ええ、どうせ俺は世間知らずで思考力低い男ですよ!」
頬を膨らませ捻くれる紳月を見て、嘉月は思わず噴出した。
シンは家から外に出させて貰えなかったため、世間を知らない。
それはハーフである自分の外見のため。
会話も母親とすることしかなく、深く考えることは苦手なようだった。
二年でいろいろ教えたが、子供っぽいところは未だに抜けない。
それが長所でもあるのだが、どうも体格や顔立ちからは合わず、笑いを誘う。
「悪い、悪い。でも大分俺の会話を読めるようになってきたな、と思ってな」
「カズの話はいつも遠回しにし過ぎだ…」
「シンが考えるようにしてるんだ。脳を働かせないと腐るぞ」
「けっ!そりゃどうも!」
皮肉っぽく言いながら、紳月は片づけを始めた。
それが終わるのを待ってから、嘉月は話の続きに乗り出した。
以前、一度に二つのことに集中できないと紳月が言っていたからに他ならない。
「で、先程の続きだがな。その子供は村全体で協力して隠し通したそうだ。故に春日家のあったこの村では噂が出たというわけだ」
「村全体で?」
「そう、だが育てていたわけではない。一人屋敷に使えていた者が世話をしていたそうだが、姿を見たものはいないらしい。ただ偶に村を訪れているようだが…」
「俺はカズが何処からそんな情報仕入れてきたのかを知りてぇよ…」
紳月は何故か落胆を見せた。
今日始めて友人を知り過ぎてて怖いと思ったのは言うまでもなかった。
そして闇に染まりつつある悪徳人間だと再認識したのだった。