表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

第6話

「やっぱりこうなるかい」


「予想通りであり、予想以上でもありましたね」


 ティンガたちが去ってから、しばらく。二人は動くことができなかった。

 

 予想通りの反応を示したティンガ、そして予想以上だったのはシンバに対する彼の苛烈ともいえる反応。


「あんたも良い性格をしてるね」


「申し訳ありませんアウロ様、ティンガがお見苦しいところを……」


 オッザはもちろん知っていた。ティンガがこうするであろうことは。知っていて彼に頼んだのだから。 


「何を言うんだい。あれでよかったんだろう?」


「はい」


 ティンガを呼んだというオッザの言葉から、こうなることはある程度予想していたアウロ。

 

 この村で人間が生きていこうとすれば、ティンガを筆頭に人間を嫌うものたちが必ず出てくる。

 

 これはいわば通過儀礼。シンバがこの村の一員になるために必要なこと。それに、


「シンバさんが生きていくには、彼の協力が必要ですからね」


 小さな子供が人に頼らず生きていけるほど、この世界は甘くない。

 

 シンバは生きるすべを知る必要がある。だからオッザは狩人であるティンガに、シンバを預けることがもっとも良いと思った。

 

 結果だけを見れば、ティンガの言質を取ることができた。それに、彼のシンバに対する恫喝まがいの反応を見て、幼いシンバに同情的な目を向ける住人も少なくない。

 

 ……ティンガの顔がある意味では役に立ったとも言えるだろう。


「なんだかんだ言っても狩人としては腕が良いからね……あれでもう少し臆病なのを何とかしたら」


 ティンガに薬となる材料の摂取を頼んでいるアウロは、彼の狩人としての腕を信用している。


 臆病であるということは、それだけ彼が自分の力量を知っているということでもあるのだ。


 そんな彼だからこそ、人間という異分子にああまで激しく反応したのだろう。   


「……まぁ、仕方がないことではあるんだろうよ」


 過去に起きた事件には、まだ小さかった彼の娘も関わった。その原因が再び現れたのだ。彼の言うこともまったくわからないとはいえない。


(まぁこれで小僧はやっていけるだろう。後はティンガとオッザに任せるとしようかね)


 豪快な責任放棄もあったものだ。丸投げともいう。

 

 アウロは肩の荷が下りたとばかりに伸びをし、自分の寝床へ帰ろうとする。


「さて、オッザ。ワシはそろそろ――」


 振り向き、固まるアウロ。


「……オッザ。小僧はどこだい」



 場所は移り、ティンガ、ウィキの住む家。ここは、この村唯一の酒場でもある『一本角』。


 村の位置口近くに構えたこの酒場は、夜になれば仕事を終えた村の男たちであふれる。


 まだ、日のあるこんな明るい時間でも、店内には客の談笑する声が響く。


 ……最も今はその声に、小さな女の子の泣き声と、野太いおっさんの声が混ざっているが。


「あ゛~、う゛あぁぁぁあ~」


「ああ、泣き止んでくれよウィキ」


 いつまでも甲高く泣き叫ぶ愛娘を、あやし続けるティンガ。彼の顔は青あざだらけになっている。


 ちょっとでも近づけば、幼子がするように、いやいやと手を振り回すウィキ。もっともウィキの怪力で加減抜きで振るわれるそれは、そんなかわいいものではないが。


「ここまで聞こえてきたわよ。相変わらずバカみたいにでかい声ね」


 カウンターの中からあきれた声を出しているのは、ウィキの母親であるヴィルマである。ウィキと同じ茶髪を肩まで伸ばし、頭には鋭く尖った角が一本、薄くカールのかかった髪の真ん中から飛び出ている。


 『巨きもの』特有の豊満な体つきをし、匂い立つような色香を振りまく。子を産み育てた母でありながら、今なお彼女に日がな愛を語る男は絶えない。


 あるいは、ウィキに対する母としての姿を見たからこそ、彼女を求める男が多いともいえるか。 


「ヴィルマ~」


「マ゛マ゛~……うあ゛ぁぁぁあ~」


 情けない声を出す亭主と、愛らしい顔を涙で染める、いとしい娘。二人を「しょうがないわね」と眺める彼女の姿に、周囲の客は思わず魅入った。


「かわいそうにねウィキ。ひどい父親ね~……本当に」



「ウィ、ウィキ、俺は何もお前が憎くてあんなことを――」


「じらない、あっぢいっで。だいぎらい。ババなんていらない。じーぢゃんがいい」


 泣き叫んでいたウィキは、ヴィルマの胸に顔をうずめ、くぐもった声を上げる。当然ティンガの方へは目すら向けない。


 たまらず、自分とは違う意味で頼りになるヴィルマにティンガは助け舟を求める。


「ヴィルマ~」


「そうねウィキ。けど大丈夫よ。実はね、あんたのパパはこんな男じゃないから」


「ヴィ、ヴィルマさん?!」


 もっとも、出されたのは船は船でも、ドロドロの泥舟であったが。


 ……ドロドロしすぎて危うく家庭崩壊の危機である。 


「子供相手にみっともない真似をして、その挙句にアウロさんに怒られてひ~こら逃げて帰ってくるような、そんな情けない男を亭主に持った覚えはないわね。ね~ウィキ。ウィキもやさしいパパのほうが良いよね~」


 おそらくは客の誰かが伝えたのだろう。ことのあらましをヴィルマはすでに知っていた。


 ヴィルマの先ほどの言葉にうろたえていたティンガは、しかし、自分の妻の言葉を信じられない思いで聞いた。


「……ただの子供じゃない。人間だぞ」


「それがどうしたの? 別に魔物じゃあるまいし」


 ウィキをあやしながら、ティンガに真正面から向き合うヴィルマ。顔を厳しいものにするティンガに対し、ヴィルマは余裕を持って接する。彼女は器に入った飲み物を「はい、お水」と言って、ティンガに渡した。それを一気に飲み干し、彼は告げる。


「忘れたのか?あいつらがこの村で何をしたか?」



 人間は多種族を、人間ではないものという蔑称をこめて『亜人』と呼ぶ。多種族たちはそんな彼らに迫害され、いつしかそれは大きな溝となり、何百年経とうが今なお、埋まることはない。


 現に、大陸の両端には人間を主とする国と、多種族を主とする国とで何年も戦乱が続いている。


 今、この村が平穏なのは、いわば戦乱が小休止に入ったためである。長く続いた戦いにより両国は疲弊し、休戦条約を結んだ。いつ破られるともわからぬ、空手形に近いものではあるが。


 3年ほど前、この村は多種族と人間が共存する、この時代には珍しい場所であった。


 村長であるオッザは人間たちに『亜人』という言葉を禁じ、戦時であっても、多種族と人間での諍いを慎むよう言及した。


 住人たちは皆オッザの考えに賛同した。ティンガも人間を兄弟と呼び、酒を交わす日もあった。


 そんなある日、彼らの村に商人を名乗る男がやってきた。この村の住人たちと同じように、人間と多種族とが混合した商団。ゆえに住人たちは特に警戒せず彼らを招き入れた。



 ――結果、3人が死んだ。いずれも多種族のものたちが。


 

 村の住人が持っていた、アウロ手製の多種多様の魔法薬。既存のものより効果の高いそれらが、破格の値段で売られているのを知った商人たちは、当然譲り受けたいと言った。


 アウロはこれを断った。


 自分の作る薬は、あくまで村の、本来なら診断すら受けられない、貧しい住人たちのものであると言って。


 当時から人間に対していい感情を抱いていなかったアウロ。それでも人間たちとの共存をうたう村人たちの意思を尊重し、やわらかく、しかし確かな拒絶を示した。


 そんなアウロをみて、一度はあきらめた商人。しかし目の前には、逃すには惜しい金貨の山が転がっている。いつしか彼の目には、アウロたちの姿が、自分の商売を邪魔する亜人に見えてきた。


 妄執に取りつかれた商人は、アウロから薬を買うことを止め、別の手を講じることにした。薬の完成品を買うことは難しい、ならばせめてその原材料を……と。


 アウロの薬の秘密が、材料にあると勘違いした商人は、すぐに村に住む人間たち。彼らに協力を頼んだ。

 

『聖都の人間たちの生活は、こことは比べ物になりませんよ』


『私たちは女神に最も愛された子供たち』


『彼らは女神の子ではありません。見てみなさい、彼らの異形な姿を』


『価値あるものは、価値ある人間のものです。そうでしょう?』


 聞こえのいい美辞麗句を並べ立てる商人。その中にそっと忍び込ませた悪意が、村の人間たちを黒く染めていった。そして――


『あなたたちなら、知っているでしょう? あの薬の材料が何処にあるか……』



――3年前


『どういうことだい……これは!!』


 急患が出たと知らせが入り、村にやってきたアウロは、信じられない思いで叫んだ。村長の家の床に寝かされている、何人もの患者たち。皆一様に、体のいたるところから出血していた。背中から剣で切られたもの、何かで殴られ頭から出血するもの、そして……目を開けたまま、既にこと切れているもの。


『……父ちゃん? ……いやぁぁぁあ!』


『アウロ様、助けてください! 娘が……娘が動かないんです!』


『母さん、しっかりして! 大丈夫よ、アウロ様が来てくれたから! だからお願い!頑張って!!』


 阿鼻叫喚の中、アウロは腹にまいた布きれを赤く染めながら、横になっているオッザを見つけた。


『村長! 何があったんだい!!』


『……人間です……例の商人達に、やられました……』


 愕然。しかし止まっているわけにはいかない。今も治療の必要なものは、次々と運び込まれている。アウロはこの現実から目をそらすわけには、いかない。


『あいつらは? まだ村にいるのかい?!』


『いいえ、アウロ様が来られる少し前に、逃げるように村から去っていきました』


 既に敵は遠く離れていった。その事実がアウロを苛立たせる。もう少し、もう少し早く村に向かっていれば、と。


『ウィキ! お願い目を開けて! ……ウィキ!』


 ヴィルマの胸に抱かれ、ぐったりとしているウィキ。近くには目を虚ろにし、その様子をじっと眺めているティンガがいる。


 猶予はない。アウロは詠唱を始める。展開される、床一面を覆う魔法陣。女神に望むのは癒しの力、捧げるのはアウロ自身の魔力。


『女神よ、我が祈りを聞き届けよ。癒しの奇跡を今ここに――』


 この場にいる全てのもの達が、淡い光に包まれていく。アウロはそれを見届けると、近くにいた無事な青年に向かい、頼む。


『傷はふさがった!あとは薬がいる……私の家に生えている薬草、みんな取ってきておくれ!』


 青年は頷くと、急いで山に向け駆けていく。


 しかし、一刻も立たないうちに村長の家に戻ってきた青年の手には、何も握られていなかった。


『ありません! 全部なくなっていました!』


 泣きながら、息も絶え絶えな青年は叫んだ。


 青年の言葉が信じられないアウロ。あそこには向こう数年単位で栽培した薬草が、所狭しと並んでいたはずだ。


『そんな馬鹿な…………待ちな……人間たちはどこだい! この村の人間は!!』


『そういえば……朝から見かけていません』


 アウロの胸中によぎる、最悪の展開。恐らくそれは外れていないだろう。アウロは歯をギシリと鳴らすと、未だ呆然としているティンガの首根っこをつかむ。


『ティンガ! ぼけっとしてないで山に自生している薬草を採取してきな! 他に動ける奴らも手伝っておくれ!』



 日は沈み、あたりを暗く染める。アウロは少ない薬草に、多くの魔力を付与して造血、麻酔、回復効果のある薬を作った。今、アウロの周りには穏やかな寝息を立てるウィキと、そのそばを決して離れなかったヴィルマがいる。

 

 アウロはゆっくりとその場から離れ、外に出た。疲れた顔をするアウロ。しかし何時間も酷使した体からは、今なお活力がめぐる。それは、この事態を引き起こした商人に対する怒りゆえか。


『アウロ様! 森にこいつらが隠れていました!』


 そんな時、ティンガがやってきた。彼の手には人間の、この村の住人であり、かつてティンガが兄弟とまで呼んだ男の姿があった。後方には何人ものこの村のもの達が、同じように人間を連れて歩いてくる。


 アウロの前にひざまづかされる、人間たち。そんな中、ティンガに連れられてきた男が、アウロに向けて叫んだ。


『アウロ様、違うのです聞いてください! 私たちはあの商人に騙され――』


 だがその叫びが終わる前に、アウロは人間たちに向けて風の刃を放った。研ぎ澄まされたそれらは、人間たちの顔のそばを抜け、地面に大きく切り傷を刻んだ。


『……命はとらないであげるよ。失せな……二度と帰ってくるんじゃないよ……』


 アウロの顔は、闇に覆われたかのごとく、覗うことはできない。震える指先はその心情を表すかのごとく、いつまでも震えていた。



――そして、現在


「アウロ様がいたからウィキは助かった。だから俺はアウロ様の頼み通り、狩りの仕方だろうが何だろうが、あの人間相手だろうが教えてやるさ」


 ティンガはヴィルマに出された器の中身を飲みほす。思い出してしまった、苦い過去を、飲み干すように。


「けどウィキの事は別だ」


 テーブルの上に並べられた料理が、ティンガが器を力強くおいて、一瞬宙に舞う。だがこっくり、こっくりとその頭が徐々に舟をこぎだす。


「……人間がウィキの近くにいると思っただけで、血が沸騰しそうになった」


 半開きの瞳が、段々と下がる。


「……アウロ様は、口ではあんな風におっしゃるが、お優しいお方だ」


 首は前後左右に揺れ、今にも倒れそうになる。


「……あの人間が本性をみせたら、俺は迷うことなくあいつの眉間に矢を射る。そのあとでアウロ様に殺されたとしても~~」


 最後に物騒なことを言い残し、ティンガは突っ伏し動かなくなった。


 酔っ払い特有の、前後のつながりのない、呻くような言葉の数々。器に注がれていたのは、ヴィルマの酒場で最も強い種類。酒豪を気取っているティンガにも飲み干せない酒は、ヴィルマの狙い通り彼をつぶしてみせた。

 

 ヴィルマはティンガが眠ったのを確認すると、男性客にお願いし、彼を店の奥に運んでもらった。その顔は亭主にというよりは、出来の悪い息子に向ける母の顔であった。


「はぁ、かわいそうなウィキ。あんな臆病者が父親なせいで、せっかくの友達にも嫌われちゃったかもね」


 つぶやいた言葉は、ヴィルマの艶のある長い足を抱えて離さない、ウィキに向けたもの。ウィキはヴィルマの言葉を聞き、顔をゆがませる。


「……うあ゛ぁぁぁあ~! じ~ぢゃん~! やだ~!」


 再び泣き始め、ヴィルマの足をその怪力で抱き付くウィキ。ウィキと同じ『巨きもの』であるヴィルマにしてみれば、娘の抱擁などマッサージと同じである。

 

「ふふ、もう泣かないのよ。なんかそれじゃ爺ちゃんて呼んでるみたいよ?」


 ヴィルマにとっては、娘が泣いている姿も愛おしくてたまらないのだろう。優しく、優しくウィキの髪を指ですいていく。

 その時、来客を告げるベルがカランカランと音をたてて鳴り響いた。


「……あら?……いらっしゃい、お一人ですか?」


 そこには――

どうです!ここまで主人公の活躍しない話も、なかなか無いでしょう!


……すみませんもう少し、もう少しで活躍するようになりますから


やっぱり最初のほう、短くするべきだったかな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ