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第9話  自分で自分を傷つける

有希がこの高校のバレー部に入部した時は、先輩たちは全員小柄だった。

得点をたたき出すスパイクが打てる主砲になりうる人材がいなくてリーグの上の方に登っていけることは少なかったが、よく動いてよく拾う元気いっぱいなチームと言う印象だった。

有希が入部すると、部員の中ではいちばん背が高くて、小中学校の時からバレーをしていたこともあって即戦力だと喜ばれた。入部して間もない時から監督から指名されて、先輩達と一緒に試合に出ることが多かった。


貴重な戦力だのルーキーだのと、3年の先輩たちからは可愛がられたが、言うべきことは言い合えるように、とミーティングでは気づいたことを全員が何かしらひとこと発言するようにと求められて、有希自身は自分がどんなふうにしゃべったのかを思い出せないのだが、試合中の先輩達のポジションどりのことを意見したことがあり、それが当時セッターをしていた彩加先輩の機嫌を損ねたらしく、それ以来、徐々に風当たりがきつくなっていった。



有希は、無神経な発言をして先輩を怒らせてしまったという意識があったので、それ以後は個人的な動きについてや、誰のことも指摘やダメだしもしないようにしたが、言葉を発するたびに露骨に嫌な顔をされ、3年の先輩がいないところでは何かにつけて嫌味を言われるようになった。


6月になってインターハイの県大会で敗退して3年が引退していくと、もっと空気が重くなっていった。一人で重い荷物を持たされたり、二つある部室の片方で有希以外の全員がお弁当を食べたり。監督の見ていないときの練習では、わざとネットの向こう側にトスを上げたり。


たぶん、彩加先輩は、心の底から自分のことを嫌いになっていて、その気持ちを押さえられないんだろうなと思う。

他の先輩達は、彩加先輩の空気が分かるから、だれも自分に話しかけてこられない。自分と仲良くしゃべったりすれば、彩加先輩が怒るだろう。それは、想像がついた。


でも、今のチームでは、ジャンプしてネットから手が出るのは自分一人だから、まともなスパイクを打てるのは自分だけなんだけど。点が入らないと勝てないのにと思いながら、そう考えてしまう自分がチームの輪を乱すのかな?と振り返ってみたり。

自分が点を入れて活躍しても、失敗しても、どっちにしても腹が立つのだとしたら、自分も、彩加先輩も、いったいなんのためにバレーボールをしているのか、自分がどうしたらいいのか、本当によくわからなくなっていた。





・・いくら気にしない性格でも、毎日毎日叱られたりのけ者にされてばかりいると、ツライ。


ある時、監督に訴えてみた。

どうやったら彩加先輩からゆるされるのか?

いっそ自分が辞めたほうが、チームは丸く収まるのか?

先輩との間に入ってもらえるとしたら、監督しかいないと思って。

監督は、彩加先輩と話をしたようだったが、結論としてはもっと努力せよ。ということだった。

「まずは、おまえの態度から変えるべきだ。」

有希は、監督から、そう告げられた。



有希は、先輩と対立しているのと一方的にいじめられているのとでは意味が違うと思っていたから、自分が被害者だという意識はなかった。

自分は、無頓着なところがあるから、繊細な気を遣ったりはできないし無神経な事も言うかもしれないが、いつもチームの雰囲気を自分込みでなんとか修復したいと考えて前向きに努力をしているつもりだった。


監督の言葉を受けて、やはり、彩加先輩を怒らせる理由が、自分にはあるのだろうと思って、自分の何が悪いのかよくわからないまま、有希はまじめに部活に取り組んで、陰険な彩加先輩の仕打ちにも耐えた。

監督の「おまえが必死になれば。おまえが誠実に頑張れば。」という言葉を信じて、自分なりに考えて、バレーボールのプレーの上でも、練習や普段の態度でも、必死に認められようと努力した。スパイクを打ち続けたせいで肋骨を疲労骨折しても、部活は休まなかった。


バレー部の空気が悪いのか、練習がきついのか、一人二人と部員が欠けていった。

1年経つ頃には、12人いたメンバーが3人になっていた。残っていた一人はマネージャーだから、プレイをすることはない。もう一人は名前だけ登録して部活に来ないから、実質残っていたのは有希一人だ。



こんなだから、本当は部活は楽しくない。

いくら気にしない性格でも、嫌われているのが分かっていて楽しいわけがない。

笑えない。


母さんには、時々、愚痴を聞いてもらう。

「母さん。先輩がきついんだよ。」

「どんなふうにキツイの?練習が?」

「ううん・・。なんかね。嫌われてるみたい。」

「なんで?誰に?」

「彩加先輩。」

「なんでだろね。」

「んー・・わたしの態度が悪いらしい。」

「ほんとう?何か誤解されてるんじゃないの?」

「・・・無神経なこと言ったかもしれない。」

「まぁ・・あなたは思った事を口にするタイプだからねぇ・・。」

「・・それだと思うんけど。」

「頑張ってみるの?辞めたいの?」

「んー・・・辞めたいけど・・やれるところまでやろうと思う。」

「そう・・じゃあ頑張ってみて。今度の試合は、おやつの差入しようか?」

「うん、ありがとう。」



ため息をついた。

本当につらいなぁ・・


家の洗面所に、眉毛を整えるための剃刀があった。

手にとって、手首に、そっと刃を当ててみる。

このまま横にずらせば、血が出るのかな?・・痛いのかな・・。


血が出たら、死んじゃうかな?

ううん。とんでもない。死ぬつもりなんて、ないよ。


あ・・手首に傷がついたら、人に見られるから、ダメ。

でも、なんか、ちょっと傷つけてみたいんだな。

自分を。



有希は、そのおしゃれ剃刀を、自分の部屋に持ちこんだ。


見つかってはダメだから、手首はなし。

では、・・足首なら・・。

そーっと、刃を当ててみる。

足首の、血管が見える。

スパッとこの血管を切ってみたらどうなるかな・・と少し考える。

血がたくさん出るのは、イヤだ。怖いし。


でも、自分の体を傷つけるとどうなるのか、少し知りたくなった・・・。


すこしだけ。


刃の先のほうで、足の皮膚に線を引くように、ゆっくりと動かした。

じわり・・力は入れていない。でも、ピリリと痛みを感じた。

それは、本当に切れているのか、圧痛だけなのか、判断できないぐらいの痛みだ。

線を引いた後に、わずかに血がにじんだ部分があった。


あ・・切れたんだ。

痛かったな。

でも、あまり痛くなかった。

こんなものか・・。


生きてるんだなぁ、私。

血が流れてる・・・。

それが、なんとなく、嬉しかった。


有希は、なにか満足感を得て、剃刀を机にしまい込んだ。



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