関東大震災とデマ
ここは都内の社労士事務所、80歳代のジジイ:シゲさんと、事務手伝いの新卒 トモちゃんが、仕事の合間にお話し中。 トモちゃんは、防災の日の報道で、小池知事が朝鮮人慰霊に触れなかったという記事が気になっているみたいです。
トモ:9月1日と言えば防災の日、 シゲさんは昭和ヒトケタだから、関東大震災は知らないのよね?
シゲ:私の父母の世代のお話しですね。 私の家は東京の下谷だったので、火災が迫って来たが手前で止まって何とか家は焼けずに済みました。 火災が収まると、流言飛語で大変な有様だったそうです。
トモ:流言飛語って、朝鮮人が暴動を起こしたとかいう事? そういえば小池知事が東京都慰霊堂での追悼式で朝鮮人の虐殺について触れなかったというので新聞記事になっていたわね。
シゲ:いつまでも謝るべきかでないと言う人もいるけれど、なぜそうなったかの方が大事な気がしますね。
トモ:確か、警察、軍隊 そして自警団の人達が、デマに踊らされて朝鮮人を虐殺したんじゃないの?
シゲ:一面は捉えているけれど、なぜ自警団の人は、そんな行動をしたのかな?
トモ:当時から差別意識があったとか、いつも虐めているから暴動が起きたと思い込んでいたとか...
シゲ:現代に引き寄せて考えてみましょう。
今でも中国人観光客や住人のマナーの悪さが話題になっています。 けれど、そういう評判だけで、暴動を起こすと思いますか?
下町には戦後でも、在日朝鮮人の人々がいましたが、暴動を起こすなどとは思いもつきません。 それは現代で、外国人のお隣さんがいても同じでしょうね。
当時の一般人も、それほど大きくは変わらないと思いますよ。
トモ:それならば、何でそんな事になったの?
シゲ:当時の記録を見ると、9月2日以降に暴動騒ぎが起きています。
明確なのは、9月2日に戒厳令を布告し内務省警保局長が「朝鮮人暴動」を認定したことです。
この内容は
「9月3日午前8時15分 各 地 方 長 官 宛 内務省警保局長出
東京附近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし現に東京市内に於て爆弾を所持し、石油を注ぎて放火するものあり。既に東京府下には一部戒厳令を施行したるが故に、各地に於て充分周密なる視察を加へ、鮮人の行動に対しは厳密なる取締を加へられたし。」とあり、電信などで警察や鎮守府、各地の行政に対して連絡されています。
ですから、内務省が明確に「朝鮮人暴動がおきた」と治安組織に対して連絡をしています。
これを受けて、各地の自警団は「朝鮮人暴動」に備え始めました。
トモ:と言う事は、デマの発信元は政府と言う事なの?
シゲ:その通りだと思いますよ。
大きな流れとしては、震災後の騒然とした中、内務省警保局長 後藤文夫が上記の「朝鮮人が放火しているからは厳密なる取締を加へられたし。」の電文が出ます。
これが警察や自警団にも伝わります。 その一方で内務省発表を受けて、新聞も「不逞鮮人」の報道を始めます。 これがデマ拡散して、4日、5日は「朝鮮人があちこちで婦女子に暴行をしている」という話になりました。
治安組織として警察以上に強力なのは軍隊です。 軍隊は当時でも勝手に動けません。ですから、戒厳令になり、政府から連絡があったので、治安行動に入りました。
状況を把握する内に、9月3日、4日の時点で、「朝鮮人暴動」が存在しない事に気づいて政府に確認しています。戦前の日本人でも、当然の事ですが「無辜の外国人」を虐殺すれば世界中から非難を受けるという常識はあります。ですから、政府は大騒ぎになります。
結局、5日になって、やっと山本権兵衛内閣は「内閣告諭第二号」を発して,民衆のよる朝鮮人迫害の「自重」を求めましたが、時すでに遅し。
内務省による誤報を元に「朝鮮人暴動」のデマが新聞と自警団を中心に広まってしまった事。
それが「朝鮮人による婦女暴行」という話にも拡大していました。その結果、虐殺が起きてしまったと思います。
トモ:と言う事は、自警団の人達も、内務省の通達に基づいて、自分の町を守ろうとして、傷害や殺人に発展したという事なの?
シゲ:今でも、自警団や、警察・軍隊の勝手な行動が原因と誤解している人も多いようですが、何よりもデマの根本は内務省警保局長(後藤文夫)とおもいます。
当時でも、この事は問題になって、事件の詳細が判るにつれて、新聞や世論も政府を批判しました。 10月になると、こうした批判が新聞に載り始めます。
「警察官憲の明答を求む」(法学博士 上 杉 慎 吉)
私は数百万市民の疑惑を代表して、簡単に左記の五箇条を挙げて、警察官憲の責任に関し明答を得たいと思ふ。 内容略:(国民新聞 大正12・10・13夕刊)
今頃になって検挙とは何事ぞ 関東自警団同盟から内相法相に詰問状(東京日々新聞 大正12・10・23)
トモ:確かに、自警団の人にしてみれば、内務省の連絡に基づいて治安行動をしたのに、検挙されたのは酷いと思いますね。
シゲ:結局、政府もまずいと思ったのでしょう、「治安維持」の為に、朝鮮人を死傷させた人の多くは、執行猶予となります。
トモ:うーん、何とも言えませんね。 結局 謝罪すべきは当時の政府だったという事?
シゲ:謝罪云々は脇に於いて、本来は事実関係を明確にして、デマの発信元の内務省警保局長の後藤文夫を処分するなり、何等かの対応は必要でしょうね。
大規模なデマの発信源は、判らない事も多いのですが、この場合には内務省が主因の一つだとは言えますね。
トモ:さすがに、その後藤さんは処分されたのでしょう?
シゲ:1924年(大正13年)9月に台湾総督府総務長官になっていますね。
海外だから栄転とも言えませんが、身分では上になっています。
大組織に良くある、海外でホトボリを覚まして来いという感じですかね。
昭和3年に台湾を訪問中の久邇宮邦彦王が襲われる台中不敬事件で、後藤は引責辞任しますが、
昭和5年には貴族院議員になり、昭和7年には斎藤内閣で農林大臣、
昭和9年には岡田内閣で内務大臣と、官僚から議員、大臣と順調に出世していますね。
昭和18年 東條内閣で国務大臣になった事もあり、敗戦後はA級戦犯に指名されますが、不起訴。 戦後は参議院議員にも当選しています。この辺りは、私にも記憶があります。
トモ:結局、日本の組織って、責任追及は出来ないの?
シゲ:あくまで想像ですが、後藤内務省警保局長の責任を追及すると、政府として色々と都合が悪い事があったのでしょうね。 当時は、何よりも震災の復興が重要だったので、政府の権威を揺るがすような事態を避けたかった。 新聞や自警団は、5日に内閣の自重を求める通達にもかかわらず、デマの拡散や朝鮮人への暴行傷害をつづけたのも事実。 「朝鮮人が婦女の暴行」というデマには政府はかかわっていない。
ならば、責任を 自警団に転嫁してしまえというのが真相じゃないかな。
残念ながら、自警団などの中には、異常事態に便乗して、必要以上に正義の力を振りかざしたい人がいたようです。
ちなみに、この後藤文夫は、その後 「天皇陛下の警察官」を自称していたらしい。
当人にしてみれば、それが自分としての責任の取り方だと思っていたのかもしれないね。
トモ:随分と身勝手な考えね。
シゲ:現代の常識で過去の人を捌くのは適切ではありませんが、この人に関しては賛成だね。
さて、例の小池知事が朝鮮人虐殺について触れなかったという点ですが、政府がデマの切っ掛けであったという点を理解した上での事なのかは興味深いですね。
トモ:そういえば、小池さんの震災の慰霊のスピーチの記事から始まったのね。
シゲさんと話していると、何十年も遡ってしまうわね。
シゲ: さぁ、お仕事 お仕事 って、今日もお客はいませんか。
政治的なスタンスで、色々なご意見があるかもしれません。
ジジイは「紅旗征戎吾が事に非ず」(藤原定家)のノンポリです。
但し、事実関係は、はっきりさせたいというコダワリはあります。