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第28話  確かめたいから

午前中は、父親が必要な手続きをすると言って車を出してくれて、一緒に新しい口座を作ったり、現住所を移すための手続きに市役所へと行ったり、休学していた学校へも行って届出してあったものを取り下げ編入する手続きを調べたり書類の申請などあちこちへ動き回った。

体育館のほうから部活をやっているらしい気配があったが、遊のバレー部の同期は3年だから、インターハイが終われば引退しているのだと気が付いた。

自分が渡されていたユニフォームは、母親がずっと前に返してくれたらしい。

あのメンバーには会って謝りたかったな・・と思った。



昼は自宅に戻り母親が作ったものを食べた。

午後にはマキノが迎えに来てくれる。

それが待ち遠しかった。



「マキノさんか? いい人なんだね。」

と父親が言った。

「うん。・・・すごくいい人だよ。」

と、遊は答えた。



2時にマキノからもうすぐ着くと連絡が来た。

遊が玄関の外に出て、わかりやすいところまで迎えに行った。


マキノはお土産をオレに持たせたのに、自分も手土産を持って来ていた。手ぶらでは気まずかったんだろうか。

緊張気味のマキノが、うちに上がって、自己紹介をして、春樹さんを紹介して、両親と挨拶をかわしているのがおかしかった。なんか家庭訪問のようだ。

今朝、自分が父親とでかけている間に、母親が結婚祝いを用意したらしく、こちらの土地の名産品といっしょに、なにか箱のようなものをマキノに渡していた。

マキノはしきりに恐縮した。



「遊君が高校へ行く気になってよかったと思っています。卒業するまで、わたしはどうあってもサポートしていくつもりです。その間に、また高校を卒業した後の将来について考えると思いますので、その時はまたご両親のところへ、本人にここへ帰ってもらうようにしようと思っています。」


両親からの言葉は何もない。ほとんど受け身・・。


「余談ですけど、遊君、お料理に関してはすごくセンスがあると思います。召し上がってどうでしたか?あの、分量や作り方のレシピを守るとかそういうのだけではなくて、お店で注文を聞いてから同時に何品も一度に出したり、そうかと思うとヒマな時もあるんですが、時間や手順や段取り・・いろんな場面で次のことを考えられるんです。私自身は、何度も失敗して経験を積んできたし、マニュアルどおりにさえすればよいというものではないと思っているんですが、遊君は、若くて経験も少ないのにとてもカンがいいです。相性のいい材料の組み合わせもさっと考えつくし、ポテンシャル高いと思っています。」


・・マキノが自分のことを話しているのを聞いて、正直びっくりした。こんなに高く評価してくれているとは・・知らなかったよ。


「わたしが見る範囲ではそれしかわかりませんが、適性があるのは、調理だけじゃないかもしれませんし、これから自分で探してくれるといいなと思います。」


「私は、頼りないかもしれませんが、・・ええと・・あの・・夫も・・助けてくれると思いますので・・。」

急におどおどとした口調になったので、遊は思わず笑いそうになったが、耐えた。

春樹さんのことを言う時だけ、ものすごく照れている。そう言えば「夫」なんて言っているの初めて聞いた。


「ご主人さんも一緒にカフェをしていらっしゃるんですか?」

父親が質問をしてきた。まずいな・・春樹さんの事は、両親にぜんぜん説明してなかった。


「いえ、カフェは妻のものですから。僕は、地元の小学校の教師をしています。今日は、夏休みを取りました。」

「そ、そうなんですか。・・・私も夏休みですよ。」

父親がかすかに笑った。




マキノは、午後からやろうと思っていた手続きが全部終わっていることに驚いていた。

両親が納得しているのかどうかわからないが、自分が決めたことに対してとりあえず許しが得られたことにホッとする。

今は、ただわがままを通したのだという自覚がある。

本来は、この家に帰ってくるべきなんだろう。

実家に帰るのは嫌だとか怖いとか、自分はまだ未熟で、弱い。

それは認める。


でも、もうちょっとだけ確かめたいと思う。

マキノが体調悪くなって、店を任されて、責任を感じて、あの忙しかった日に、仲間と一緒に頑張る楽しさを自分なりにつかみかけた。あれが錯覚なのかどうかを。

マキノが言っていたように、自分の知らない学校へ通って、嫌いな数学や英語の勉強だけじゃなく、何があるのか探したい。人と話をして、友達を作って、自分が何をしたいのかを。

もう少し頑張れば、自分の選択が正しいのかどうか、わかる気がする。

もう少し頑張れば、強くなれそうな、大人というものに近づけそうな。そんな気がする。


自分がレールをはずれたことで、心配をかけ、落胆させ、振り回してしまった両親。

零れ落ちそうになっている自分のことをすくい上げてくれたマキノたち。



どこまで取り戻せるのか、やってみなきゃ。

オレは、オレなりに精一杯やろう。


今は、まだ、みんなに返せるものが、何もない。






― ― ― ― ― ― ― ―




遊の両親との会話は、緊張で震えるほどだった。でも自分がしゃべらないとどうにもならない。

実際、ほとんどマキノが説明をする形で進んだ。

本人の決心が固い事はわかっているから、この場を収めるには自分の言葉が少々強くても両親に折れてもらわなければどうしようもない。

ひとつでもご両親の心配を減らせるといいなと思って、どんなお店なのか、どんな仕事をしてもらっているのか、環境やスタッフのこと細かな事も丁寧に説明した。


遊のお父さんは、学費はもちろん、生活するのに必要な費用は親として出して当然と考えていると言ってくれた。

遊が学費だけでいい・・・と言いかけるのを止めて、マキノは「甘えさせていただきなさいよ。」と言っておいた。


お母さんは、遊が帰るときは見送りにでてきた。

「息子をよろしくお願いします。」

そう言いながら目に涙をためていた。


マキノは、胸がチクチクと痛んだが、遊の表情はしっかりとしていた。

「行ってくる。」

きちんと挨拶もできた。




車が走り出し、両親の姿が見えなくなってからしばらくして、まるで長い間息を止めていたみたいに、マキノが「はぁきつかったー!」と声をあげた。

実の息子なのに、遊も一緒に、ふぅーっと長い息を吐いた。


「おかあさん・・あんまりしゃべらなかったね。」

「うん。」

「9月から、がんばらないとダメだね。」

「うん。」

「うちも、新しいバイト雇わなくちゃ・・。」

「えー? オレ、がんばるよ?」

「まぁ、今後も遊には期待してるけどね。」


「そう言えば、春樹さんの事、“おっと”って言ってたね。オレ笑いそうになった。」

「なんだとお!」

「春樹さんの“つま”っていうのはそんなに違和感なかったのに。」

「なんだとおお!!」

運転していた春樹さんは、ぶはははっとふき出して、助手席にいたマキノは後ろを向いて片手で遊の頭を小突くそぶりをした。手は届かなかったけど。



「手続きとか、全部出来てるなら、わたしたち来なくてもよかったじゃない。往復で10時間だよ?運転10時間!!」

「そんなこと言わないでよ。心の支えだったのに。」

「マキノは何をえらそうに言ってるんだよ。運転はオレだろう。」

「わかってるよ。私たちって言う意味だよ。・・ああでもよく考えたら、親なのにそこまで遊のすること邪魔しないかなとは思ったんだよね。」

「いや、今までだって、やったこと全部邪魔だったなんて思ってないからタチが悪いんだ。」

「・・今回は、遊の希望がかなってよかったね。」

「うん・・。」



実家から離れただけで、こんなにも空気がゆるむって、どうなのかしら?と思っていたら、遊はすこし真面目な調子でお礼を言った。

「ええと。あの、オレ、がんばります。マキノさんと春樹さんに感謝してます。」

「あら。あらたまっちゃって。わたしたちに感謝なんていらないかもよ。すりきれるまでこき使うから。わがまま聞いてもらったんだから、親に感謝しておきなさいよ。」

「はい・・・。」

「そうだ。もう一つ言おうと思ってたんだけど、これからは最低1か月に1回は実家に連絡しなさいよ。どんなに短くてもいいから。」

「え~・・・。」

「学費のお礼ぐらい言うべきじゃない?。」

「あぁ・・ぅ・・し、仕方ない・・かなぁ・・。」


「とにかく、これからが試練だよ。今から頑張る分は形になって残るから。努力は報われるよ。」

「うん・・。」


「そ。 ねえねえ、春樹さん。わたし途中から運転するよ。どこかでおいしいもの食べて帰ろうよ。おいしいお肉でも食べようよぅ。」

「高速降りたらやってみる?夜だぞ?マキノはこの車の運転初めてだろ?」

「マキノさんやめてえ!」

遊が笑いながら叫んだ。

「じゃあ、いっぱい休憩しながら帰ろ。やっぱりおいしいものだよね!」

「わかったわかった。」


沈む夕日を横目で見ながら、車は快適に高速を走る。

途中のサービスエリアで食事をしたあと、ホットコーヒーを自販機で買って、車のドリンクホルダーに置いた春樹さんが、すこし怖い声を出した。

「あのね・・マキノと遊に言っとくけどね。」

「なんですか?」「なあに?」

「今から帰るまで、オレが運転してるあいだ、ふたりとも寝たら承知しないからね。」

「あ~~~自信ない。遊、頑張って!」

「え~っ。はい。頑張ります!」


そこからは遊が助手席に座り、マキノは後ろの座席に席替えをしておしゃべりをしながら走り出した。マキノは案の定後ろの座席で遊のバッグにもたれて居眠りをした。

花矢倉に遊を送り届けてようやく自宅に戻り、ソファーに倒れ込んで春樹さんがぼやいた。

「二人ともほんと、薄情なんだから。一番眠いときにしっかり寝てて。」

「春樹さん。ありがとう。それは遊に怒って!ね。」

マキノはにっこり笑った。

「もう・・仕方ないな。」

春樹さんは、マキノの頭をわしわしとしてシャワーを浴びに行ってしまった。


マキノは、遊の両親からもらった結婚祝いを開けてみた。

かわいらしいフクロウの柄の夫婦茶碗と夫婦湯呑と夫婦箸のセットだった。


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