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第72話  重箱におせちを詰めて

元旦の朝。


遊は、ゆっくりと起きて来て店のヒーターをつけた。普通にトーストを焼いてコーヒーをいれた。

ベーコンエッグを焼き、ヨーグルトにブルーベリージャムをのせて、ネーブルオレンジを切った。普通の朝だ。いや、普通というか・・いつもより優雅なモーニングだ。


実家に帰るのを憂鬱に思いながら、ベーコンエッグにフォークを突き刺した。


最近は月に一回電話を入れているし、学校にはまじめに行っていたし、何とかなるだろうという気もあったが、あの母親はどうも、自分の予測できない返事を返してくるから、油断ならない。

気を許していると何故かいつのまにか毒を受けてしまうのだ。

・・いかんいかん。気をつけなければ。



食べたものも店もきっちりと片づけて、店の鍵をかけて、バスで駅まで向かう。

電車に乗って自宅まで、合計約6時間ほどかけて帰る。

朝早く出かけなくてもいいのだ・・・夕方につけば充分だから。


母親とは気が合わないと言うだけで、憎んでもいないし嫌ってもいない。

強いて言えば「苦手」という言葉が一番ぴったりだと思う。

息がつまる自宅だけれども、自分の部屋をもとのまま残してくれてあるのはとてもありがたかった。これでも感謝はしている。

もし赤の他人だったら、関わるのは御免こうむるが、親だから仕方がない。

育ててもらわなければ死んでいただろうし、ここまで殴られたわけでも虐待されたわけでもない。金を出してもらわなければ学校にも行けないし。

親ならば育てるのも教育費を出すのもあたりまえかもしれないが、世の中には期待できない親だっていっぱいるらしいから。



親の希望からはずれた学校に通うことになったが、高校の学費は全額親が出してくれた。

車の免許の教習代もだ。

こづかいと生活費はすべて自分の稼ぎでやっていた。

食費は、ほとんどカフェのまかないを食べているからあまりいらない。

学校での昼食と弁当が必要で、その他に友だちと遊びに行ったりするようになったから交際費の出費もある。

高校はあまりかからなかったけど、専門学校へと進めばそうもいかないだろうと思う。




遊は、お店で作ったおせちをヒロトに体裁良く詰めてもらったお重を大きなバッグに入れて肩から斜め掛けにして駅の中を歩くことにした。

指定席を取らなかったので、立ったままの区間が多て、だんだん足が棒になってくる。

正月元旦,どこも人だらけ。

午後1時頃に小腹がすいて、駅の構内のスタンドでサンドイッチと缶コーヒーを買った。

イスはないけれどイートインのための小さなカウンターがあるから、そこで食べることができる。

駅の中は家族連れが多い。カップルもいる。野郎ばっかのグループもいた。初詣にでも行くのかな。



クラスの連中は冬休みに入る前にクリスマス会をするとう話があがって少し興味はあったけど断ってしまった。店のクリスマス会だけでいいかと思ったのだ。そういえば誰かが「好きな女の子はいるの?」って聞いていた・・。オレどんな返事をしたっけなあ。



正月・・真央と未来と一緒にダブルデートかぁ・・。進路も決まっていないのに、そんな呑気な事をやっていていいのかどうか。

マキノには「面接は合格すると思うよ。」と言われたが、考えたら、専門学校ってそうなのかもしれないと思う。

大学と専門学校ではあり方も目的も違う。

大学は更なる高みを目指すところだから優秀な人間を集めるために学力でふるい落とさなきゃいけないかもしれないけど、専門学校では特別な仕事をしたいすべての者に必要な知識とノウハウを与えるための場所だと思う。だから、よっぽどでなきゃ誰でもカモンのはずだ。

できがいい悪いは、就職するときに影響するだけのことだ。



思えば、るぽに来てから、TVで料理のことをやってたら、つい見てしまうようになった。

料理番組は押しつけがましくて堅苦しいが、食材の産地のことや、お店の紹介とか食べ歩きの番組を見ていると、自分の感性が反応する。

ヒロトが来てからは、食材の特徴や相性や栄養とかもっと知りたいと思うようになったし、技術もみがきたいと強く感じるようになった。


もっと繊細な味を感じられるようになりたい。

もっと難しい料理を作れるようになりたい。

学校では基本しか教えてもらえないだろう。

カズは職場をあちこち渡り歩くと言っていた。きっとその経験が勉強なんだろうな。




実家の最寄り駅近くになってくると,電車も空いてきて,座ることができた。

駅から自宅までは徒歩。4時頃には着くなぁ・・。

前の帰省よりもまだ気分は軽い。とはいえやっぱり重い。軽いのか?重いのか?どっちだ・・。


玄関の前に立った。

チャイムを押す。

ドアが開いた。

「おかえり。」

母親が立っていた。感情はよくわからない。



「ただいま。新年おめでとう。」


「年末に帰ってくると思ったのに。」


「昨日まで仕事だったんだよ。」

「きびしいのね。」


「・・・。」


これだ。さっそくだよ。

こうやってさりげなくディスってくるのが、一つ一つと積もるんだよな。

マキノを批難しているわけでもない。店でもない。忙しさに対してなのか,大晦日まで働くことに対する世間一般的な評なのか。あいまいな批難だから追及してまで反論できない。そこがミソだ。


「父さんは?」


今日はとうさんと呼んでみた。子どもの頃はそうだった。最近はオヤジと呼んだりしていたが、わざとそう戻した。


「居間にいるわ。」


「お土産があるよ。」

そう言っておせちを置くために台所に向う自分を母親の声が追いかけてきた。

「少し早いけど、ごはんにする?」

「あー・・うん。」


昼間にサンドイッチを食べただけだから、腹が減った。

ヒロトのオードブルを詰めた重箱を台所で広げた。


「それは、どこで買ったの?」

「うちの店で作ったんだよ。」

「いくら?」

「3000円だけど、マキノさんオレにはただでくれた。」

「安いわね。採算合わないんじゃないの?」

「オレ、そんなの計算してないから知らないよ。」


めんどくせえな・・・。


「このお重は?」

「オレが買った。外側はオレからのお土産。」

「小さいわね。高かったんじゃないの?このブランド。」


「値段なんかどうでもいいだろ?」


小さいのがいいのかよ、悪いのかよ。

高いのがいいのかよ、悪いのかよ・・。


・・・ああ疲れるな。


これ以上余計な事をしゃべられる前に、母親には仕事を与えてしまうことにした。


「お雑煮してくれる?餅は1個。」



居間へ行って、父親に挨拶をした。

「ただいま。」

「ああ。おかえり。」

「免許取れたよ、学費とかお金をいろいろありがとう。」

「いや。いい。・・もうメシか?」

「うん。はらへった。」

「父さんは今日一日ゴロゴロして・・、あまり腹は減ってないなぁ。」

「うちの店でお節料理・・簡単なやつだけどオレも作ったんだよ。見てみて。」

「わかった。」



台所では母親が雑煮を作っていた。

すまし仕立てで、鶏肉と根菜とネギと、エビ、ナルトが入っている。

それに、角餅を焼かずに入れる。


自分が持って帰った小さな二段重だけでなく、テーブルの上にはどこかの店でとったらしい大き目のお重が広げてある。母親の料理はたまご焼きと、こんにゃくの煮しめと、雑煮だけだ。母親の焼いたたまご焼きはだし巻とは言わない。・・砂糖がどっさり入っていて出汁が入っていないから。


「ハイカラなおせち料理だな。」

父親がヒロトのメニューをそう評した。

「味も結構いいんだよ。」

「うん。」

「いただきます。」「いただきます。」

「母さん、日本酒くれるかい?」

「・・・。」

父親の言う事を聞いて、母親は面倒がりもせず銚子に酒を入れて電子レンジで温めた。

・・銚子をお湯につけてカンをするほうがいいんじゃないのかな、旅館で仲居さん達はそうしていたけど。

言われたことを聞いてすることをして・・黙ってさえいればいい母親なのかなぁ。

昔マキノが言ったみたいに、自分が大人になれば母親が何を言っても受け入れられるんだろうか。

・・・。


まいっか。


「うまいね。この肉で巻いたチーズのようなの。」

「父さん、それ、鴨だよ。」

「そうか。じゃあこの肉は?」

「牛肉の八幡巻。中はゴボウだよ。」

「ほぅ、おいしいな。」

「母さんも食べたら?」

「ええ・・。」


雑煮の味は、なつかしかった。少し味が濃い。でも、まずくはない。

自分が持って帰った料理のことを、両親がなにか感想を言っているのを聞いて、間違った事を言えば訂正し、質問されれば返答をした。

一言一句に、いちいち目くじらを立てていた自分が狭いのかな・・と少し思った。持っている知識はもうオレのほうが正しい。今はもう自信がついていた。


昔は、何を言っても信用されなかった気がする。

ガキの頃も自分なりの言い分がいつも胸の内にあったのに、何を言おうとしてもかぶせるように何か言ってきて、たいていは否定された。言葉を発することそのものを、遮られていたように思う。

他所で聞いてきたとか、誰かが言っていたとか、テレビで聞いたとかいうことを信じて、自分の言葉は何故かつぶされた。



なんでだろう・・。

今日は、父も母も、自分の説明を聞いて、納得しているように見える。

たかがおせち料理のことだけど・・



・・あ!そうだ。またお金が要るんだった・・言っておかなくちゃ。


「ええと・・もうすぐ専門学校の面接なんだけど。」

「ああ。うん。調理の専門学校か?」

「合格の知らせが来たら、入学金を納入しないといけないんだけど。金額はこの間言った・・・」

「ああ、わかってるよ。合格と卒業は、できそうなのか?」

「うん。できると思う。」


黙って聞いていた母親が、口を開いた。


「遊は、何になりたいの?」

「シェフ。」

即答した。


「・・・そう。」


父親が言った。

「他に考えていることはないのか?」

「あるよ。」


「それは、何?」

「パティシエか、パン職人。和食も勉強だけはしておきたい。」


両親が顔を見合わせた。

「食べることばかりね。」

父親もうなずいた。


「オレ、どうも食べることに関わるのが、好きらしいんだわ。」

「ほぉぅ。」

「合格したら、連絡をちょうだいね。」

両親とも、少し笑っていた。


「わかってるよ。」






明日は何をしよう。中学の同級生に電話でもしてみるか・・。

みんな忙しくしているだろうか。誰もつかまらなかったら、父親の車を運転させてもらって隣の町の少し大きい神社に初詣に連れて行ってやるか・・。めんどくさいけどな。



翌日、中学時代に仲良かった友達に連絡をすると昔カズの家に集まっていたメンバーが3人つかまり、午後から遊びに行くことになった。

ダメもとで父親に車を貸してくれと頼むと、OKが出た。

車の免許を持っている者はそのメンバーの中にはおらず、友達どもは遊をうらやましがった。

「なんか、遊、大人になったなぁ。」

マキノの車を時々運転しているから慣れているように見えたのかもしれない。

車の免許の効果は絶大だ。


同い年の連中の話題は、進路の話、学校の話、下ネタと、下ネタではない女子の話・・・。

友達とのくだらないおしゃべりは楽しかったのだが、何がどうともいえない物足りなさがあった。

そんなくだらないことを気にしたり悩んだりするのか・・と思ったり、そんな目先のことしか見てないで大丈夫なのか?とか。

自分だってたいした経験を積んだわけでもないと思うが、同い年の友達の考え方は少々幼く思えた。



ダブルデートの予定があることをしゃべったら、連中は無責任な議論を始めやがった。

「そりゃあおまえ、真央って子がお前を好きだってことだろう。」

「そうだよきっと。」

「真央はそういう感じじゃないんだよ・・頭がよくてしっかりしてて、いつも一緒に仕事してるから気心がしれてると思ったんじゃないかな。」

「自分とはタイプの違うものを求めるってのもあるじゃん。しっかりしてるんなら、頼りないおまえみたいなのがいいとかさ、たまにあるじゃん。」

「なんなんだよ。頼りないって・・。」

「おまえのその見た目ちゃらいぞ。遊んでるみたい。」

「なに言ってんだよ。オレなんかいたって堅実だろ。」


彼女もいなくて正月ヒマにしていたやつらの議論なんざ、真に受けるつもりはないが。

自分も普通の高校生をしていたら、こっちの世界の住人だったのかなと思う。

自由で、気楽で、無責任なくせに将来に期待をしているやつらの世界。

そんな世界を狭く感じる今のオレ・・、でも、あのまま家を飛び出さなかったら、その狭い居場所すら、オレにはなかったかもしれないんだ。



ちっとは成長したのか・・・だとしたら、それはどのポイントだったのか・・・

家を飛び出した時か、仕事をしたからなのか、マキノの店で一人暮らしし始めた時か、学校へ行き始めたからか。

でも、どこを振り返っても中身の基本は今と同じだ・・。


あ・・いや。

母親の言葉を聞いても、握りこぶしを握らずに聞けたから、自分も少しは変わったかもしれない・・と思う。たぶん。自覚はないけど、ゆるやかに何かが変っているんだろう。


同級生たちとのドライブは、カラオケに行って遊んで、ファミレスで夕飯を食べると一人ずつ送って行き、夜も早めにきりあげて帰ってきた。父親も車の心配をしているだろうから。キーを返すときには、「車は無事だよ。」と礼を言った。



明日はカフェに戻る。

実家とカフェ、どっちにも自分の部屋がある。いったいどっちが自分の家なのか。

・・・何故か、マキノの顔を思い出した。

4日からカフェは営業。

明日はマキノは店に仕込みに来るだろうな。



3日の朝、ダイニングテーブルに座っている父親に

「じゃあ行ってくるよ。」

と言った。

「駅まで送ろうか?」という父親の申し出を「町の様子を見て歩きたいから」と言って断った。父さんは黙ってうなずいた。


母親は、玄関まで出てきた。

「あの御重はもらってもいいのね?」

「うん。母さんへの土産に買ったんだから。」

「そう、ありがとう。・・おいしかったわ。」

「うん。じゃあ行ってくる。」

「気をつけて・・。また連絡ちょうだい。」

「わかった。」



ん?・・

今、普通の会話が成立したなぁ・・と思った。

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