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第7話  ピザトーストが焦げないように

有希ちゃんは、その翌週の夕方から、白シャツに黒パンツでバイトに入りはじめた。

「服装は、無理に真似しなくてもよかったんだよ。」

「でもみんなで揃ってるとかっこいいし、仲良しでうらやましかったから。」

「そうかそうか。いい子だね。有希ちゃんももう仲間だよ。白黒姿も似合ってるし、仲良くしようね。」

「・・はい。」

有希ちゃんは少し照れたように返事をした。

「それはそうと、今日はちょっと気になっていることがあってね・・・。遊!ちょっと留守番お願いしたい。今4時過ぎでしょ?この時間帯ならちょっと落ち着くからさ?有希ちゃんのことお願いよ!何かドリンクの指導しといてくれる? 15分。」

「いいっすよ~。」


初めて来た有希ちゃんは気になるけれども、マキノは有希ちゃんの面接をした日以来、バイクのバッテリーが元気なのかどうかずっと気になっていて、土日はとうとうバイクに触れることができず、今ようやくお客さんが途切れるタイミングを見計らって動かすことにしたのだ。

下の階の入り口の横に置いてあるVTR250のカバーをはずし、ガサガサと土間に放り込んだ。エンジンのかかっていない大きなバイクは、本当に重い大きな鉄のかたまりだ。ふむむむむぅと、うなりながら裏庭へ押してきた。

3月頃に一度走ってみたが、それ以来走ってはいない。このバッテリーは強い子のはず。さすがに上がったか?回るか・・どうだろ?おそるおそるセルをおしてみた。

きゅるるるるる きゅるるるるる ・・バッテリーは機能してる。

でも、なかなかエンジンかからない。もうダメかなぁ。

何度もキュルキュル回していると、本当にバッテリーが空っぽになってしまう。

一度セルを回すのを止めてしばらく間を空ける。あと一回だけ、やってみよう。

キュルルドゥルン・・ドドドドド・・・

「かかったー!」

自動チョークがかかっていてアイドリングが高い。エンジンが落ち着くまで乾いた布でほこりを払ったりしてから、ヘルメットを装着。

ブルンブルン。アクセルをふかした。うぉよかった。動いてくれて感謝!!


マキノはカフェエプロンをつけたまま、国道を走り去っていった。




「なんのことかわかんないでしょ?裏庭を見ててごらんよ。マキノさんが何するかわかるから。」

マキノが「15分!」と言い捨てて出ていくのをキョトンとした顔で見ていた有希ちゃんは、遊にそう言われて、ウッドデッキの上から裏庭の様子を観察していた。

マキノが重そうなバイクを引きずり出してきて、難しい顔をしてキュルキュルとエンジンをかけている。かと思ったら、ブルルンとエンジンがかかり小躍りしてバイクにまたがりかっ飛んで行った。

何も、今、バイクに乗らなくても・・。と思ったが、遊はただ、おもしろそうにニヤついているだけだ。

「あの人、ずっとアレを気にしてたんだよね。昨日も一日そわそわしてたけど時間がとれなくてさ。・・顔に出るんだよね。」

「・・・マキノさんって、ちょっと変わってる?」

「うん。随分変わってるよ。いい意味でね。」

遊が笑った。



マキノが行ってしまってすぐに、お客さんが3人来た。

「いらっしゃいませー。」

遊が、有希ちゃんに対応を指導することになった。

今日は真央ちゃんも来るはずだが、まだ来ていない。

「お盆は、カウンターの下のその棚にあって、そうそれ。おしぼりはここ、ここに置いてあるコップに、製氷機から・・氷2~3個入れて、そう。そして笑顔で“いらっしゃいませ。”わかった? いっておいでよ。メニュー見ないですぐ注文する人が多いから注文聞いたら復唱して。」

「はい。」


注文はピザトースト2つとブレンドコーヒー2つととカフェオレ1つだった。

遊は、慣れた様子でサイフォンの準備をはじめている。

「有希ちゃんは、カフェオレとコーヒーとどっちがいい?」

「カフェオレ。」

「じゃあ見といて。先にピザやっちゃうけど、今は見るだけで、覚えるのはあとでいいよ。」

遊は、口で説明をしながら、手早くピザトーストにかかる。

まずは食パンを出してマーガリンをさっと塗った。バターナイフと違って大きめのナイフにしているから、さっと一塗りだ。冷蔵庫のポケット側に立っているピザソースとピザ用の具がまとめて入っているトレイを冷蔵庫から出して、ピザソースをびゅっと出してそれもさっと伸ばし、ベーコン玉ねぎピーマンの順でパンの上に並べていって、その上にチーズをバラバラと乗せ、トースターの時間をセットした。そのままチーズがとろけるまで焼くと中心に火が通るまでにパンの下側が焼けすぎになってしまうので、最初のうちはそのまま焼いて、途中でアルミ箔の上に乗せるのだ。

遊は、次にブレンドを入れ始めた。これフラスコ、これロート、これがフィルターと簡単に説明をする。

有希ちゃんは、はじめてのことばかりなのでオタオタしていたが、「あとでもう一度言うし、覚えるまで何度でも教えるから、今は見とくだけでいい。」と言われてしっかり観察し始めた。フラスコにロートをぶすっと刺して、40秒測る間に遊はピザトーストをアルミ箔にのせた。

「最初のうちはオレみたいに作業しながらは待たないように。時計に集中したほうがいいよ。」と矛盾したことを言った。

「カフェオレの時の豆の量は1杯分だとこれぐらい。2杯分の時は、まんまその2倍じゃなくてこれぐらいで。」

「はい。」

「ミルクはこのカップで測る。そしてここにある小鍋で温める。沸騰させないように。」

「はい。」

トースターがチンと音を立てて、遊がピザトーストを取りだした。とろりと溶けたチーズがおいしそうだ。お皿にペーパーを敷いて乗せて、まな板の上でザクッと切ったピザトーストを乗せた。

「ピザトースト上がり。お待たせしましたって言って上手に置いてきて。」

「はい。」

素直に返事をして、出してきたものの、有希ちゃんは少し首をかしげて戻ってきた。

「上手に置いてきてって・・具体的にはどういうことですか?」

「マキノさんがそう言うんだよ。きっとおもてなしの気持ちでって意味だよ。」

と笑った。

「スマイル忘れずにね~。」

ドリンクを運ぶ有希ちゃんに、また遊が声をかけた。


お客様の分が落ち着くと、今度は有希ちゃんが自分の分のカフェオレを淹れるように、遊がさっきと同じように指示をし始めた。一度遊がしているところを見せてもらっているので、言葉で説明するだけだが有希ちゃんの作業はスムーズだ。


そこへ、ブォーンブォーンとバイクのエンジン音が近づいてきた。シフトを落して基本どおりエンジンブレーキをかけている。そのまま裏庭へ移動する気配がした。間もなくマキノが元気よく店の中に入ってきた。

「ごめんごめーん。いらっしゃいませ~。」みんなに謝って、お客さんに挨拶をしてから少し声を落して「お客さんあったんだね。」といたずらっ子のように笑った。


「これでも旦那さんがいるんだよ。新婚だしね。」

「ええっ・・・。」

有希ちゃんが目を丸くした。

マキノが目を吊り上げた。

「また遊は余計なことを言うでしょ。有希ちゃんもそこでおどろかないように。」

そして、棚のボウルをおろして、たまごとバターを取り出しパウンドケーキの用意を始めた。


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