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第8話  部活、辞めました!

「今のうちに、ケーキ焼いとくわね。有希ちゃんはカフェオレ飲んでていいよ~。」

しばらくすると真央ちゃんも出勤してきて、夕食を食べにくるお客さんが2組あらわれた。お料理を担当しているのは、ほとんど遊だ。


真央ちゃんがコーヒーを淹れたりドリンクを担当して、有希ちゃんがお運びをする。

「有希ちゃんは、体育会系なのかな。お返事が良いね。」

「そうですか・・。」

マキノが褒めたつもりで言った言葉に、有希ちゃんが少し元気を亡くしたように見えた。


「体育会系と言われると、嬉しくないの?」

「はぁ、いえそんなことはないですけど。」

真央ちゃんと未来ちゃんは、中学の時テニス部だったが、高校になってからは何もしていない。有希ちゃんは、一学年下というだけなのに随分幼く思えた。


「遊は?何かやってなかったの?高校の時。」

「バレーやってたけど。」

「お?」

マキノの声に、有希ちゃんがピクリと反応した。

「有希ちゃん!仲間がいたよ。」

「オレ、もうバレーなんてできないって。」

「・・わたしももう・・」


「バレーボールってなつかしいなぁ。私まったくの素人だけどやってみたいなぁ。これでもスパイクとか打ったことあるんだよ?ゆるーいのだけど。教えてよ遊。ねえねえ真央ちゃん真央ちゃん。ちょっとやりたくない?」

「いいですね。バレーなんて体育の授業しかやったことないけど」

真央と未来は、文科系な雰囲気だったが、運動が嫌いと言うわけではなさそうだった。


「ほらあ。やったことなくてもやるって言ってるじゃない。」

「そんなこと急に言いだして。でもメンバーも相手もないのに無理でしょ。」

経験者であるはずの遊が、あまり乗ってこない。むしろマキノの勢いをを冷まそうとしているように見える。

「集めてみないとわかんないけど・・。春樹さんに聞いてみようよ。6人いれば3対3でできるよ?ビーチバレーだったら2対2でやるんでしょ?」

「わかってないな、マキノさんは。あれ、簡単そうに見えて運動量半端ないんだよ。」


「ただいまー。」

そんな話をしていると、春樹が帰ってきた。

「あっ!せんせい!」

有希ちゃんが叫んだ。

「おや、ええと川村有希さんか。元気だった?」

「えっ!? は・・はい?」

「あら、知ってるの?」

「うん。教え子。」

「いや・・どうしてここへ?・・ただいま??何故??」


春樹さんは、有希ちゃんが小学校5年生の時の担任だったらしい。

有希ちゃんが混乱しているので、事情を知っている真央ちゃんが説明した。


「佐藤先生が、マキノさんの旦那さんだよ?」

有希ちゃんの目がどんどん丸くなっていくのを、真央ちゃんがさもおもしろそうに笑った。




― ― ― ― ― ― ―


有希ちゃんは次の日曜日は、朝から一日シフトに入っていた。主婦たちは全員お休みだ。

せっかくの日曜日だというのに、雨が降っていた。そういう日はお客さんが少なくて、新人の有希ちゃんの研修と称しながら、バイトの若者たちにマキノが交じって、交流の時間になっていた。


全員が厨房とカウンターの境目になんとなく集まり、ナプキンやおしぼりを畳んだり、食器の整頓をしたりしつつ、今日は有希ちゃんがココアの入れ方のレクチャーを受けていた。

おしゃべり7割のこんな様子で、ちゃんと覚えられるのだかどうだか怪しいものだ。



有希ちゃんには兄が二人いて、二人とももう社会人。上のお兄ちゃんは、銀行マン。下のお兄ちゃんはシェフなんだそうだ。

子どもの頃の話になって、男勝りだった有希ちゃんは、やんちゃな兄二人と一緒に遊びたくてどこへでもついて行きたがった。少し年が離れていたので足手まといにされて、時折いじわるな試練を与えられたという話しをおもしろおかしく話した。


「本当は、親から川に有希を連れて言っちゃダメって言われて、だからついてくるなって一応言うんだけど、私がどうしても“有希もいく!”って言って困らせてて、川にいたでっかいカメの死骸を指さして、そいつをここまで運んだら遊んでやるとか言われたの。ひどいでしょ。他にもいろいろ変な事やらされたよ。」

「その死骸って何にするの。」

「忘れちゃった。小さい女の子ができないようなことをやらせるだけだから。兄ちゃんたちも意味はなかったんだろうと思う。」

「ひどい兄さんたちだね。それ運んだの?」

「子どもだったからすごく大きかったような記憶だけど、運べたと思う。それで兄ちゃん達も一目置いたみたいに、おお・・って言って遊んでくれたはずなんだ。」


なんだかんだ言って家族には可愛がられていたんだろうなというのが伝わってくる。


しかし、ことバレーボールの話になると、すーっと冷めたように元気が無くなってしまう。

何かあったのかなぁ・・と、マキノは憶測をしていた。



― ― ― ― ― ― ― 


真央は、有希ちゃんがバレー部を辞めたことを少し前に知っていた。

帰りの電車で、たまたまそばに有希が一人座っていたので、未来が話しかけたのだ。

「今日は、部活は休みなの?」

「辞めたんです。」

有希ちゃんは笑顔で明るくそう言った。

でも、真央は、その明るい返事は、無理をして作ったものだと知っていた。

本当はかなりつらかったはず。


真央の同じクラスに、バレー部のメンバーが2人いたので、バレー部内のことが時々話題になり、聞くともなしに聞こえてきたのだ。出身中学が違うので、彼女らは真央が有希と顔見知りだとは思わなかったのだろう。


有希が一年で入部してきた時から試合に出ていたことや、今年バレー部に1年がたくさん入部したのに、どんどん辞めていったこと、今は有希がセッターをしている彩加とトラブルになっていることも、知っていた。

2年の部員全員が有希と彩加のトラブルを知っていうようだったが、彩加は少々感情的なところがあるようで、バレー部の全体の雰囲気は、彩加のご機嫌を取るような空気が流れ、日を追うごとに有希が孤立していったらしかった。


他の部員達の事なかれ主義的な行動も、トラブルそのものを助長していた。

有希の立場で考えれば、何が原因か分かりそうなものだったが、学年も違うたった一人の後輩の為にわざわざ仲裁を買って出る者もおらず、有希の味方になる者はいなかった。


真央は、何とかしてやりたいと思いながらも、無関係な者が口をはさむこともできないし、有希本人が部活も休むことなく頑張っていたから、様子を見ているしかなかった。


あんなバレー部なんて、やめて正解だよ・・。

真央は、そう心の中で毒づいた。


「有希ちゃん、部活辞めたのなら、アルバイトする予定はない?ちょっと遠いけど私たちと同じカフェに来ない?仕事も楽しいし、みんなやさしいよ。」

そう未来が声をかけた。未来は優しいのだ。そして、空気を読む天才だ。

「そうだね。いいなぁお小遣いがもらえるのか。部活している時は考えたこともなかったなぁ。今日帰ったらお母さんに聞いてみるよ。」

有希ちゃんは、嬉しそうに返事をした。




有希は、なつかしい町と、昔一緒に遊んだ二人との時間を思い出していた。

小学校の頃に知っていた真央と未来を『先輩だ』ということがが有希の意識から消えていた。


いつもずっと気持ちを張りつめていたのに、今は何故か、敬語を使うのを忘れていた。


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