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第26話  遊、帰省する。

家に帰ったらまず、なんて言えばいいのか・・。

遊は、電車の中で何度もシミュレーションを繰り返していた。


マキノと話した作戦・・というのは、今年一年何をしてきたのか、ご両親に見せよう作戦のことだ。


花矢倉でしたことは、下働きばかりだった。マキノは、旅館の厨房には和食の基本があるはずでしょと言う。そんなもの覚えていない・・というか。当時覚える気がなかったから自信がないというのが本心だ。


「うちに来た時、キャベツは上手に千切りしてたじゃないの。」

「キャベツなんか・・・。」

「まぁなんでもいいんだよ。遊がおいしいと思うものを作れば。」

「オレが作れるのなんか、るぽのメニューばっかだよ・・。」

「・・じゃあ、それでいいじゃない。できればモーニングも・・あ、作るだけじゃだめだよ。片付けもして、ごはんのことだけじゃなくて、朝はちゃんと自分で起きるんだよ?」

「マキノさんったら・・。」

いったい誰が母親だ?というようなセリフだな。


そもそも、作戦というほどのものでもないじゃないか。

マキノの、いつものアレだ。

“おいしいものを食べればうまくいく。”

そんなわけないだろ・・と思うけど、反論できなかった。何か作業している間は、しゃべらなくてもよさそうだから、いいかもしれないと思った。




昨日のうちにダイヤは調べた。

3時ぐらいに着くはずとマキノが連絡してあると言っていた。

駅から実家までの間にあるスーパーで買い物をした。

一年前と何も変わらない道を、歩いて帰る。

あーほんとーに憂鬱だ。

どんな顔すればいいんだろ。


駅からここまで、顔見知りと会わなくて助かった。

家の前に立つ。

このまま帰りたい・・・花矢倉の寮に。いやマキノの店に。

・・しばらく考える。

深呼吸をしてから、チャイムを押した。

家の中でピンポン という音が鳴った。


玄関がゆっくりと開く。

母が立っていた。

「おかえり。」

その声が、耳の中でロボットがしゃべったみたいに響いた。



なんとか、「ただいま。」という声を出すことができた。

そのまま黙って玄関をあがり、母親の横をすりぬけ、自分の部屋へも行かずにまっすぐに台所へ向かった。



泣かれたら、ののしられたら、どうしよう・・とか、いろいろ考えていたから、母親が静かだったことで、少しホッとした。

時計を見た。3時30分。少し早いがゆっくりやりはじめるか。



母親が自分についてきて、何をするのかとじっと見ている。

「台所使わせてくれる?」

「・・・いいけど。」


「そうだこれ、マキノさんからのお土産。」


「マキノさん・・・しっかりした方なのでしょうね。」


「うちの店で売ってる。手作りのお菓子。」

「そうなの。」


マキノの顔を思い浮かべるが、しっかりしている・・というイメージは湧かない。

でも、会社で働いていたらしいし、大人の対応とか常識はわきまえているんだろうか。


あの人のことは一言でどう表現したらいいんだろうな。

面倒見がいい・おせっかい・やさしい・姉御肌・・・か。


「お名前が、変わっていたけど、どうして?」

そうか、結婚したこと言ってなかったんだな。わざわざ言う必要もないしな。

「結婚。」

「おいくつなのかしら。」

「26歳」

「・・お若かったのね。」


「・・・。」

「高校に戻るの?」

「・・・・あとで話す。おやじにも。」


「台所で、何をするの?」

「夕飯。今日オレが作るから。」

「?」

母親が怪訝な顔をした。


「向こうでいつもやってることをする。あっちいってて。」

そう言ってから、遊は、口を閉ざした。



台所の壁が、一か所凹んでいる。

一年前、母に怒鳴った時、自分が力任せに殴ってへこませたのだ。

それまで言いなりだったのに突然豹変して反抗すれば、恐怖も感じるだろう。こっちにすりゃずっとあった不満が爆発しただけで、そっちが気づかなかっただけだけどな。


いろいろ聞きたいこと言いたいことがあるのかもしれない。


・・知ったことか。

・・また心の隅からパキパキと凍りついてくるのを感じる。

遊はもう一度深呼吸をした。



母親を台所から追いだし,炊飯器を開けて,冷蔵庫の中を見て、食器棚からどの皿を使うかを吟味する。本当は皿も買って行こうかと思っていたぐらいだ。

買ってきた食材をスーパーの袋から次々と取りだして,パックやパッケージをゴミ箱に放り込んでいく。

作るのは一番シンプルでいつもやっているメニュー。

ハンバーグを焼いてデミグラスソースで煮込む予定。

母親のポテトサラダとマキノのポテトサラダは少し違う。今日作るのはマキノの方。

舞茸とコーンのソテーと、温野菜を添えて十五穀米のごはんも焚く。

スープはミネストローネ。これは母親は作らない。今まで家で食べたことがない。


料理なんて,家ではしたことなかったが、一年の間にいろいろ学んだな・・・。

花矢倉の厨房のことなんて覚えてないとマキノには言ったが、包丁の種類、鍋の種類、食材の下処理の仕方も、やらされたことは覚えているし、自然と身についていることがあったと思う。

でも、花矢倉の厨房だったら決してはやらせてもらえないような、その料理を左右するような大事なことも、マキノは全部自分にやらせてくれた。

今、作ろうとしているもの全部ひとつひとつを。



父親は・・今日は、仕事か。

マキノが母親にオレの意志を伝えてあると言っていた。

オレは?オレ自身はどう話す?・・・向こうはどう出る?

反対する気なのか、ヒステリーを起こす?わめく?泣く?

それとも威圧的にああしろこうしろ言うだろうか。

冷ややかな顔でオレが発する言葉を、ダメダメダメとつぶしていくか。

いろいろと思い浮かべると、うんざりしてくる。


父親は・・何か言うのだろうか。

父からは、自分の将来に関して今まで何か言われた記憶がない。



・・・どうでも・・いいや。

もし何か言われたら、一年前と同じように、家を出ればいいだけだ。

痛い目にあわされるわけでも殴られるわけでもないのに、どうしてこんなに母親の言動が心の負担になるのか。

・・・自分の親だが、自分と同じ価値観を持つ人達ではないと思っておこう。

本当に・・・この家は、息がしにくい。





マキノが「大人になればいい」と言った。

オレには、大人が何なのかよくわからない。

でも、強くなるべきなのはわかる。

何を言われても、心を揺らさず。自分を守らねばならない。

自分の未来を、友達を、好きなことを、自分が欲しいものを、やりたいことを。



まあ・・こういうことは、言われる前から考える必要もないか。

台所を占領されて、母親も戸惑っているだろう。

6時に合わせて料理を仕上げていく。

レタスをちぎり、キャベツとパプリカの千切りの生野菜とトマトを盛り付けて、その横に出来上がったポテサラをのせた。

炒めたたまねぎが冷めたから、ひき肉とまぜて練る。ナツメグの匂いは好きだ。

バジルや、ローズマリー、ローリエの匂いも・・こういう、スパイスやハーブの匂いがおもしろいと思う。

ハーブというものはマキノの店で知った。もっと知りたいと思う。



キャベツ玉ねぎ人参ベーコンのみじん切りに湯むきしたトマトとコンソメスープを注いで弱火で煮込む。いつもは一気にたくさん作るから、3人分の分量がむずかしい。

ハンバーグが焼けた、あとはソースで煮込んで終わり。

出来上がりが見えてきたことで少し気持ちがゆるんだ。

時間が余りそうだなと思って、時間を調整することにした。

家にあったインスタントコーヒーを見つけて淹れようと思って、ヤカンで湯を沸かした。


カップに湯を注ごうとして振り返ったら、ダイニングテーブルの向こう側におやじが突っ立っていた。


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