第二章 第三幕:下山
その国は
故郷とは違い
活気付いた明るい場所だった――。
明朝、二人は幾つかの荷物を持って下山した。
紳月は少し渋っていたが、無理矢理連れ出した。
仲間を一人で見つけることなど出来ないし、紳月がいた方が説明もしやすい。
話によっては、本人は嫌がっている異人の血があることを表明することになるが、それも致し方のないことであろう。
何しろ嘉月には身分を証明することは難しい。
世の中では死んだことになっているのだから。
徐々に人の声が聞こえてきて、やがて一つの町に出た。
長屋が立ち並び、朝だというのに賑わいを見せている。
そんな光景を見て、背後で紳月が感嘆の声を上げたので、嘉月は忍び笑った。
全てが物珍しいようで、歩きながらも辺りを見渡している。
もう自分が見られていることなど気になっていないようだ。
その様子に本当に子供のようだと嘉月は思った。
「シン、迷子になるなよ?」
「なるかっ!それに“子”ってなんだよ!“子”って!」
「その通りの意味だ。ほら、着いたぞ」
嘉月はそう言うと茣蓙を広げ、商品を並べて大きな平たい石に座り込んだ。
自分の隣を数回叩いて、紳月も座るようにと促す。
その場所は、屋台のような店が幾つも並んでいる場所で、嘉月がいつも行商を行っている特定席だった。
毎度両隣の店の人が来る前にきて、座り込む。
それが日課に近かった。
「毎回こんなことしてたのか…。それより売ってるこれ、何なんだ?」
「見て判らないか?子供の遊び道具だ」
目の前に広げられていたのは、木や布などで作られた人形や独楽などの遊び道具。
どれも細かく作られていて、職人技の域に達していると言ってもおかしくは無い。
紳月はそのうちの一つを手に取って、繁々と見つめた。
「これ、まさかお前が作ったのか…?」
「そうだが…。というより他に誰がいる?」
綺麗に商品を並べていく作業を止めることなく、さも当たり前かのように嘉月は答えた。
だが紳月が見る限り、とても繊細で緻密な作りをしている。
箱入りだったとはいえ、紳月も貴族の嫡男。
調度品は良い品ばかりだったから目利きは出来る。
そんな紳月から見ても、それはまるで職人が作ったかのような仕上がりで、驚くより外ない。
「否、こんなの作れるとは思わねぇしよ…。いつ作ってたんだ?」
「シンが寝てる時に。お前寝るの早いし。金がない時に共に並べてみたら好評でな。次第と玩具売りになった」
実際は嘉月が単に寝るのが遅いだけだ。
大抵三、四刻程しか眠っていない。
いつ来るか分からない人の気配を探りつつ眠っているためであろう。
その分、冬場は冬眠するように眠っていたが。
元は煎じた薬や薬草などを売っていたが、身分もわからない者から買う者など少なく、試しに趣味で作った玩具を置いたら売れた。
それからというもの、八割方は玩具で稼いでいた。
紳月が何ともいえない目で此方を見ていたが、放っておくことにする。
そろそろ此方の方にも人が来る時間だ。
「カズさん、おはよう。おや、今日は連れがいるんだね」
「お早う御座います。ええ、シンと言うんです。偶には連れ出そうと思いまして」
掛けられた声は薬を買いに来る常連の人の者で、嘉月は笑顔で応え、シンを紹介した。
話し方は心持丁寧で、しかし丁寧過ぎないものだ。
嘉月は幾つか話し方を使い分けていた。
紳月は下を向いたまま微動だにしていない。
先程は気にしていなかったのに、今更な気もするが、何も言わないことにした。
「ところでカズさん。その格好、どうしたんだい?」
指摘されて、嘉月は自分の姿を見下ろした。
普段此処に来る際着用しているのは、指貫に狩衣という庶民の簡易なものである。
だが今はといえば、黒の直垂に袴を履き、腰帯に太刀を納めた武士の姿だ。
隣で大人しくしている紳月も全く同じ井出達をしている。
確かに急にこんな格好をしてきては驚くだろう。
「今日は少々人と会う約束がありまして。この格好の方が目立つから落ち合い易いでしょう?」
「ははっ、そういうことかい。確かに目立つわ。でもカズさん、良くお似合いだよ」
「そうですか?有難う御座います」
嘉月が照れ笑いを浮かべながらそう言った。
隣で紳月が愛想笑いだと呟いていたが、軽く無視した。
彼女がいつも買っていく傷薬を紙に包むと、優しく手渡す。
女は擽ったそうに笑って礼を言うと、元来た道を小走りで引き返していった。
目で見送った後、嘉月はもう一度視線を着物へと落とした。
今日この出で立ちをしているのは、勿論待ち合わせなどではない。
何処かの武士が声をかけてくるのを、密かに待っているのだ。
武士の格好で物売りをしていれば、自然と注目を浴びる。
怪しい人物とも捉えられるが、どちらにしろ話しかけてくるだろう。
だがそれも誰でも良い訳ではない。
嘉月の中で、自分が付くに値すると思える人物はただ一人。
暇そうにする紳月を小突きながらも、ただただその人物を待ち続けた。