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第31話  献立を考えよう

もうすぐ9月になる。

9月になったら、学校だ。


遊は、自分は高校を中退したのだと思っていたが、両親たちの判断で休学という形に届けられていた。

休学から復学・転入という形になることで、今後の履歴に「退学」という文字が入らない。それがどれほどの意味があるのかはよくわからないけれども、そのほうが今後の人生で有利なのだと元の学校でも新しい学校でも言われた。

今度転入する高校にも、それまで取っていた単位は引き継げることになっていて、今後の単位取得状況如何で、あと7カ月でも卒業は可能らしかった。それができたら同級生との時間差ゼロまで追いつくことができる。

決定的な差がついたと自覚した時から、遊自身は、時間差にはあまりこだわってはいなかった。

遅れを取り戻せるというだけで充分だ。


簡単な選考審査があって、9月からの転入が認められ、マキノの店から1時間20分かけて週3回学校へ通うことになった。転入の際のあれこれの手続きは両親が足を運んでくれ、自分はむすっとしたまま必要な手続きを終わらせていった。

マキノは、ご両親が近くまで来ているならお店に寄ってくれればいいのにと言ったが、自分が、両親には店に来て欲しくないと思って、適当に断った。

通学するための時間が長いのは、電車の線が遠回りしていて乗換が多いからだ。車で行けば30分も短縮して50分で行ける。免許を取って車があればと思ったが、その分のおカネを両親に頼るのはまだ気が引けた。


まだ両親の前では素直にはなれそうもないが、自分の希望を受け入れてくれたことに関しては、多少・・いやかなり感謝はしているつもり。いつかマキノの言うように、親という存在を、自分の人生の一部として受け止めなくてはと思う。




引っ越しも全部終わって、花矢倉の女将や板長、カズ、他の板場たちに挨拶をした。

カズが「遊びに行くよぉ・・」と半泣きの顔で寂しがったり、うらやましがられたり。

自分の物がいろいろ揃った部屋ができると、肩身の狭い男子寮での居候生活にはなかったプライベートな空間が持てたことに、じんわりありがたく思う。


最近の仕事と言うと、新しくパートに入るようになった千尋さんに仕事を教えることが増えた。バレーボールを一緒にやっているので、千尋さんと有希ちゃんが、とても親しくなっている。

千尋さんが「遊君は人に教えるのが上手ねぇ。」と感心したように言うのを、有希ちゃんが「そう。そうですよね。」と相槌を打っている。

確かに、二人ともほとんどオレが教えたようなものだけど、自分は、マキノがしていたとおりにやっているだけだ。

マキノは、最初に必ず作るときの手順を細かく説明しながら手本を見せて、どう?おいしい?おいしい?と多少うるさいが食べさせてくれる。失敗しても困らないように、本人の分を練習として作らせて、自分は全く手は出さない。できあがったものは、成功失敗に関わらず必ず褒めてくれた。


・・両親の前でも気恥ずかしいほど褒められたことが、実は今の遊の自信にもなっていた。


今・・4時か、少しお客さんが途切れる時間帯だ。

昼前からシフトに入っている千尋さんが話しかけてきた。

「遊ちゃんてば、好きな人いないの?」

おばさんっていうのは、この手の話が好きだなぁ。

「いないよ。」

と答えた。

実家から高校に通っている時は、女の子とつきあったこともあったが、家を飛び出したあとにもめったに思い出さなかったことを考えると、それほど好きってほどでもなかったように思う。

旅館にいる頃は、まわりは枯れたおばさんばかりだったしな。

ここに来てからは、真央ちゃんと未来ちゃんがいた。2人とも女の子らしくてかわいくて板場の連中も話題にしてた。女子はキャーキャーうるさいことが多いけど、彼女らはバイトとはいえしっかり働いてたし、ふたりとも自分の進路や目標決めて勉強していて、まぶしかった。オレには気さくに話しかけてくれたけど、あの二人は恋愛対象としてはなんとなく考えにくかったんだな。

正直、家出中の自分にどこか引け目があったのかもしれない。


好きな人ね・・恋人・・彼女かぁ・・いればいいな。

欲しいな。・・うん。




千尋さんがまた話しかけてきた。

「真央ちゃんと未来ちゃんと有希ちゃんと、みんなちょっとずつタイプが違って、かわいいよね。」

「そうだね。」

ちとめんどくさいな・・と思いはじめたら、“カランカラン”とベルが鳴った。

「いらっしゃいませ~」ませ~。」

反応は少し遅れたが、千尋さんも慣れてきたようで、カウンターの中からおしぼりを出しさっとセットしてすばやく出て行った。



さっきから静かにしているが、マキノもちゃんと座敷に座っている。

9月の分のお弁当の献立を考えているのだ。

一番奥のテーブルで、うーうーとうなりながら鉛筆をにぎっている。

「千尋さんのおじいちゃんのような人の為の献立も必要かなぁ・・。」

2週間分の献立を書きこんだ表をコンコンと鉛筆の反対側で差しながらひとりごととも遊に話しかけているともつかない口調でなにかつぶやいた。

「この日と、この日を、お年寄り向けにと思って考えたんだけどさー、絵ヅラがあっさりしすぎて、我々若者にウケない気がする。実際自分がワクワクしない。」

千尋さんの話を聞いて、そのニーズにできるだけ応えたいと考えているのだろう。

「オレは、和洋中混ぜていいと思うけどなぁ。」

そうは言ったが、和食のおかずはカフェのランチにしては手間のわりに派手さには欠ける。もう少しなんかの工夫が必要だろうか。


マキノは、お客さんのアイスティーとアイスコーヒーを出している千尋さんに、自分の分のアメリカンもくださーい、と呼びかけた。

「オレもアメリカンお願いします。2杯分だと豆の分量は1杯と八分目でいいよ。」

研修がてら、アメリカン2杯分の経験値を積んでもらうために、自分も付け足した。


お弁当のおかずは、その日の日替わりのランチメニューと直結する。まとめて考えるのは大変だが、決めてしまえばそれにしたがって行くだけなので少し楽になる。


マキノがため息をついた。

「ああもう、限界を感じるなぁ・・・。」

「この、いっそ左上の仕切の部分に入るおかずを入替可能なようにすればいいんじゃないの?値段は決めておいて、どっち選んでもいいように。」

「ほう・・・。あーでも混乱しそうなんだよなー。献立表の書き方も変えなきゃいけなくなるし・・一種類だからこそ手っ取り早くできるのにさ。」

「お昼は、千尋さんがいてくれるようになったから大丈夫に思うけど。」

マキノは、あれこれ口を出したオレの顔をじっと見てから、にいっ・・と何か思いついた時の嬉しそうな顔になった。


「遊。一度献立考えてみて。この表のレイアウトもだよ。」

「ええっ・・・。」

「わたしだってそれほど勉強したわけじゃないんだから。カフェの学校へちょろっと通って、家庭での知識と、お店に食べに行って得たのと、ネットで調べて研究しただけ。1年間旅館にいた遊とはあんまりかわんない。」

「ええ~・・・・。」

マキノは自分で考えた分の献立の欄の下にびーっと線を引いて、その下を指さした。

「まずは、直近の分は私が作ったので行くから、ここから後の2週間分続きたのむわね。よろしく!」

「・・はぁ・・・。」

「私のPC、下に置いてあるでしょ?あれ使ってもいいよ。」


マキノは、書き散らした机の上をそのまま遊に譲って、他の仕事へと行ってしまった。




献立かぁ・・座敷の机に広げたままの表ところがった鉛筆を持ち、じゃあ・・と頭をひねって考えることにした。

千尋さんがアメリカンをマキノさんと自分に運んでくれた。

献立は、どうせマキノが添削してくれるし、それをまた敏ちゃんが採算が合うように試算したりするから、あまり責任を感じなくてもいい。


気楽な感じで、思いついたメニューを表にサラサラと書きこんでいると、

「こっ、こんにちは・・・。」

と、お客さんが入ってきた。

カランカランとベルが鳴るはずなのだが、ゆっくりそーっと開けたので、あまり派手には音がならなかったのだ。

遊はすぐそばにいたので、「いらっしゃいませー」とみんなに聞こえるように大きな声で答えた。

「あっいや客ではなくて、ええと・・アポなしなんですが、佐藤さんっていらしゃいますか?」

「いますよ。マキノさ~ん。」厨房に向かって軽く呼んだ。


「はあい。」

マキノが出てきた。

「あのっ、あのボク・・川村有希さんのお兄さんの友人で、熊谷ヒロトと言います。」

「はいはい。あっ。」

「えっ。」

「聞いてますよ。有希ちゃんがちょっと前に言ってたお兄さんの友達のシェフ見習いさん?」

「あっ、えっ?あっ・・。」

「有希ちゃんのお兄さんの同僚でしょ?」

「・・はぁ。まぁそうです。」


ヒロトって人、横で見ているとおもしろい。

人が緊張しているのをおもしろがっちゃ悪いけど。

「いらっしゃい。どうぞ。」

座敷に上げるのかと思ったら、マキノはヒロトをカウンターの中へとつれて行ってしまった。


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