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第79話  ウイークエンドシトロンは、大切な人と。

敏ちゃんが行って工房に一人残された。


お弁当のポテトサラダを作りながら、ヒロトは打ちのめされていた。

敏ちゃんの説明が、衝撃的過ぎた。



オレは、何もやってない・・・・。


ただ働いていればいいと思っていた。


自分なりに頑張っていたつもりだった。


美緒のことだって、受け身。


オヤジの借金だって、受け身。


この工房の仕事のことも、完全に受け身。


自分は何もしてない・・・・。


「オレは・・・本当に大バカモノだな・・。」

声に出してつぶやいた。


「反省だけなら、サルでもできるんだぞ。」




ハッとして時計を見た。

少しぼーっとしていたのか、思ったより時間が経ってしまっていた。

まずい。今は弁当に集中・・。ぎりりと歯を食いしばった。

サラダができて、フライにかかろうとして、フライヤーが欲しいな・・と思った。

むぅぅ・・我慢するだけじゃだめなんだ。効率よくするために考えなければ。


考えることは得意じゃない。だから、目の前にある仕事をこなしていれば、いつかは終わるような気がしていた。

それではダメだということを、思い知った。

到達しなくちゃいけない場所は、そこまでたどり着く現実の道を探さなければいけないのだ。

いくら頑張ったって、自分一人じゃ限界がある。

甘いんだ。

甘い。

自分一人が寝ないで頑張ったって、それで済むほど生易しいもんじゃなかった。

数字と現実を結びつけなくちゃいけない。

分かっていたのに、まだ逃げていたのか自分は・・。


フライヤーがないので、揚げ物用の鍋でフライを揚げていく。フライはサーモンとオクラ。それと小さいコーンクリームのコロッケ。弁当はどうしても揚げ物が多くなる。

筑前煮を炊きながら、だし巻の卵を焼く。休憩しすぎた分を取り返さなければ。

ごはんが炊きあがった。だし巻ができたらまず注文の数の分のご飯を盛って行く。

煮物の火を消した。それが冷めるのを待つ間に、漬物を切ってバランを置いたりして、先に盛ったものが冷めるのを待って、生野菜を置く。アルミカップにはスプーン2本使って手早くサラダを取り分けて置いて、フライを置いて、だし巻を置いて、フルーツはオレンジ。ゴマ、梅干し、漬物。パセリ。そして、最後にタルタルソースの小さいパックをつけていく。

・・・どうにか間に合いそうだが、まだ気を抜けない。



箸とおてふきを配達する事業所の注文数づつに分けて、直前まで冷まして蓋を閉めビニールの風呂敷に包んでいく。

千尋さんが戻ってきた。


「ヒロト君、お弁当出来てる?」

「もうちょっとです。伝票書いてもらえます?メモに書いてあるので。」

千尋さんが事業所ごとに伝票を書いて、それを風呂敷で包んである数を確認しながら、セロテープで貼りつけていく。お弁当は現金集金だ。


「こっちは、カフェのランチです。」

まだ揚げていないフライ類を平たい容器に並べ、かぼちゃの煮物とポテトサラダもそれぞれ深めの容器に入れて、朝市用のカゴに積み込んだ。


「ヒロト君お疲れさま、今日は早かったね。じゃ、行ってくる!」

「いや・・・早かったかな?いってらっしゃいお願いします。」


よかった・・。どこかで取り返せたか。とにかく今日の分は終わった・・。

明日の分は今日のうちにシール貼っとこう。

ダメだなぁ・・仕事の作業のことなら淡々とできるのに複雑な事を考えるとわからなくなってくる。

頭を使うのは本当に苦手だ。

残っていたごはんで、握り飯をいくつか握り、さっきまで作っていたサラダとフライの半端物をおかずにして、もしゃもしゃと食べながらヒロトは作業を続けた。



しばらくするとマキノがサイフォンのフラスコをコーヒーが入ったまま持ってやって来た。

「まだ先のことになると思うけど、ちょっとした相談があるよ?明日の仕込みやってるの、手伝おうか?」

「いや、大丈夫っすよ。」

「ふん。じゃあ、そろそろ次の月のメニューも考えなくちゃね。」

「・・・・。」

マキノがお湯を沸かし始めた。

「お昼ご飯は食べた?」

「はい。」

「なんなのヒロト?いつにもまして、おとなしいね。一度手を止めて、コーヒー飲もうよ。」

マキノが、いつもの笑顔で話しかけてくる。

「敏ちゃんの説明聞いた?どう、理解できた?厳しかった?」


ヒロトの胸に、何かが込み上げてきた。


「厳しくなんて、ぜんぜん・・マキノさん・・・オレ・・。」


ヒロトはマキノに土下座したい気分だった。



「オレ・・・バカです・・・。」


「ぶっ・・・。」


「いろんなこと、すみません。」


「こっちこそごめん。この間、美緒ちゃんと話してる時にヒロトってバカねバカねーって言いあってたのが聞こえてたのかと思っちゃった。」


マキノが笑いをこらえながら言った。


ヒロトはこみあげていた感情の空気を抜かれた気分でマキノの顔を見つめた。


「コーヒー飲もう。カップ温めたから、大丈夫だと思うけど・・・コーヒーも温め直そうかな。こっちにはインスタントしかないからね。」


「はぃ・・・」

「そして、これは、カフェで焼いたの。」

マキノは、アイシングがたっぷりかかったレモンの風味のクグロフを2きれ、バッグから取りだした。


「ウィークエンドシトロンですね。」

「そう。大事な人と食べるウィークエンドシトロン。美緒ちゃんに焼いてもらうといいよ。」


「・・・マキノさん。」

「はい?」


「ほんとに、いろいろありがとうございます。オレもう・・大事な物を見失いません。」

「うん・・そうだね。」

マキノはゆっくりとうなずいた。


「自分が、抱え込めば何とかなるって思ってたけど、甘かったです。ちゃんと線を引いてオレが守るところを守らないと・・って。」

「・・うん。」

「・・敏子さんの出してくれた数字を見て、マキノさんがどんなこと考えてるのか、ようやく実感しました。」

マキノは、温め直したコーヒーを黙ってヒロトに勧めて、自分もカップに口をつけた。


「バカでした・・。美緒にもまた余計な心配かけてるし、マキノさんにもすごい負担を・・。」


ヒロトの目から一粒ほたりと涙が落ちた。


「そんなに卑下しなくていいよヒロト。」

「・・・。」

「実直である事は悪いことじゃない。置かれた状況がまずかっただけで・・。それに、今恐縮してくれているわたしへの負担っていう部分は、それは逆だからね。」


「・・・?」


「わたし・・一人でカフェをやり始めて、人を雇う勇気も持てずにお客さんも少ないころ、とても不安だったし焦りがあったの。」

ヒロトはうなずいた。

「だから、朝市とか、お弁当とか、いろんなこと考えて、顔を知ってもらって、いろんなことに手を出した。でも,当然ながら、一人じゃ無理でしょ?スタッフのみんなが助けてくれたからやってこれたけど・・もともと私そんなに仕事できる人間じゃないのよ。」

「・・そんなことはないと思う。」

「初めは、ヒロトのことを考えてるつもりだったけど、これはね、私にとっても丁度よかった思ってるの。」



「もちろん、ヒロトがいなくても、どんどんスタッフが育って、このまま自分でもやって行けたかもしれない・・というか、やりかけた限りは頑張らなくちゃって思ってたけど。」


マキノはそこでレモンクグロフを一口食べた。


「わたしの実力じゃ、今の仕事をきっちりとはできない。満足いく仕事をするには勉強が足りないの。ひたすら努力で何とかできるかもしれないと思ってやってきてただけ。けどさ、今・・大事な人もできたし・・いつかは家族が増えるかもしれないでしょ。・・・だから、いつもぎりぎりの状態じゃだめだなって思ってたの。増えすぎた仕事を、切り離してしまうほうがいいと思った。」


「いや・・・でも・・・。」


「知識と技術のあるヒロトがたくさんの仕事を欲しがっていた。・・ね?それは、私にとってとてもありがたいことだったのよ。自分のやりかけた仕事を放りだすんだから,あとを継いでくれる人に餞別も必要でしょう?そう思ってるのに、敏ちゃんたら全部ヒロトから回収するって言うんだもの。」


「敏ちゃんの話は、当然だと思いました・・。オレ、計算得意じゃないし数字はダメだけど、マキノさんには全部返します。やれます。頑張ります。」


「そんなに頑張らなくても・・・伝票やレシートさえ取っとけば美緒ちゃんがしてくれるんじゃない?任せていくといいって。ヒロトは今までどおりで。」

「・・・。」

「誰も、ヒロトに営業や数字の計算を期待してないよ。」

「そ・・そうっすか・・。」

「でも、だから、管理だけはきちんとしてね。」


「はい。」


「あらいい返事。」


「わかったら、早くクグロフ食べてみてよ。自信作なんだけどな・・。美緒ちゃんには負けるんだろうね。」


ヒロトはレモンのクグロフにようやく口をつけた。

「甘いっす・・。」

「甘いのダメなんだっけ?」

「いや、うまいです。酸味のバランスもちょうど良くて。オレ、レモンの香り好きです。」

「うん。なかなかうまくできたと思うんだ。」


「やっぱりサイフォンで淹れたコーヒーのほうが、おいしいですね。」

「でしょう・・。」


「そして、マキノさんは甘い・・・。」

「なによ、それ。突然。」

「敏子さんの、今日の第一声ですよ。」

「えー・・・。」

「マキノさんには、頭が上がりません・・。」


「だからぁ・・ウィンウィンって言ってるじゃない。あ・・そういえばどうしてウィークエンドなんだろね。」


「そうですね。・・大事な人と週末に食べるとか言われると、購買意欲がそそられるかなって、それだけのことじゃないかなぁ。」

「はは、そうだろうね。」





苦笑いをしている時に、リリリ リリリ とマキノのスマホが鳴った。

着信を確認すると千尋さんだった。


「もしもしー。」


『あ、マキノちゃんですか?あの忙しいのに申し訳ないんだけど、明日からしばらく配達に行けなくなります。』

「ええっ?えっとー・・・」


しばらく?どれぐらいだろ?

マキノの頭には、大変になってきた配達のことが真っ先に浮かぶ。

明日はとりあえず私が行って、カフェのことはどう回すかな・・と一瞬の間にグルグルっと思いめぐらしてから、深く考えずにたずねた。

「どうかしたんですか?」

『さっき、おじいちゃんが亡くなってしまったの。』


「え・・。」



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