第2話 保護者的立場
遊とは、毎日長い時間一緒に仕事をしているので、“うちの子”だという感情も生まれ身内として親身になってしまう。
本人には、プライベートと仕事してもらうこととは切り離して考える。とマキノは啖呵を切ったのだけれども、高校はもちろん、免許も取らせてやりたい。親にぶら下がる中途半端な状態じゃなく、健康保険や年金や雇用保険なんかもちゃんとしてやりたいと思う。
でもまだ、どう進むかわからない状態では対処のしようがない。
もし、何かのきっかけで高校にでも通う気になったらその間は保護者から援助してやってほしいということは母親には伝えてある。これも、もちろん本人次第。
遊が、何故家をとび出てきたのか。
これは気にならないというとウソになる。しかしあえて知りたいとも思わないし、そういう家庭のデリケートな問題に積極的に関わるつもりはない。
夕方6時過ぎ、春樹が店にやって来た。
「ただいま。」
「おかえりー。」
マキノと遊と真央ちゃんの3人の「おかえり。」の声が重なった。
この春樹がマキノのフィアンセだ。春樹は、地元の小学校の教師をしている。
マキノがこちらに引っ越してきてから、互いを意識し、理解し合い、その気持ちを半年かけて徐々に愛と呼べるものに育てて来た。
そして、忙しいさなかの先月4月の半ばに、マキノは春樹からのプロポーズ受け、それを承諾した。
春樹は、マキノの実家にすぐに挨拶をしにきてくれて、母さんと姉の万里子は突然の報告に驚きながらも祝福してくれた。そして、兄夫婦(イズミさん夫婦)もとても喜んで歓迎してくれた。
何年か前に亡くなった春樹のご両親も、一緒に喜んでくれていたらいいな・・。
マキノは、春樹とつきあいはじめてすぐから、春樹の夕食を作ることに使命を感じていて、春樹も最近は毎日通うようになっているのだが、兄夫婦や仁美さん敏ちゃんから、学校の先生が校区内で若い女性の家に入り浸っているのは外聞がよくないと口々に言われていた。
春樹は、「夜8時までの営業時間までの間に来るし、代金も払う。」と言い張り、正当なお客だと主張したが、「そういうことはどうでもよくて、本人たちの事情に関係なく生徒の保護者は絶対に気にするから。」と主婦三人組から諭され、さっさと婚姻届も出してしまって、校長やらご近所にあいさつ回りをし、正当な立場を得てしまえばいいということになった。
なんとなく慌ただしいけれども、マキノもそれについて特に異存はなかった。
今、座敷席の方は、近所で一人暮らしをしている藤間のおじさんと、そのお友達が食事をしに来てくれていて、お客様はそれだけだった。
ちょうど春樹が来る6時半ぐらいから、遊や真央ちゃんも替わりばんこに厨房の中でまかないの夕ご飯を食べる。春樹も、スタッフのように会話に混ざって厨房の中で食べたりすることもあった。
まかないは、日替わりランチのおかずの残りでもいいし、練習がてら自分で自由に作って食べてもいいし、試食を作って新しい献立の提案をするときもある。
もちろんお客様優先だから、食べている途中でも立ったり座ったりと、落ち着かない事もあるが、ごはんの時間はいつもなんとなく楽しいのだ。
今日は、春樹には日替わりメニューのチキン南蛮セットを出して、真央ちゃんはやってみたかったと言ってわざわざチキンライスを作って、その上でオムレツを割るトロッとしたオムライスの練習をしていた。マキノもその実験台というか味見役をしてくれと言われている。
「真央ちゃんってどういう方面に進もうと思ってるの?」
と、厨房の端に備え付けた机でごはんを食べていた春樹が、真央ちゃんに尋ねた。
「んー・・まだね、いろいろと迷ってるんだ。」
そう言いながら、真央ちゃんも出来上がったオムライスを持って春樹の向かい側に座って食べ始めた。
「迷うぐらいなら、いくつかは考えてる?」
「まぁね・・。英語好きだからそれを活かしたいなってのもあるし、それとは全然関係ないけど看護のほうもちょっと興味あり。」
「そうか。専門学校だと、もう受験まであまり時間がないね。」
マキノも横から口を出した。
「だいじょうぶだよ、ゆっくり考えるといいよ。オープンキャンパスも行くんでしょ?」
「うん。オーキャンっておもしろいから、未来の行くところにもついて行くの。」
「それいいね。未来ちゃんはどうなの?」
「幼児教育のほうへ進むんだって。」
「へえ。ちゃんと考えてるんだ。」
「うん。未来はずっと前から幼稚園の先生になるって言ってた。」
春樹と真央ちゃんはご飯を食べながら、しばらく進路についての話をしていた。
真央ちゃん未来ちゃんは最初、お給料半分でいいから二人でバイトに入りたいと言って一人ずつに分けてあったシフトを無視してどちらかが入るとついて来たりしていた。
しかし、最近は勉強の時間も多少はとっているようで、きっちり一人ずつになったし、バイトに入る頻度が減ってきている。
大学に進学してしまったらもう来てくれないかもしれないなぁ・・・とさみしく思いながら、横目で遊を見た。あなたも彼女たちと同じ歳だよ?将来を考えるのは今だよ?と、声をかけたくなる。
・・・が、とくに何の反応もない。
そりゃまぁ自分には関係のない話題だって思っているだろう・・。
「真央ちゃん。今日はもうヒマだから上がっていいよ。そこも置いといて。」
と食事を終えて食器を片づけはじめていた真央ちゃんに声をかけた。
「はあい。」
真央ちゃんはキリのいいところまで片付けて、エプロンをはずし帰り支度を始めた。
最近まで真央ちゃんは自転車で通って来ていたのだが、原付の免許を取ってからは、バイクで通うようになっている。
・・・遊と一度、ゆっくり話をしてみるかなぁ・・・。
「ねえ遊。」
「なんですか?」
「・・・・・。」
一度口を開き遊に声かけてしまってから、いや・・またあとにしようと考え直した。
「明日の朝までに、買い物行ける?」
「今からでもいいっすよ。」
「じゃあちょっと待ってね、明日の足りないもの、もう一度確認して書きだすから。」
マキノがささっと買い物リストを書いて、レジから千円札を何枚か出して渡した。
「ふむ・・」
とメモをひと通り見てから、遊は機嫌よく玄関を出ていく。
真央ちゃんが「一緒に帰る~。」とついて出て行った。
「気をつけて走るのよ~。」
マキノが声をかけて、原付バイク2台分の音がぶーんと遠ざかって行った。
バイクに乗りはじめたばかりの若者はフットワークが軽いので、使い勝手がよい。
真央ちゃんとの進路の話を遊も聞いてただろうから、今すぐこちらからそんな話題を出してしまえば、間違いなくバリアをはるだろう。
こちらからは焦って働きかけず、意識だけさせておけば、すこしは考えてくれるかもしれない。
今はタイミングを計るとき・・。きっかけが欲しいな。
ふむ・・と思案しつつ、マキノはカウンターへと戻った。




