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第3話  時の記念日

しばらくすると、それまでおしゃべりをしていた藤間さんが会計に立った。

「春ちゃん、マキノちゃんと結婚するんだってね。おめでとう。」

マキノがレジの前に立つと、藤間さんは、厨房の中にいる春樹に声をかけた。

「はい。ありがとうございます。」

「お幸せにねぇ。」

「ありがとうございました~。」


先日、朝市のおばちゃん達に結婚することになったと報告をすると、「そうなると思った。」「やっぱりね。」と口をそろえてひやかされた。

3カ月ぐらい前に、朝市が行われている時、朝市広場の目の前の国道で、マキノが自転車ごとバイクにはねとばされたのを目撃した人がたくさんいて、その時の春樹の活躍が何度も噂話にでていたらしく、それにどんどん尾ひれがついていった。

藤間さんは、事故の現場を見たわけでもないのに、マキノが事故をしたことも知っていたし、婚約の報告をしたわけでもなかったがちゃんと知っていた。

とにかく、刺激の少ない田舎では、ちょっとしたことがご近所の噂になり、誰もがあることやないことや全然なかったことも、いろんなことをよく知っていた。

都会に暮らしていたマキノは、こんな現象を不思議に感じるし、時折わずらわしくもありつつ、微笑ましく思う。今のところ隠すことも後ろめたい所も何もないので、お店の宣伝になるから、噂話も一応歓迎だ。でたらめで下品なこと以外はね。



春樹は、藤間さん達とおしゃべりをしながら一緒に玄関を出てそのまま見送り、玄関横のプレートをCLOSEDにひっくり返した。そして、自分の車の中から何かを取ってきて座敷の方へ向かい叔父さん達のテーブルを片付け始めた。


 マキノは、立ったまま真央ちゃんの試作オムライスを口に運びつつ、明日の仕込みの野菜を切ったりして下準備をしていた。オムライスはチキンライスが少しべたっとしていて、たまごもどうやらうまく半熟にならなかったようで、スクランブルエッグのようになっていた。でもお味はまぁまぁ。あともう少しがんばれ。

さっきまでテーブルを片付けてくれていた春樹は、食器などを全部シンクへ運びそのまま洗てくれている。すっかりスタッフになっちゃった。


マキノは、そのまま予定していた翌日の仕込みを終え、からあげの下味をつけた鶏肉の入ったボウルにラップをして台下冷蔵庫に仕舞って顔をあげた。すると、洗い物を終えた春樹がこちらを見て自分の仕事が片付くのを待っているのに気が付いた。


「なあに?」

「今日役場に行く用があったから、婚姻届の申請用紙をもらってきたんだ。」

「ほー・・。」

マキノの少し呆けたような返事を気にするでもなく春樹は続けた。

「婚姻届って365日24時間受け付けてくれるんだって。知ってた?」

「ううん。」

さっきからまな板で切っていた野菜を大きな冷蔵庫の中の下の棚にタッパに入れた野菜をパタンパタンとしまい、最後まで使っていたボウルや道具をガチャガチャと洗いながらマキノが返事をする。


「時の記念日に入籍しないか?」

「それって、いつ?」

「やっぱり知らなかったか。6月10日だよ。」

「もうすぐじゃない。いいよ。けど、何か意味があるの?」

「時間を大切にしようってことらしいよ。」

「・・名前のまんまだね。」

「過去も未来も大切な時間であって、与えられた限られた時間を大切にしよう。ってなことを確認する日なんだってさ。」

「へえ~。今初めて知った。」

「個人的な思い入れがあるってわけではないよ。オレとしては・・明日でもいいし、なんなら今からでもいいぐらい。」

「・・・。」

マキノはそれには返事をせずふふっと笑った。

そして、まな板にざざーっと水を流して片付けた。


「ただいまー。」

と遊が帰ってきて、買い物袋を調理台にどんと置いた。

「おかえり~。遊、ありがとう。」

「これおつり。ここに置いとくよ~。」

ざぶざぶと布巾を洗ってぎゅうっとしぼる。

「は~い。お疲れさん。遊も気をつけて帰るのよ~。」

「はいはい。お疲れでしたー。」



遊が買ってきた物は袋のまま冷蔵庫に放り込んで、マキノは春樹の横に座った。

「要するに、遅刻しちゃダメ。約束守れ。ってことかな?」

「え?なにが?」

「時間を大切にしようの意味。」

「ああそれか。そう。教育的立場からするとそうなるかな。」


「時間ね、大事だもんね。」

と、マキノは印鑑をことりと机に置いた。


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