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第83話  連帯感と、達成感

千尋さんが感心したようにつぶやいた。

「これだけの準備大変だったでしょうね・・ヒロト君ほぼ一人でやったんでしょう?黙ってるけどえらいわねぇ。」

「文句言わないし、弱音もはかないしね。」

「こういうのが、いい男って言うのね。」

「いやぁ、まだまだと思うけど。・・6時過ぎてるけど起きてこないね。」

「私が帰るタイミングで起きてもらうね。・・ところで春ちゃん、そろそろおにぎり食べないと、マキノちゃんに世話がかかるって怒られるよ。」

「あと計算したらノルマ達成。そしたら食べるよ。」

「私は、そんなに怒ってばかりじゃありませんよぅ。」

そんなマキノの抗議は無視されて、そのまま静かに作業が進み、しばらくして春樹さんが立ち上がり、お味噌汁を温めはじめ、6時半になってイズミさんもようやく手を止めた。

「よし、限界まで頑張った。子ども達を登校させてちょっと用事をして・・ええと、8時までには来れると思う。ヒロト君、ヒロト君、起きられる?わたし帰るよ。」


「イズミさん、起こし方がやさしい。」と遊が言った。

「私だって優しいわよ。昨日からみんなひどくない?」

「マキノはこんなにも注文受けて、みんなをこき使って厳しいじゃないか。」

春樹がおにぎりをほおばりながら笑った。

「だってー・・・。春樹さんも早く学校に行きなさいよ。」

「わかってるよ。ヒロト、おい生きてるか?にぎりめし、もらってるよ。」

イズミさんは少し慌てた様子で車のキーを探している。

「ここ車がいっぱいになるから今度は歩いてくるね。」

「はあい。イズミさんお疲れさまー。戻ってきたらおにぎり食べてね。ありがとうございました。後半もよろしくー。」

髪の毛を逆立ててあさっての方を見てぼーっとしていたヒロトは、一度ギュッと目を瞑って、細い目を精いっぱい開いてから普通に戻して、よっと立ち上がって口を開いた。

「ごはんは?今で、何杯焚いたのかな?」

「22杯。」

「進んだな・・まず順調か。具はいけそうかな。」

「ぜんぜんわかんない。千尋さん、今何本できた?」

「わかんないけど、スーパーの一便は詰め終わった。ここから個別注文詰めていくわ。」

「オレも一旦家に戻ってから出勤。じゃあな、みんな頑張って。」

「春樹さんありがとう。助かったよ~。」

「お疲れさま~。」


マキノは、春樹さんが玄関を閉めて出て行くのを、作業の手を止めずに見送った。

自主的に起きて、自分にできることを探してやってくれて、恩を着せるわけでもなく、こうやって助けてくれて、ホントにありがとう。口では意地の悪い冗談を言ったりするけれど感謝の気持ちでいっぱい。こんな、いい旦那様を大事にしなくちゃ・・。


イズミさんと春樹さんが離脱し、千尋さんとマキノ・遊・ヒロトの4人体制で作業が開始した。


「今のところ順調だよね。この調子。もうすぐおばちゃん達も来るし、敏ちゃんと仁美さんはカフェに来てくれるし・・。今日は大量にカレー焚いてあるから、お昼ご飯はカフェに行ってください。各自、休憩入れてくださいね。」

「マキノちゃんもだよ。」

と千尋さんが言った。


「ありがとう。やさしいのは千尋さんだけだぁ。そうだ私もちょっとおにぎり食べよう。みんなも食べようよ。」

マキノはお味噌汁を温めて、おにぎりをつまんで、パタリと横になった。


そこから記憶がとんだ。







はっ!と、気がついてがばっと起きて「配達はっ?!?」と叫んだ。


みんながくくくっと笑っている。

一瞬のつもりだったのに1時間半が経過していた。8時になってるじゃない!!


「千尋さんはさっき出発したよ。」

「あっ、おはようございます。悦子さん、佳子さん!」

新メンバーの2人は共に50代だ。悦子さんはヒロトから酢飯の合わせ方を習ってご飯を担当してくれていて、佳子さんは遊とペアになってサラダ巻を巻いていた。


「マキノちゃんは起き抜けからすぐ動けるのね。」と佳子さんが感心した。

ヒロトは一人で巻ずしを巻いている。

ああ、お寿司は順調に貯まってきてる。ほっとした。

はぁ・・意識してなかったけど、少し気分的に追い詰められてたな。

「マキノさん、タイムスリップしたっしょ。」

「うむ。・・・確かにそんな気分。」

「よしもうひと頑張り。」


しばらくしたら敏ちゃんとイズミさんが徒歩で来てくれて、フルメンバーになった。

仁美さんはカフェを開けてくれているはず。

敏ちゃんが春樹さんが書いた個別注文の表を見て、仕分けを始めた。

「11時半の分までできたら一段落だから、そこからまたスーパーの分に取り掛かるといいね。」

「おう。」

ヒロトが返事をした。

「ああ・・今数数えたけど、午前の部は数が足りそう、ほぼできてるね。」

「ふぅ・・。敏ちゃんが来たら、数のことは安心もう安心だ。」

マキノが、数の管理から解放されて、ほっと息をつくと、今度は遊が息をついた。

「ふぅ・・。きついなー。」

「遊、眠かったら休んでいいよー。みなさん体調は自己管理でね!」

「いや・・・でもちょっと、みんなコーヒーしません?」

「いいね。遊が淹れてくれる?」

「了解。」


かわるがわる、精神的にも体力的にも限界の近づくのを感じては少し休憩を入れる。

「仮眠取ったあとは、寝なきゃよかったと思うぐらいだるいけど、やっぱりすっきりしますね。動きやすい。」

マキノの隣りで手を動かしているヒロトがつぶやいた。

コーヒーは各自が作業している場所まで運ばれて、少しゆったりした気分になって、それぞれのペースで休憩したり仕事したりと進んでいった。


「マキノちゃん、この調子なら、11時頃にはスーパーの分ができそうだよ。」

抜き板の上のお寿司と表に書いた数を数えたり電卓をたたいたりしながら敏ちゃんが言った。

「うん。人数が増えたらやっぱりスピードアップしたね。」

ピピピと電話がかかる。

仁美さんだ。

「お寿司の注文受けてもいいのかしら?」と言って来た。

「ヒロト、具の量はどんな感じ?」

「注文の分より余分には用意したつもりだけど、ちょっと確認します。サラダの具は普段に出すから、飯を焚いて卵を焼きさえすれば100や200は材料的には大丈夫。巻はあんまり取らないほうがいいと思う。すでに切ってトレイにセットしてある分と、半寺がええと・・・まだ切ってないのが8個あるな。今から注文聞けるのは40本分が限界ですですね。」

「・・・・。そうだな。スーパーの2便が終わっても午後からの個別注文があるからな・・・。じゃあ,今から注文取るのは、巻は40本、サラダは150本で終わりにしよう。予約時間は3時以後で、取りに来てくれる方のみ。そこからはもう、材料がきれましたって事で締切りって言ってもらうね。」


「よっし、数が決まった。ヒロト君、無駄の無いように卵焼こう。他の材料も確認してね。」

「了解っす。」

「終わりが見えるとまた、やる気が出てくるね!がんばろう。」

10時に千尋さんが帰ってきた。

「シュークリーム買って来たからねー。」

「ありがとう!千尋さん、それ、私が出しますー。」

「いらないいらない。わたしの差し入れだから。」


「スーパーの2便もできてますよ。」

「早いね。でも並べてすぐからどんどん出てたから、すぐ売れちゃうと思う。伝票は?敏ちゃん書いてくれたの?ありがとう。じゃあもう一度行ってくるわ。」

カフェには固定電話があるので、そちらにお寿司の注文が入ってくる。

そのうち予定数のごはん焚きは終わり、冷蔵庫にぎゅうぎゅう満タンに入れてあった具の山が残りわずかになってきた。


「誰か、お昼食べに帰って仁美さんと交替してあげて。」

「マキノちゃん先に行っておいで。」

「そっか・・そうします。じゃあ交代制で半分・・そうだな・・遊と、悦子さんと佳子さん,私の車で一緒に行きましょう。イズミさん!お先にすみません!」

「へい。」「「「はーい。」」」


御昼ご飯は、順番にカフェまで移動して、カレーライスや自分の好きな物を勝手に作って食べることになっていた。おなかがいっぱいになると、今度は遊がカフェの厨房の机に突っ伏して寝てしまった。

「お疲れだね・・・。」

仁美さんが笑った。

悦子さんと佳子さんは、カフェで仕事をしたことがなく、まだ工房にはいってもらっているだけだったので、今日はカフェに来るのがたのしみだったようだ。


今日はあまりお客さんはないのだが、電話の注文がどんどん入って、違う意味で大変そうだ。

「3時以後だから、もうちょっとまとめてから連絡すればいいかなと思って。もう少しで予定数に達しちゃうよ。」仁美さんは、電卓をたたいて数を合計しながら注文書を整理していた。


寝ている遊は放置して、おばさん2人とマキノが工房へと戻ると、次はヒロトとイズミさんと敏ちゃんが交代で食べに行った。


御昼の休憩が終わると全員そろって仕事を続けて、終盤は数があっているかどうか手の空き始めたメンバーがかわるがわる確認をして、ついに全部の注文をクリアした。



「これで最後?忘れてるの無いよね?」

「忘れてても、材料がないっすよ。」

ヒロトとマキノは、やり残しはないか、何度か確認をしあって、3時過ぎに製造の予定はすべて終了した。


「では、これをもちまして巻寿司は終了でーす。みなさんおつかれさまでしたー!!全部仕分けしちゃう?あちこちでするより一人が仕切ったほうがいいね。敏ちゃんに任せよう。その間に、みんなは後片付けをしてしまいましょう!」


ヒロトは残った中途半端な材料は細かく刻んでちらしずしにして悦子さん佳子さんへのお土産にした。

片付けながら、引き取りに来てくれるお客さんを待ち、主婦の皆さんには、片付けが一段落したところで、それぞれの家族の分のお寿司と、余り物のお土産を渡し、解散となった。

これだけ頑張るとやりきった感が半端ない。

夕方になり、ヒロトと遊とマキノの3人が残った。3人は疲労困憊の様相で工房の座敷にころがっていた。


5時を少し過ぎて、春樹が工房を覗きに来た。

「ただいま。」

「おかえりなさい。」

マキノは畳の上にころがったまま答えた。

「今日は早いね。」

「気になってたから、さっさと帰ってきた。この時間でこれだけ片付いてるってことは、早く終わったの?」

「うん。3時には完了してた。全部で1320本。頑張った。ね。ヒロト。遊。」

「んー。がんばったー。」「がんばりましたー。」

「おつかれさんでした。」


マキノは、やはり転がったまま目を閉じて眉の間に縦皺を刻んで暗算をしてみた。

「んーと、単純計算で、これだけみんなで頑張って、売上約45万か・・・。うん大きい。やっぱり、大勢でした方が利益があがりそうだね。8割スーパーだから、よその店との競合もなさそうだし。お寿司コーナー明日はお休みだよー。よかったねーヒロト。そしてカフェも明日水曜日でお休み!助かった。よしっ!!遊、ヒロト、引き上げるよ。」


マキノは自分はまだ寝転がっているくせに、遊とヒロトに動くように声をかけた。

その声を受けて、のそのそと遊とヒロトが立ちあがった。


「夕ご飯は、カフェでイワシ焼いて、ヒロトは何かおつゆ作ってよ。我々もお寿司食べよう。」

と、マキノは声だけは元気よく言い放った。


が、自力では立ち上がれなくて、春樹さんに「起こして・・」と手を伸ばした。



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