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第88話  やっぱり伝えたい

遊へのプレゼントは、一か月前ぐらいに、買ってあった。

真央が食事中に立ち上がったので、遊が「どした?」と声をかけてきた。


真央は黙って、バッグの中から、クラフト紙の袋に麻ひもをかけてでちいさくちょうちょ結びをしてあるだけの袋を出した。


「遊に・・、プレゼント。」

「え?・・さっきマフィンを・・。」

「あれは、カムフラージュ。これが本物。」

「・・・。」

「今、開けていいよ。」


遊は・・『カムフラージュ』と『本物』の意味を分かっているだろうか。


ちいさな麻ひものちょうちょをほどいて、袋を開けた遊は、「あっ。」と小さく驚いた声を上げた。


「欲しかったんじゃない?」

「・・・うん。・・・なんで・・。」


「もうすぐ卒業しちゃうから、時間ないし、バレンタインだし、もういいかなって・・。」


・・『もういい』が何なのかも、分かるのだろうか。

遊の表情はかわらない。


「ほらそれ、保温性に優れるらしいから。ここ出てからもバイクに乗るでしょ?はめてみてよ。サイズ合わなかったら交換してもらってくるから。」


遊が学校からバイクで帰ってくるたびに「グローブが安物だから」・・と嘆いていたのを知っていた。

保温の性能が良くなくて、短い距離は問題なくても学校まで通うには耐えられないらしい。だから、ちゃんとしたバイクウエアのメーカーの物を選んだのだ。

黒地で赤のアクセントのデザインは、遊のヘルメットに合わせた。素人の自分が見てもかっこいいと思う。気に入ってもらえる自信は、あった。



遊は、グローブのパッケージをはずして自分の手をおしぼりでごしごしと拭いてから、もう一度ズボンのおしりでその水分をぬぐってから、はめた。

「うん。・・・サイズはぴったり。」


バイク通学しなくなっても、当分車なんて買えないだろうし、しばらくは原チャバイク生活をするはずだ。今シーズンだけでなく、これからも当分の間、使ってもらえると思う。

遊は仕事をしても生活費に消えていくけど、私のバイト代は全部お小遣いだもの。これぐらいの物なら買えるんだ。



「このメーカーの高いんじゃないの?・・オレ、こんなの、もらっていいのかな?」

「だから、ホワイトデーに10倍返しでいいよ。」

「えー・・・。」

真央がくすっと笑った。


「ちゃんと感想言ってみて。」

「ああ・・うん、ええとね、つけてみて気持ちいい。内側の材質もいいし、フィット感がある。色もオレ好み。形のデザインもいいな。真央、趣味が合うよ。まだ寒い中を走ってないけど、きっと気密性も保温性もいいだろうなって予感がする。ずっといいのが欲しいと思ってた。・・ええと。ありがとう。」


「えへへ・・リポートよくできました。デザインはヘルメットに合わせたんだ。もっと前に渡せればよかったね。早くから気づいてたけど、勇気がなかった。」



・・『勇気』の意味も分かるんだろうか。いくつかのキーワードが、流れて行かずに網にひっかかっているはずだ。

いくら鈍感でもそろそろ感づかないと。



「遊って・・好きな女の子、いる?今はいない?」

「・・いないよ・・。」


「どうして私が、遊にプレゼントしたいって思ったか、わかってない?」


「・・・。」

返事が返ってこなかった。



私は、未来たちと4人で一緒に遊んだ日から、時間が止まっている。

遊も、あのとき私が特別な気持ちがある?って疑問を持ったはず。

でも、私は好きだとは言わなかったし、その後もずっと今までと同じように接してきた。



しばらく間があって、遊が口を開いた。


「・・・ほらあの、腕組んだ時・・何度か考えたよ。でも、そんなわけないだろって、自分で否定してた。真央がオレに??違うだろって。」



真央がぶんぶんと顔を横に振った。


「直也も言ってたよ・・。遊は、すごくいい奴だなって。」

「・・・。」

「・・ものすごく自覚が乏しいようだけど、きっと学校でも、誰かに恋されてると思う。」

「そんなこと・・・。」

「あると思うよ。」


遊がグローブへと落していた視線を少し上げ、自分の方を見た。


私が、遊に持っている気持ちと、遊が、私に感じている気持ちは、決定的に違う。

そんなこと、知っている。

同じものは帰ってこないとわかってたけど。


言わなきゃ、遊には通じない。

言わなきゃ、この気持ちに、日が当たらない。



「私にとっては・・遊と、カフェで仲間として仲良く仕事していて、それはとても居心地が良かったの。わたしが遊を好きです、なんて言ったら、意識されたり避けられたり、気を遣われるのは嫌だったの。」


「オレ、たぶん・・わかってたと思う。・・確信があったわけじゃないけど。でも、真央が今までどおりだから、その通りにすればいいんだと思ってた。」

「うん。・・私もそうして欲しかったから、・・それで正解だよ。」

「・・・。」



「でも、今日は言おうって思ったの。言っても言わなくても、この心地いい時間は終わってしまうんだもの。」


遊は、今、何を言えばいいのかわからなくて困ってるんだろうな・・。


「そんな・・・困った顔をしないでほしいなぁ。」


「いや困ってるわけじゃないけど・・。」



真央は一度、ふっと息をついて、涙をこらえるように上を向いた。

「ごはんの続き、食べちゃおう。片付けもさっさと終わらせようよ。」


この話しも終わらせよう。とでも言うように、真央はいつも通りの態度で、食事の続きに戻った。






真央が促して、2人とも黙ったまま食事を終わらせた。そして普段通りにお店を閉めるためのかたづけを始めた。座敷の掃除もあらかたできていたので、カウンターを拭いて、いくつか調味料と残ったものを冷蔵庫にしまえばいいだけだ。

遊が、今食べた食器や使った鍋をシンクに集めて、お湯をひねった。


マキノさんの腕の力に合わせてそろえたこの店の道具類は、軽めの物が多いとヒロトさんが言っていた。扱いが楽なように選んだのだろうと思う。自分も非力だから、それがありがたい。

マキノさんもいつも、丸っこい手でくるくる洗ってる。

遊やヒロトさん、男の人が洗うと、ちまちまと、まるでおもちゃを洗っているように見える。


遊が、ざあざあとすすいだ食器をかごにふせていく。

洗いあがったものを拭いて定位置へと片付けるために、自分も布巾を持って、遊の隣に立った。


「真央は、オレにどうしてほしい?」

遊が、ぼそりと言った。


私に聞いてくれるの?・・遊は、やさしいんだよな・・。目が熱くなった。

でも、優しすぎるのはダメ。だから少し意地悪を言う。

「わたしが言った通りにできもしないのに、そんなこと聞くのはよくないよ。」

「・・・。」


「つきあって?って言ったら、無理でしょ?」

「・・・。」


ほら、黙っちゃった。

わかってることだから、傷つきはしないけど、寂しい気持ちになる。


・・・もうすぐ7時か・・親が迎えに来るなぁ。


「でも、こんなのもらったら、ほんとに何か返さなきゃ・・。」

「何もいらないって。10倍返しは冗談だよ。でも、できれば・・。」

「できれば・・?」



真央は、しばらく黙って、「できれば、」の続きを言わずに逆に質問をした。

「卒業したら、もう二度と会えないと思う?」

「えええ? そんなこと言わないでさ・・たまに同窓会しようや。未来だって遠くないだろ?」

「うん・・。」

「・・卒業してそれっきりって、寂しいじゃん。」

「遊・・。寂しいのは、私のセリフだよ。」

「でも、さっきから、一生のお別れみたいなことばっか言って。」


「あのね遊、たとえば、遊に彼女ができてたら、他の女の子と会うのはよくないと思う。」

「・・そうか・・でもオレ・・。」

食器を洗い終わった遊は、タオルで手を拭きながら言った。

「・・ここには時々、戻ってくるよ。」

「そうだね。私も・・ここには戻ってくるけど。」



「さっき・・できればって、・・何を言いかけた?」


「ああ・・あのね。」

真央は続きを言うのをためらって、一度言葉を止めた。


「彼女になりたいとか、そんなこと言わないから、ちょっとだけ遊の特別な部分になりたいなと思ったんだ・・。普段忘れてても・・ごくたまーに思い出すぐらいの、ちょっとしたことでいいから。」


「・・・。」



「私が、好きって言って・・迷惑だったかな?」

「ううん。」


「明日からも、もうしばらく今まで通り仲良く仕事してくれる?」

「あたりまえじゃないか・・。」



しばらく間があった。食器は拭き終わって片付けも終わってしまった。

遊が、言葉を探しているのがわかる。




「あのな。・・真央が腕組んできたとき、びっくりしたけど、オレ、嬉しかったんだよ。」


「・・・。」


「えと・・・ありがとう。好きって言ってくれてうれしかった。」


遊のあらたまった『ありがとう』が、思いがけなくて、胸がきゅんとした。


「・・同じ気持ちを返してくれって言われても、今は、無理だけど・・。」


だよね。・・できない。


「それは・・わかってるよ・・。」


「オレ、結構イタイ人生歩んでるから、・・その中でも一番イタイ時期に、そばで一緒に仕事して仲良くしてくれて、・・普通の高校生が、普通に接してくれること自体、オレにとっては貴重な事だった。・・・しゃべって、笑って、遊んで、・・ただそれだけのことだけど、ありがたかったんだ。だから、このことは、ずっと忘れないと思う。」


「ん・・・。」

「こんなオレなのに・・、女の子から好きって、面と向かって言われたのも初めてだし・・。」


遊は、自覚がないだけなんだよ・・。

私が、好きになってあげてるのに、自分を卑下するのは、やめてほしい。

たくさんの人から、愛されてるのに。


「オレの中では、真央は充分特別な存在だよ・・。」


ああ・・。


欲しい言葉が聞けた。


ずっとこらえていたのに、涙が一粒こぼれた。


みっともなくてもいい、泣きそうで変な顔になってるかもしれないけど、真央は無理やりニコッと笑った。


「じゃあまあ、それでいいことにしてあげる。」


「・・・。」


時計を見た。7時は少し過ぎていた。

「母さんが、もう来るから・・。」

真央はそう言って、ダウンジャケットを着こんだ。


遊も、玄関そばまでついてきた。

そして何かを思いついたらしく、レジ横のペン立てに刺さっていた細い油性マジックを取った。


グローブ右手の赤い部分にReposと書いた。そして左には、Maoと書いた。


「な。特別に、なったろ?」

「うん。」


なかなか憎い演出をしてくれるね。



「オレ、もしかしたら、すごい後悔するかもしんないなぁ・・。」

「なにを?」

「これから先、好きって言ってくれる人が現れなかったとしたら、今、真央を逃したこと、絶対後悔すると思う・・」


「ぶっ・・。」


真央は呆れたように笑ってから、

「そうだよ。あと5年も経てば、私すごくいい女になってるから、絶対後悔するよ。」

と豪語した。

「5年後に、オレが真央に恋したら、つきあってくれる?」

「その時は、遊よりもっといい男と付き合ってるよ。」


店の外に、母さんの車が停まったのがわかった。

遊が右手を差し出した。

「これからもよろしく。」

「・・・うん。」

真央はそれを両手で握った。


強がらせてくれて、ありがとう。

ふられたんだから、ありがとうなんて、言わないけど。

・・好きになったのが、遊でよかった。

私の気持ち、大事にしてくれてありがとう。



「ハンバーグごちそうさま。じゃあね。」

「おう。」


真央はくるりと向きを変えて玄関へと歩いた。

ちらっと振り返ると遊はまだ、グローブを持ったままこちらを見ていた。

いつも通りのリズムで、軽く手を振り、玄関を閉めて、母さんの車に乗り込んだ。



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