第24話 もうしばらく内緒で
・・・遊は、自分のことをあまり私たちに話さない。
聞けば答えてくれるので隠しているわけではないようだが、積極的に自己紹介をしたりはしない。
このカフェで仕事をするようになったのは、マキノさんが、アルバイトをしていた旅館でスカウトしてきました。って言っていたけれども、いろいろ事情があるようで、自分と同じ歳なのに高校に行っていないらしい。
現代日本社会において高校を卒業しないというのは、どうなんだろう。
義務教育じゃないから、義務じゃないとはわかっているけど、高校進学率って98%って話を聞いたことがある。そんな数字はよくわからないし、人それぞれだから、他人がとやかくいうことではないと思うけど、なんだかもったいない気もする。
遊の実家は、県外だって聞いた。
今日は、なんだか改まってるから、まじめな話をするのだろうか。実家に帰る話だろうか?・・帰るとなったら・・もう、もう会えなくなるんだろうか。こんなに急に・・。
真央が緊張しているのをよそに、マキノの声は軽かった。
「第一次懇談会を行います。では遊さん、最近の考えを述べてください。なるべく簡潔に。はいどうぞ。」
「えぇ-。まだ、まとまってないんだってば・・・」
「まとまっていなくても結構です。浮かんでいる単語だけでもよろしいので発言してください。」
「なんなんすか、その言葉遣いは・・・。」
マキノさんがニコッとして、視線を下に落とし黙ってしまった。
それからしばらく沈黙したままになった。空気が変わってきた。
さっきは遊が構えないように、わざと軽い口調にしたのだと分かった。
春樹さんは何も言わない。
遊も、真面目な顔になった。
マキノさんがもう一度、静かに言った。
「一言でもいいよ。」
「単語・・?ええと、高校は、できれば行きたい・・です。」
「うん。」
「実家に戻るのは、無理です。今は。」
真央はカウンターの中でカフェオレのカップに口をつけたまま、誰にも聞こえないようにこっそりと息を吐いた。
遊はすぐには、いなくならない・・そう思うと少なからずホッとした。
「今は?」
マキノがと、さっきの遊の言葉をくり返した。
「うん。」
遊も神妙に返事をする。
「かっこ悪いけど・・・まだ無理だと思う。逃げているっていう自覚はあるけど、帰るのは無理。」
「いずれは、帰る?」
「うーん・・・・。わからない。」
「一度は、帰る?」
「・・うん。いずれ、一度くらいは・・。」
やりたくないことをやれと言われてるみたいで、なんだか遊がかわいそうになってきた。マキノさんに追い詰められているようにも見える。
「じゃあまず、とにかく一度、実家に帰ろうか。あんまり時間ないし。」
「え・・。」
「ご両親とお話ししない事には、何もできないから。」
「・・今、オレ、帰りたくないって・・・。」
「帰らないって言ったね。わかってるよ。」
ドキドキしてきた。
遊はもっとドキドキしているに違いない。
ここまでこじれる親子関係って・・遊のご両親っていったいどんな人なんだろう。私には遊はとても優しい子に見えるし、どんなことがあったにしても、自分の親なのに。
「やるべきことの順番があるわけよ。遊が一番最初に言ったでしょ、高校に行きたいって。まずは、どこの高校に行くか決めなくちゃいけない。それで実家に帰らないとすると、ここから通える範囲の高校に行くために、住民票を持ってこなきゃダメだと思うの。」
「・・あ・・。」
「そうなると、遊とまったく無関係の花矢倉にこのまま住まわせてもらうことはできないので、男子寮にある荷物とか引き上げて来て、ここの下に住んでいただくのが一番かなと思うわけです。」
「どうする?編入試験うけてみる?」と春樹さんが言った。
「え・・いや・・。オレ、高校は行きたいとは言ったけどここの仕事やめたくない。」
「そうなの?!ありがとう!」
マキノさんがすごくいい笑顔をした。
「こらこら・・」春樹さんが少し笑いながらマキノさんを止めた。
「最初に言ったんだろう?マキノが遊の生活を背負うのはダメだって。自立してこそ対等だろ?」
「うん。そう。遊の生活は、遊の保護者に背負ってもらわないとね!」
そこからの話はなんだか声のトーンが低くなって真央のところまで届かなくなってしまった。実家に帰らないために住民票を移すってことは分かった。住民票を移したり編入のことをするために実家に帰ろうかって、マキノさんは言ったんだ。
・・・小声でひそひそとやっているのは作戦を練っているってことだろうか?マキノさんはなんか自信たっぷりの様子に見えるけど・・実家に帰ったら、そのまま連れ戻されるんじゃないのかなぁ・・。
マキノさんが遊の両親と話をして、今の状態を続けられたとしても、私にとってのタイムリミットは3月だ・・。
遊は私のことなんて、全然気にも留めていないから、軽はずみに告白とかして、気まずくなっちゃうのは・・嫌だ。・・これは、気のせいでもなんでもない。私に対して友達以上の気持ちがあるなんてことは絶対にないと、そこだけは分かってる。
今までどおり、一緒にいるだけで楽しいから、このカフェの空気を壊すことだけはしたくない。ここだけは死守、大事にしたいのだ・・。
一生会えないより、今ここで出会えたことは、よかったのかもしれないけど。
離れていくことを思うと、今から悲しくなる。
ホントにバカだな。
大好きに・・・なりすぎちゃったなぁ。
・・ああでも、私がここでいくら考えたって、どこにも誰にも届かないよ・・。
「ふーーーう。」
真央は、泣きたいのをごまかすために、大きなため息をした。




