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第12話  縛りつけるモノから逃げる

無事高校に入学をした。

自分で選んだ学校ではなかったにしても、入ったら入ったで、それなりに楽しくなってきた。部活もやりたかったのでバレー部に入りたいと言った。


部活に理解のない母親は何か言うだろうか?反対されるのだろうか?

いろいろ考えてみたが、母親も父親も何も言わず入部させてくれてユニフォームやバッグやシューズなどの一式を買いそろえてくれた。


物を買い与えられたからって、自分の気持ちを理解されたと信用してはいけない。

ことあるごとに、母親の本質が会話の中に見え隠れする。

「受験に有利だと聞くから仕方がない。」

「委員や部長とか、間違ってもなってはいけない。」

「忙しくなれば、やめればいい。」

「それほど強いってわけじゃないんでしょう。」


そうなんだ。

苦しい練習を仲間とともに頑張って、試合に全力を出し切って、勝っても負けても肩を抱き合って泣いたりする、あんな青くさい青春ドラマ。

ああいうのは、理解できそうもない親だ。

父親は無関心だし、母親は理解があるわけがないので、自分の気持ちを分かってもらおうと思うのは間違いだと覚悟しておかなくちゃいけない。


部活や自分の生活全部を、なるべく母親に介入させないようにするようにした。

学校の行事や、試合や、練習の日程も予定も、最低限しか母親には知らせないようにした。


そうまでして部活に打ち込めるのかといえば、逆に、自分のポジションが決まるのが怖くなってきた。チームで自分が必要とされることへの不安がモヤモヤとつきまとう。

幸い部員が多かったので、目立たないようにすれば1年の間はレギュラーにならなくて済んだ。

ポジションを得て役割を与えられて責任を課される事を思うと、自分がそれに値するのかどうか不安に襲われる。期待されても、それに応える活躍ができると思えない。期待を裏切ることになるぐらいだったら、最初からできない奴だと思われた方が、期待されない位置にいたほうがマシではないか?チームメイトからも監督からもアテにされないように。存在を薄く。目立たないように。


誰かから話しかけられるのが、だんだん怖くなってくる。悪いこともしていないのに。

自分がどうなりたいのか、決められない。

何かが足かせになっている。

それは、自分の中にあるとは、思う。


家にいると、母親から話しかけられることがわずらわしい。

自分の気持ちを母に知られたくない。

何も、つぶされたくない。

踏みにじられたくない。

でも、母親の言う通りにもなりたくない。


少しずつ心ががんじがらめになっていく。

母親が考える未来の自分を受け入れればいいのか?

いやだ。でも、今の生活を続けるしかないのか。

自分がどうありたいのか。それも良くわからない。

自分の生き方を自分で考えたいのに、母親や周りがどう思うのかが気になってしまう。

考えようとしても、自分が何か言っても、誰にも受け入れてもらえる気がしない。


母親はいつも一方的に言葉を並べる。

その度に、自分のココロが拒絶反応を起こす。

成績 態度 帰宅時間 部活 進学 就職 母親の口から、何か単語が出てくるたびに、びくついている自分が情けない。


この人は、自分を感情のある人間だと思っているのか?

この人は、いったい・・なんのために自分を育ててきたのか?

そして、何故、自分はこの家で、逆らうこともせずに過ごしているのか。



本当はやりたいことはあった。もっとバレーボールもやりたかった。


「サボんなよ。」

「やればできるのにさ。」

バレー部の連中に笑顔で話しかけられても、監督に叱られても、ヘラヘラとと作り笑いをするしかない。

それが、つらい。


学校もきらいではなかったのに、行くのが辛くなってきた。

常に、いつも、モヤモヤしたものを抱えて、学校からも部活からも逃げることもできない。


今は普通のヤル気なさげな高校生の仮面をかぶって、必死に演じて、自分自身が作り上げてきた場所にしがみついている。


あぁ・・・疲れた。

・・・もう限界だ。

もうすぐインターハイもある。それが終われば3年がやめて行ってメンバーが入れ替わる。監督からしっかりやれと言われるだろう。「やればできる。」と言われるだろう。

今のようなふわふわした立場ではいられなくなる。

どこにも・・・どこにも逃げ場がなくなってきた。




― ― ― ― ― ― ― ―



6月。

インターハイの県大会が終わって三年の先輩たちは引退して行くことになった。

後を引き継ぐ二年生に、責任がずしりとのしかかってくる。

自分は、部長や役職をするようなキャラではないが、それでも二年と言うだけで戦力として数えられてしまう時が来てしまった。

部活・・辞めるしかないか。

自分でも無気力になっていて、どこにも居場所がなくて、自分の部屋から一歩出ると、家にもいられなくて、フラフラと学校へと向かった。


何気なくスマートフォンのタイムラインになつかしい名前を見つけた。中学を卒業してすぐに県外で料理の修行をすることになった同級生のカズだ。今、帰郷しているという。

カズとは仲良かった。明るくて単純ないいやつだ。

中学の時仲良くしていた仲間も集まると、メッセージが飛びかっていた。


・・オレも行こうかな。

その日、学校すらサボりたかったが、かろうじて授業だけは受けて、他のバレー部員に見つからないように昇降口をすり抜け、部活をさぼって数の家に遊びに行った。


カズの話しはおもしろかった。

職場では、仕事がすごく忙しくて誰もが泊まり込みで働いていて、給料は少ないが3食食べられて大きな旅館の大浴場に入れたり、女っ気はないが男子寮で騒ぐ様子や、オヤジさんと呼んでいる板長さんへの尊敬もあって、カズの目はキラキラと輝いて見えた。


板場という職業が気に入っているのか、カズはなんの陰りも妨げもなく、自分を伸ばそう伸ばそうとしていた。

自分の仕事に対する誇りみたいなものが純粋に感じられて、うらやましかった。


「そういうのいいな。オレも行きたいよ。」

思わずそんなため息が出た。

「大勢のバイトが寝泊まりしているんだよ。本気で行きたいなら入れてくれるんじゃないかな。」

カズが言った。


うらやましい。

自由なのがうらやましい。

家の外に出ても生きていけるすべがあることを知った。

家にいても学校にいても部活に入ってても、何をしていても窮屈だ。

いったい誰のせいだ。

家を・・・出たい。

出たい!!

この呪縛から逃れたい。


その日、遊は、親にカズの家に泊まると連絡を入れて、翌日は、学校をさぼった。


カズが帰郷している1週間のあいだずっと、遊は学校を休んで毎日入り浸った。

母親は遊が学校を休んでいることを知って、カズを批難した。


「あなた、いったい何をやってるの。カズって子のせい?そんな子とはつきあいをやめなさい。」


遊は、握りこぶしで壁をドンっと殴った。

「カズのせいじゃない。これが本来のオレだ。」

自分でもびっくりするぐらい、母親が憎いと思った。


遊の乱暴な言動に、母親は黙ってしまった。

母親の目の前で、財布から3万円を抜いて、自分が持っていた小遣いと、着替えをいくつかバッグに詰め込んだ。

おびえた目をした母親が自分を見ている。

玄関で靴を履いた。


「どこへいくのっ!」

母親が叫んだ。

「ほっといてくれ!!おまえなんかっ・・!」

母親に罵声を浴びせて、振り切るように家を出た。


おまえなんかっ・・、きらいだ! きらいだ! 大きらいだ!!


・・心の中で叫んだが、それは声にはならなかった。



カズの家まで行き、母親から逃げてきたことを白状した。

「おまえが来たいんなら、一緒に来る?」


カズは、あまり物事を深刻に考えないんだ。

だから一緒にいるのが楽だ。

カズの職場に、本気で就職させてもらおうなんて思ったわけではなかった。

忙しいのなら、アルバイトとして雇ってもらえるかもしれないという程度の期待はあった。

カズと同い年なんだから、自分だって仕事をしたいといえば、何とかなりそうな気はした。


「なぁ、遊、帰る電車賃は、あるの?」


お気楽な性格のカズもさすがに自分一人で決められる事とは思っていないようで、追い返されたときの事を考えたのだろう。


「あるよ。」

遊は笑った。


カズに、自分のことで責任を負ってもらうつもりはさらさらない。

ダメだったら、そこを出ていけばいいだけのことだ。


出発の時、小雨が降ってきた。

幸先はよくない。

なけなしのカネで、合羽を買って着込んだ。


「この天気だから、スピード出せないし、時間かかるよ。」

「オレなら大丈夫だよ。運転しにくいか?悪いな。」

「いや。コイツパワーあるから平気だよ。安全運転するけどな。」


カズの400ccのバイクが、走り出した。


遊は、カズの後ろに乗って、県外へ。


母親の手の届かないところまで、逃げた。

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