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第25話  レールを敷きなおすため

8月お盆過ぎに、春樹は平日に2日間休みを取った。

夏休みの始めは水泳教室やサマースクールがあり忙しいのだが、8月に入ると少し落ち着いてくる。


「春樹さん。遊の実家まで車で往復する時間って分かった?」

「片道5時間ちょいかかる。」

「遠いね・・。よくバイクで走って来たね、遊たち。若いって無謀だねぇ。」

「あっちで宿でもとる?」

「えーやだ。次の日私は仕事だよ。」

「運転するオレの身になってほしいものです。」

「私も運転かわるよ?」

「それは・・余計、疲れそうだな。」

「じゃあ電車だとどう??」

「時間は・・あまりかわらないよ。」


マキノは、遊との話し合いの結果、ご両親との関係に少々深く介入することになってしまったのだ。

これが遊の希望だから仕方ない。


意を決して、遊の実家に電話をして、帰省させると連絡をした。

電話には、母親が出て、遊が出した結論も伝えた。


遊が選んだのは、こちらの通信制の高校へ編入するという道だった。

親元へ帰らないというのは、本来の道からはずれているのもわかっていて、マキノにとっても言いづらい事だったが、遊にとってそこだけはどうしてもまだ譲れない部分で、先に一騎打ちに向かう遊の為に先制のパンチだけでも助太刀しておいてやろうという親心でもあった。


とにかく、今のような中途半端な状態では動きようがないから、両親から認めてもらわねばならない。



居候の件は、花矢倉の寮は引き払って、店の下の部屋のひとつを遊の部屋にすることになった。下は2部屋あり部屋と部屋の間はふすまで仕切られているだけで鍵がかけられない。お風呂もあるしトイレもあるので、ワンルームの部屋を借りているぐらいの生活ならできそうな環境だ。

マキノが春樹の家へと移っていった後は、普段ほとんど使わないので、下の部屋全部が遊のプライベートな空間になるといってもよかった。


マキノの報告に対するご両親の返答は求めなかった。それが遊の希望と異なっていたとしても、それに左右されるつもりもなく、報告だけでいいと考えているようだ。

両親の出方次第で変わってくるのは、遊の心の負担だけだ。


遊は、今朝一足先に実家へと帰って行った。




さてそして、明日は春樹と二人で遊を迎えに行き、両親に挨拶することになっている。

一人で電車で行くつもりだったのだが、春樹さんが運転手を買って出てくれた。

本当のことを言うと、とても心細かったからありがたかった。


もう7時か・・両親と話しているだろうな。

ガンバレ遊。

ガンバレ春樹さん。(運転

ガンバレ自分。





今年3月のこと。


遊が自分のカフェで仕事をすると決まった時に、マキノは下書きのメモを書いてから遊の実家に電話をしたのだ。

そのメモを残してあったのは、こんな日が来ると分かっていたのかいなかったのか、とにかく下書きを読んでみて、今は、頭を抱えていた。





≪ 立原さまのお宅でしょうか。

わたくし、菅原マキノと申します。立原遊くんからこちらの電話番号を聞きました。

旅館花矢倉の女将さんと板長さんからご紹介いただきまして、私の経営しているカフェでアルバイトとして仕事をしていただくことになりましたので、連絡させていただきました。


当店は、今年1月から開店したばかりの新しいカフェです。

わたくしが何者かもお分かりにならずご不安かとは思うのですが、今やっているカフェオーナー以外の肩書がございませんので、もし気になられるようでしたら当店まで様子を見に来てくださってはいかがかとも思っております。


遊君とは少し話をしました。

どのようなご事情で遊君が家を出ておられるのかは存じませんが、まだ未成年であり、高校も途中で投げ出しているとお聞きしています。

ご両親様には、さぞご心配のことと思います。本人に尋ねましたら現在ご実家に帰る意思も高校へ戻る意思も見られませんので、当面は説得を試みつつ当店でお預かりしたいと思っています。


私は花矢倉の女将と親しくさせていただいておりまして、遊君のことは女将のご厚意により、当店で仕事することになった後もご友人のカズ君の寮で同室でいてもよいという許可をいただいております。そのお礼として、家賃としていくらかを当店からの給料から支払うお約束をいたしました。


花矢倉から当店まで今はカズ君のバイクをお借りして通っていますが、まずはお友達に頼らずともよいように、自分の原付のバイクを用意してあげたいと思っています。半額は遊君が、あとの半額は当店で負担します。当面は私の名義で、保険にも入りますのでご安心ください。


当店には他に高校生のバイトさんがおりますので、同世代の子ども達と関わるうちに遊君の心が変化して、高校に行きたいとか、実家に帰りたいとか、その様な心境の変化があった時は、連絡させていただきます。

もしや、実家方面ではなくこちらの近隣の学校に行きたいという希望がありましたら、ご両親様はどのようにお考えになりますか?


今は仕事をしていただいている賃金をお渡ししていますが、旅館の寮もカズ君の仕事の事情もいつ変わるやもしれません。学校へ行き始めましたら今と同等には仕事もできないかと思います。当方が遊君が高校へ通学させることができるようならは、その学費についてはご実家からご負担いただけますでしょうか?


息子さんが手元にいない状態で、いろいろと不躾なお伺いをして申し訳ありません。わたくしはご家族が一緒に暮らすことが一番であると重々理解しているつもりです。遊君の様子を慎重に観察した上で、遊君にとってどうするのが一番良いのか、ご両親様と一緒に考えさせていただきたいと思っています。


ご両親様からのご意見は、いつでもわたくしが伺います。

先ほどお尋ねしました件のお返事、お待ちしております。

それでは、失礼いたします。 ≫




うああ・・・・・

よくぞ、こんな高飛車なことを書いたものだ。

実の親に向かって。

当時独身の、若輩者の、ひよっこの、他人の、自分が。

実際はどんなふうにしゃべったのか、あまり記憶にない。

母親との会話は、ヒステリックでもなかったし、理不尽なことは何も言わなかったと思う。高校へ行くなら学費を出す用意はあるが、その時の状況により判断させていただく・・というような返事だったと思う。


・・自分もあの時、相手の様子をうかがう余裕があまりなかったけど、・・怒っているのか悲しんでいるのか、どんな感情を受け止めたのか印象に残っていない・・。


両親のことを、遊は「話の通じない母親。無関心な父親。」と表現し、吐き捨てるように「帰らない」と言った。それがマキノの心に強いインパクトで残っていて、何らかのバリアを張っていたかもしれず、それがマキノの感受性を鈍らせていたかもしれない。


冷静になって考えたら、申し訳ないことをしたと思う。






遊が出発するにあたって、マキノは一緒にご両親のことを話し合っていた。

「遊、人それぞれに考え方というものがあるよ。ご両親もいろいろ考えてるかもよ。」

「知ってるよ。それが理解できないから困るんだ。」

「理解しなくてもいいんじゃないの?」

「ええ~?」

「話が通じないって言っても、やって来たことは事実として残ってるでしょう。ご飯を食べさせてくれて、虐待もされずに育ててもらったんだから。」

「まぁ・・そうかもしれないけど。」

「子どもの将来を考えたら、子どもの希望そのまま受け入れられないこともあるでしょ?親はまず堅実な道を歩いて欲しいと思うものだよ。」

「度が過ぎてるんだよ。オレの意志を無視する度合いがさ。」

「子どもを自分の一部と思ってる親は結構多いと思うよ。」

「なんでマキノさんがそんなことわかるんだよ。」

「んー。だって自分から産まれてくるんでしょ?」

「そりゃ・・そうだけど・・。」


「まあ一年も離れてたら、さすがに“自分の知ってる遊とちょっとちがう”ってわかるんじゃない?」

「・・・だといいけどなぁ。」

「私、思うんだ。遊のほうが親よりも大人になって、親の人格を認めてあげられるぐらいに大きくなればいいんじゃないかって。」

「あー・・。どうせまだガキですからね・・。あーいやだなー憂鬱だ。」


「作戦通り頑張ればいいよ。あれならしゃべる必要ないじゃん。」

「.・・・うん。」

「いい材料買うんだよ?」

「うん。」



マキノは自分が焼いたパウンドケーキを朝市に出すときのようにラッピングして、お土産にと持たせることにした。自分は自分でまた、何かこちらの特産か何か買って行こうかな。


遊にはああ言ったが、実の親から子どもを取り上げてしまうような・・そんな後ろめたさがマキノにはあった。


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