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第57話  ヒロトの元カノ

美緒は、地元の高校を卒業し、パティシエにあこがれて製菓の専門学校に通いはじめた。


田舎から出てきて一人暮らしして、右も左もわからないままバイトもして、慣れない自炊をしていた。


美緒とヒロトが知り合ったのは、製菓の専門学校に入って、最初のイベントの時だった。


まだ親しい友達もいなくて、何をするにも緊張していた頃に、たまたま同じグループになった。




あれは、いいグループだったと思う。


グループ制作をするために、いっぱい話し合いをして協力し合って、結束が固くなり、その時に友達になった薫とは今でも続いている。あのグループがあったおかげで、専門学校時代の2年間が楽しく過ごせたと思う。


ヒロトは、暗い道は女の子1人で危ないと言って、田舎者の私を心配してよく送ってくれた。重いものは持ってくれたし、きつそうな作業をいつも引き受けてた。

大きな声も出さないおとなしい人で、まじめで、みんなの意見を聞いて調整したり、愚痴を聞いたりしてくれる人で、・・・そして、だれにでも、優しかった。


ヒロトから、“つきあおう”とあらためて言われたことはなかった。

一緒に誰かのアパートで飲んだり食べたり、うちにもみんなで遊びに来たり、遅くまでしゃべったりタコ焼きパーティーや鍋パーティーをしたり。

ヒロトはだんだんうちに来るのに慣れてきて、ある時から一人でも遊びに来るようになって、そして、ときどき泊まって帰るようになって、当時の友達はみんな私たちがつきあってると公認みたいになってた。


自分は製菓コースを2年、ヒロトは製菓1年と残りの1年は調理のコースをとっていて、専門学校を卒業したあとは、ヒロトはホテルの和食のレストランに就職して、自分はスイーツのカフェに勤めることになった。

仕事をする場所がそれぞれ離れて、グループのメンバーが集まることはめったになくなったけれども、私たちはそれまでと同じように時々お互いの部屋を行き来していた。


一緒にいる時間は随分長かったと思う。なのに、なぜか一度も一緒に住もうとか結婚の話は出なかった。


6年もそんなつきあいが続いていると、薫も呆れて言うのだ。

「あなたたち、そんなに長年付き合ってて、いいかげん何かの進展はないの?結婚とか、結婚とか、結婚とか、新しいの見つけるとか。」

「んー・・・ないねぇ。」

待ってるんだけどな・・と思いながら、そう答えるしかなかった。



ある日、ヒロトとつまらないことで喧嘩をした。いや、そもそも喧嘩ってほどでもなかった。

ヒロトは仕事がきついと愚痴っていたけれど、美緒は面倒になって邪険にあしらって、それで拗ねてぷいっと部屋を出て行った。

少し頭を冷やして、コンビニで何か買ってきて自然といつも通りにっていたり、どちらかが反省したり謝ったりして、次の日には笑って話せてた。



タイミングが悪かったのかもしれない。

喧嘩した当時は、お店で大きなイベントがあり、デパートの特設コーナーに出店する担当になって、自分は分不相応な責任をかぶっていて辛かったし忙しかったし疲れもあって、しばらくヒロトに連絡しなかった。


でも、6年もつきあってて、少しぐらい連絡が途絶えてもいつもの事だったから、不安ではなかったのだ。

・・思えば、どうしてそんなに落ち着いていられたのか、今となっては不思議だ。



また仕事が落ち着いた頃に、何事もなかったようにぶらっと部屋へ遊びに来てくれるかなと思ったてのに、なかなか顔を見せない。気づいたら、半月以上も連絡が途絶えていた。・・おかしいな。さすがに不安になった。

そんな時、突然、薫から聞かれた。

「美緒、ヒロトと別れたの?」

「え?そういうわけじゃ・・」

否定しようとして、どくん・・胸が波打った。


薫がスマホの画面をつきだしてきた。

「これ、知ってた?」

ヒロトと、かわいらしい女の人がぴったり顔をくっつけた仲良さそうな写真が、SNSにUPされている。

「・・・。」


愕然とした。

ちょっとぐらい喧嘩しても、離れてても、意地悪を言っても、拗ねても、ヒロトがいなくなることなんて、考えてもみなかった。


薫の顔を見た。声が出てこない。

「・・・。」


何も・・・何も聞いてないよ。


こんなに簡単に終わっちゃうの・・・?

そんなに簡単に、違う彼女見つけるの?

「・・・。」


「腹立つよね!!あんな奴の事なんて、忘れなよ。」

「そんなぁ・・。」


「美緒は、こんなにいい子なのに。ヒロトはひどいよ。」



ひどい・・かな?・・ヒロトはひどい事なんてしない。だれにでも優しい・・。


そっか・・わたしだけじゃなくて、他の誰かがヒロトを好きになってしまったのかも・・。

誰かがヒロトを必要として、そっちへ行っちゃった?



・・・そして、わたしは、・・一人ぽっちになった?


美緒は、寒くもないのに自分で自分の腕をさすった。

ヒロトがもういない?

そう思っただけで身をよじるような、しびれるような感覚が走る。



わたし、わたし、心の底では、ずっと頼ってた。

・・ひとりでがんばるんだと思って、バイトも自炊もして、一人暮らししてても、ちゃんと掃除して、頑張って来たけど・・。

一人じゃ・・、無理だった。



「ど・・どうしよう・・・。」


・・・そんな声が、自分の口からこぼれて、声に反応して、ぽろぽろと涙がこぼれた。



ヒロトにとっては、大したことじゃなかったかもしれないけど、時々ケーキを差し入れしてくれたり、アイスを一緒に食べたり、ラーメンおごってくれたり・・そういう小さな一つ一つが、嬉しかった。

「一人でもきちんとしてて、えらいなぁ。」

ヒロトがいつも、そう言って感心してくれたから、私は一人でも頑張って来れたと思う。




「うっ・・うっ・・わたし、ふられちゃったの・・?」


ぽろぽろ


ぽろぽろ 


涙が止まらなくなった。


「うっ・・うぇっ・・・」

「美緒・・・。」


「うえええ・・・・。」


もっと、優しくしてあげたらよかった。

私ったら、ホントは甘えたかったのに、つっぱって、強がって。

ヒロトにも、もっとしっかりしてよって、いつも言ってしまってた。


ヒロトはきっと、こんな私に、疲れちゃったんだ・・。




いっぱい泣いた。


自分の馬鹿さに泣いたし。


後悔した。




ごはんもちゃんと食べなくなって、部屋が散らかって、仕事しててもミスばっかり。

店長からも先輩からも「どうしちゃったの?」と聞かれた。

「すみません。すみません。」

みんなに謝って、きちんと仕事しなきゃと思うのに、いつのまにかぼーっとしてる私。




薫が、なぐさめてくれた。

ありがたいな。友達って。

飲み会に誘ってくれたり、新しい彼氏つくれば?って、合コンにも誘ってくれた。


・・けど、無理だったな。そんな気にはなれなかった・・。

新しい彼氏なんて・・。





ヒロトは、自分の前からいなくなるわけがないって、勝手に思い込んでて、知らない間に、大事なことを見落としてたのかな。わたしが、ヒロトの事、疲れさせてたのかな・・。



ヒロトから「別れよう」って聞いてない。

だから、なんで?って聞きたい。

わたしが優しくしなかったことを、ごめんね・・って言いたい。


ちがう


ちがう。


会いたいだけだ。


ごめんって言うためにでも、会いたいと思ってる。


会う口実を探してる。





そう。

そうだ。せめて、せめて、専門学校のお友達として、話くらいはしたい。

そう。

友達に、もどろう。

なんでもいいからヒロトとつながっていたい。


それが、別れたってことを確かめることだとしても、

友達に戻れれば・・ラインの窓ででも、つながっていられる。




よし。

明るくメッセージを送ってみよう。

平気みたいに。友達として。

できる。



勇気を振り絞った。


「彼女ができたんだってね!よかったね!」


・・送信・・。




半日ぐらいして既読になった。


でも、・・・・ヒロトから返事は返ってこなかった。


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