第103話 ワークショップ
ヒロトが朝市工房から退去してからあまり時間をおかずに、マキノは第1回目のワークショップをルポカフェで開催することにした。
せっかく親しくなったのに、このままおばちゃんたちの意識が離れていってしまうことが寂しく思えたのもあるし、今後の仕事の増加により労働力の確保のため朝市メンバーを取り込みたいという魂胆も無きにしも非ず。
その際に、毎度毎度コーヒーの淹れ方から指導する手間すら省けるかもという期待にならない期待もあったり。
マキノの甘い考えを敏ちゃんはしっかり見抜いていて、そしてしっかりとくぎを刺してくる。
「ルポで仕事する気のない人もワークショップには参加してくる場合もあるからね。全員を取り込む必要はないから。不慣れな人が道具を扱うと破損したりもするんだよ?・・私だったらびしっと弁償してもらうけど。マキノちゃんはすぐいいよーって、言っちゃうでしょうが。ダメなのよ?そういうのは。だからしっかりと参加費用は徴収するように。」
・・・敏ちゃんって、なんてしっかりしているんでしょう。
「費用は1000円ぐらいって言ってたかな・・じゃあ、お土産とランチもつけてもいい?」
「とんでもない!!何てこと言うの。大赤字出すじゃないの。」
「ええと・・ええと・・・簡単なのにするから。」
「ランチだけでも1000円するのに!!それはね。普段ランチ食べに来てくれているお客さんに失礼でしょ。なんでこう、原価計算すらできないのかなぁ。サイフォンとドリップの実技でドリンクを2杯でしょ。それにケーキつけて1000円で充分な話。だけど、どうしてもって言うなら小さいお土産はありでも許します。」
「えー・・。」
「ランチ食べたい人は実費です。」
「将来仕事してくれるかもしれないのに・・。」
「それはいいけど、一般の人に安い値段が浸透したらダメでしょ。くせになるよ。」
「ぁあん・・・。」
「誰にもオマケ・・してはいけません。」
「ぅ・・・。」
「・・あーもう、信用できないな。水曜日私も行くわ。」
「はぃ・・。」
翌週の水曜日10時には、乃木坂さんと小百合さんを含む、見たことのある顔ぶれのおばちゃん達が8名集まった。定休日なので貸切利用だ。
あらかじめランチの要望を聞くと、全員が実費をプラスで食べたいとのことだった。敏ちゃんに言わせると、それがワークショップをする目的というものだよと、鼻息が荒い。
「みなさん、おはようございます。カフェ・ル・ルポのワークショップに参加いただきありがとうございます。みなさんからコーヒーの淹れ方を教えて欲しいという要望をお聞きしましたので、当店でできる事ならとお引き受けさせていただきました。これは要望ではなかったのですが、クッキーも自分で手づくりしていただいて、コーヒーと一緒に楽しんでいただこうということになりました。一緒に勉強しましょう。」
マキノが簡単なあいさつをして、講習会が始まった。
「では、さっそく作業にかかりましょう。手を洗ってアルコールで消毒して、まずはクッキー作りから。材料を4人分ずつ2テーブルに用意したので、確認してください。ボウルに入れてあるバターにお砂糖の半量を入れてスパチュラ・・ゴムベラですりまぜてください。」
お店の座敷は畳の部屋なので少しやりにくそうだが、おばちゃん達はワイワイとおしゃべりしながら作業を開始した。
クッキーの生地はプレーンとココアの2種類にして、抜型をいくつか用意してある。それぞれの好みの形に成形して、各自の作品をクッキングペーパーに並べてもらう。大きさによるが、ひとりにつき10枚位の予定だ。
「できるだけすばやくさっくりと混ぜて、さっと型抜きしてね。フリーハンドでもいいけど、いつまでもこねこねしていると小麦粉に粘り気が出てきて固くなってしまうし、手の温度でバターが溶けちゃって、どんどんおいしくなくなりますよ。あと、厚みを均一にしないと、薄いところが焦げて厚いところが生焼けになるので気をつけてね。ほらここ、せっかくの形だけどそっと押してもう少し厚みを均一にね。」
適当にアドバイスを入れつつ、できた人から予熱してあるオーブンに入れていく。
家庭でもできるような基本的なクッキーだから、やったことのある人ももちろんいるし、手早い人も多い。 1枚の天板には2人分が乗るので、2段で4人分ずつ焼くことができる。15分ぐらいで焼きあがるので、それほど待つ必要もない。焼き具合を見ながら、時間差を利用して作業の終わった人から店のカウンターの中に二人ずつ入ってもらって、サイフォンを使って、全員に淹れ方を体験してもらう。敏ちゃんがサイフォンの使い方を教え始めた。
「コーヒーと一緒に食べていただくつもりですけど、しっかり冷めたほうがおいしいですよ。お土産にしていただいてもいいし。」
全員がサイフォンの講習を終えると、12時を少し過ぎて、ちょうどランチの時間になった。
今日は、ヒロトにランチを頼んである。ヒロトを応援してくれているおばちゃんもいるんだから、ちょうどいいし。
クッキーとサイフォン体験が終わってランチを食べて、食事の後のコーヒーは、普段ルポカフェではやらないドリップでしてもらうようにした。もっと余裕があればラテアートもしてみようかと思っていたが、1時終了の予定だったのでそれほどの余裕はなさそうだった。お店も閉まっているし、やってもいいのだけれど「余分な事はしてはダメ。」と敏ちゃんが目を光らせているのだ。
「皆さん、自分のクッキーはお配りした袋に入れて持ち帰ってくださいね。今日のところはこれで終了ですが、これからは皆さんのアイディアも聞かせてもらって、時々集まってコーヒーやお料理に限らず、手芸やクラフトとか、お互いが教え合って何か作ったりお勉強会をしたら楽しいかなって思っています。ご満足いただけましたか?」
「とっても楽しかったよ。またこういうのやってね。」
「クッキーは家でやったことあったけど、うまくいかなかった理由が分かったわ。」
「押し花をする人がいるけど、そういう企画をしてもらえたらいいよね。」
「それならクラフトのかごを編む人もいるのよ。」
「あと、今日はカフェのお休みの日なので、この座敷で行いましたが、今後は下のお部屋ですることになると思いますので、ご了承ください。」
「そのほうが、気楽でいいかもしれないわね。」
「ワークショップは内容によってかかる費用が違うから今すぐお値段も言えないけど、ランチ付きで2000~3000円の範囲でできるようにしたいなと思っています。・・・という事で、本日のワークショップはこれをもちまして終了です。おしゃべりしたい方は、片づけする間ゆっくり座ってくださってていいですよ~。」
「はい、ありがとう。」
「私たち、おしゃべりがメインですもんね。」
参加者の皆さんは口々に感想をいいながらも、満足した様子だった。
今後、誰がお手伝いに入ってくれるのか、この場で聞きたいのはやまやまだったが、それはもう乃木坂さんにお任せしてしまおうと黙っていた。すると、終始控えめにしていた乃木坂さんが、耳打ちをしに来た。
「この中の全員じゃないけど、ここで仕事したい人もいるから、マキノちゃんが手伝ってって言う時、派遣できるから言ってね。でも、みたらしの仕事もしてもらわないといけないから、誰が行くとかの調整はうちで再配したいのだけど。」
「了解しました。人事のことを心配しなくてよいならすごくありがたいですよ。今日の方たちも皆さん明るくていいですね。」
参加者の皆さんが、次のワークショップを口にしていたが、実は、マキノは、今後の為にひそかにラテアートの練習もしていた。今のお店にはエスプレッソマシンもないのだが、かわりにコーヒーを濃いめに淹れてココアパウダーをふる。ミルクフォーマーは、普通は水蒸気で泡立てるのだが、家でも手軽にするため、100均ショップで買った回転式のミルクフォーマーでミルクを泡立てる。まるでおもちゃのようだ。
水曜日以外に、ワークショップをするなら、下の部屋になるけれど、遊とヒロトが持ち込んでいた家財が無くなって、丁度がらんとしたところだったので、畳の上には絨毯を引いて、その上にイスとテーブルを置くことにした。
いちいち座り込まなくてもいいので、そのほうが作業はやりやすいだろうし、くつろぎたかったら畳だから座り込むこともできる。
片付けが終わった後、こっそり用意していたラテをやって敏ちゃんに見せた。
カップの中に、ネコちゃんがいる。
「マキノちゃん。それ、可愛いね。」
「がんばったのですよ実は。まだまだ素人の域だけど。お店のメニューにしたいな。」
敏ちゃんは褒めてくれたが、人様に教えるとなると、ある程度は習熟していないと申し訳ないし、今後カフェでするとなるといいかげんなものはできないので、マシンを購入しないといけない。
でも、女子は、可愛いものが大好きなのだ。
「また、することが増えるね。」
「・・・。」
敏ちゃんの見解は、いつも、わりと、シビアだった。
― ― ― ― ―
「ねえねえ春樹さん。これどう?」
「はいはい。かわいいかわいい。」
最近、マキノは、家でも毎日ラテアートの練習をしていた。
お店ではマシンを買うことになってしまったが、マキノはどこの家庭でも簡単にできるように、100円ショップの道具でもまともな物を作りたいのだ。それをワークショップにもできるから。
テーブルの上に小型の電磁調理器をのせて、ミルクパンで牛乳を70℃まで温める。
インスタントコーヒーを濃いめに入れて、少量のお湯に溶く。そして、100均ショップのミルクフォーマーで温めた牛乳を泡立てる。コーヒーの上からミルクを注ぐとカフェオレになり、最後に泡がふあふあと白い模様を描く。
ミルクジャグをゆらゆらと動かすと、リーフになったりハートになったりするわけだ。
マキノは雪だるまと猫までは描けたが、そこからなかなか進まなかった。
春樹はその練習に付き合って、このところ毎日カプチーノばかり飲まされていて、今日の作品は、ドルフィンっぽいものになっていた。
そこそこ可愛いし、こんなのが出てきたら若い女の子は喜ぶだろうと思われる。
「ミルク入りのも嫌いじゃないよ?嫌いじゃないけど、オレどっちかというとブラックがいいんだよな。たまにはいいと思うけど、毎日はちょっとさ・・・。これいつまでやるの?」
「・・だってー、やり方がいっぱいあるんだもん。全部試したいでしょ?カプチーノ淹れる限りは無駄にするのってイヤだし。」
「わかってるけどさー。マキノって、やりかけると意地になっちゃうんだからさ・・。」
「わかったってばー。もうお店でやるよ。」
「あっそうだ・・・。春樹さん!」
「なに?」
「ゴールデンウィークに、ツーリングしようよ。」
「ツーリング?バイクで?」
「ツーリングって言ったらバイクでしょう。」
「2台で?日帰りかい?マキノは長距離でも体力のほうは大丈夫?」
「うん。たぶん大丈夫。日帰りのほうがいい。今年もまた桜の時期が終わっちゃって、お花見できなかったでしょう?そのかわりに。お隣の県まで、うなぎ食べにいこうよ。」
「うなぎか。いいね。」
4月は、ワークショップの開始と、工房と美緒の引っ越しもあって,目まぐるしく過ぎて行った。
世間は温かくなって、桜は咲いてそして散り、お客様が増え、カフェは毎日活気にあふれていた。




