第5話
「さあ、ここが今日からあなたの住む家になります」
オッザに連れられてシンバとアウロ、そして何故か頭を痛そうに抑えて、村長の家の前で待っていたウィキがやってきたのは、小さな一軒家であった。
この村はアウロの隠れ家に続く山道を中心に、四角く、広がるようにして囲いがしてある。村長の家はその中心にあり、この家はそこからずっと端、村の隅の隅に位置する。
木を組むようにして建てられたそれは、少なくともアウロのボロ屋に比べて、ずっとまともな作りをしていた。
「……すむ」
「よかったね小僧。とりあえずこれで屋根の心配はなくなった……よ……」
アウロの声が徐々に小さくなる。
家を見上げているシンバの後ろには、ウィキがべったりと引っ付いていた。シンバがこの村に住むとアウロに教えられてから、ずっとこの調子である。
「シーちゃんといっしょ~……へへ~……『シーちゃん、こっちだよ~』、『まってよ~、ウィキちゃ~ん』、あはは、うふふ……」
足を地面にずるずると引きずりながら、シンバにここまで背負われてきたウィキ。おそらく、どうやってここまで来たかもわかっていない。どれだけ友情に飢えていたのだろうか。
アウロはそんなウィキを頬を引き攣らせながら見ていた。そして目をそらし、この場にウィキはいないものとして、オッザと相談を続けることにした。
「あとは日々の糧をどうするかだね……」
生きていくには食料がいる。しかも、シンバはあの見た目でかなりの量を食べる。昨夜のシンバの食べっぷりを思い出すアウロ。今更ながらシンバ一人で生きていけるのか心配になってきた。
そんなアウロの真っ当な心配は置いておき、オッザは既に解決案を用意しておいたのか、その猫目をきらりと光らせた。
「それについてはティンガを呼んでおきました。間もなく来るでしょう」
「えっ? パパが来るの?」
オッザの言葉にやっと反応を示すウィキ。その時聞こえてきたのは、野太い、その割に妙に愛嬌のある男性の声。
「お~い! 村長~! どこだ~!」
人を呼んでいるというより、叫ぶように声を張り上げて向かってきているのは、ウィキの父親であるティンガであった。
日に焼けた顔で、笑っている様は、盗賊の頭を張っていてもおかしくないほど、怖い。実に。
「パパ~! こっちだよ~!」
「わかった~! すぐいくぞ~!」
本人は笑っているつもりなのだろうが、近くにいた女性が小さく悲鳴を上げた。その姿で小さな子供が親を見つけた時のように、嬉しそうに駆けてくるのは、もはや何かの喜劇のようである。
「おお! 何処のかわいい女の子かと思えば、うちの愛娘じゃないか! ……アウロ様! お元気そうで! やっぱり貴き――」
「おやティンガ、相変わらず威勢がいいねぇ。今日は街道には行かないのかい?」
ティンガはこの時になって思い出した。『人に面倒を押し付けて逃げやがったなこの野郎』というアウロの声ならぬ声が聞こえてきそうである。
「……いやそれは、ですねあの、ですね」
しどろもどろに何かを言おうとするが、言葉にならないティンガ。たまらずオッザに助け舟を出してもらった。
「ティンガ。実はアウロ様から直々の頼み事を承りまして。しかし私では力が及ばず、代わりにあなたをよんだ次第なのです」
本日二度目の稲妻が轟く。やはり親子なのだろう、芸風が非常によく似ている。本人たちにそのつもりはないが。
「アウロ様の頼み事を、俺にですかい? ……~~~」
オッザの言葉を聞き、わなわなと震えだすティンガ。彼は今、感動に打ち震えている。
アウロは村長であるオッザ以上にこの村で尊重されている。理由はアウロの作る薬。
アウロが調合する薬には、治癒の魔法が付与されている。そんなもの、本来この村の住人達の懐では手が出せない。しかし、アウロはそれを格安で、時には無償に近い形で村の住人達に薬を渡している。
実際のところ材料費だけで言えば銅貨5枚、一般的な食事3回分の値段。だが実際に他で売られている薬の値段は、その百倍はする。それらは主に有力階級の人間が、いざという時の備えとして買い求める。そしてそのいざという時を一向に迎えぬまま、それらは棚の肥やしと相成る。
そのため、アウロをある種の神聖視するものは後を絶たない。ティンガもその一人であった。
いつから泣いていたのだろう。彼はその涙をぬぐい、地面を力強く踏みしる。そして、何かを決意した男の、いや『漢』の顔でアウロに言い放った。
「……っわかりました! 喜んでやらせていただきますとも! えぇ、そりゃもう何でもおっしゃってくだせい! 狩りから採取まで何でもこなす、このティンガ! 他ならぬアウロ様のためならば――」
「あなたには、この子に狩りを教えてあげてもらいたいのです」
「――たとえ火の中水の中! 女房子供に泣いて止められようと、『あんた、いかないでおくれよ』、『ええい、止めてくれるなマイハニー! ここで立たなきゃ男がすたる』、『父ちゃ~ん』てなもんで! どんな危険が待っていようとこの鍛え抜かれた弓の腕で――」
「聞いてないね」
「後、ママは多分止めないよ『どうせしっぽ巻いて帰ってくるわよ、あの根性なしは』って言うと思う」
「……まい、はに?」
「襲い掛かる大群に、挑むはたった一人の男! その名は勇者ティンガ! 目にも留まらぬ早打ちに、バッタバッタと倒されていく魔物たち! そして助けられたお姫様は、その雄姿にも~ぞっこん! 『いけないぜお姫さん……俺には帰りを待つ妻も、子供もいるんだ』、『それでもかまいません、どうかこの身に一度だけ寵愛を……』としだれかかるお姫様! やがて二人は――」
「ウィキ、あとでヴィルマに言っておきな。あんたのとこの旦那は、どうもお姫様と浮気するつもりらしいってね」
「だいじょうぶ、ママはそうなったら、『その時はパパを捨てて、新しいパパとウィキと一緒に幸せに暮らそう』って、前に言ってたから」
「……そっちは言ったことあるのかい?」
「……いけな、いぜ?」
漢、ティンガの活躍劇はその後も当分続いた。現在は復活した魔王に、伝説の剣で切りかかっている。
……弓はどこにいった狩人よ……。
☆
ティンガの話が『新王都を設立し、その国の国王として――』あたりで、恥ずかしくなってきたウィキに現実に叩き戻された彼は、お尻を痛そうに抑えながらオッザの話を聞いている。
「もう一度言いますよ。あなたには、この子に狩りを教えてあげてもらいたいのです」
「ウィキの力は年々強くなるな――っ。……ほう、狩りをですかい」
ティンガはそこでようやく、ホントにようやくになって、シンバを見た。
「いいですよ任せてください。俺にかかればこんな子供だって、あっという間に一流の狩人……に……」
またさっきの長話が始まるのかと身構えていたウィキ。しかし、そこにいたのは、まとう空気を一流の狩人のものにした父親であった。
ティンガは獲物を前にし、殺気を押し殺した声で、オッザとアウロに問うた。
「村長、アウロ様」
「何だい?」
シンバを睨んだまま、ティンガは話を続ける。
「俺の目がどうも悪いようだ。この村に人間なんていないはずなのに。アウロ様、目にいい薬ってありますかい?」
「そんなもん、あんたには要らないよ。……別の薬はいるだろうけどね」
場の空気が徐々に緊張したものになっていく。
父親のこんな姿を見るのは初めてなのか、ウィキはアウロの手を握り、隠れるように身を寄せる。
「……何で人間がここにいるんだ?村長?」
「言ったでしょう? 私はここにいるシンバさんに、狩りを教えてあげてくださいと?」
「冗談でしょう? こいつは人間じゃないですかい!」
耐え切れないように叫ぶティンガ、その声は村中に響く。
何事が起きたのかと、集まってくる村の住人達。
「アウロ様! あなたは俺に人間の相手をしろと、そう言うんですかい?!」
ティンガの叫び、その内容に住人達の多くが声を上げて驚く。
小さくささやき。「アウロ様が……」「あの子供は……」と、いう声は徐々に「人間」という単語のみに集約されていく。
「その子はウィキと歳も近い。いい友達になれるだろうよ」
「御冗談を! うちのかわいい娘に、人間なんて近づけんで下さい!」
アウロの韜晦するような一言に、ティンガは一気に激昂し、とうとう殺気を放ち始める。
「確かにこの子は人間だね。だがまぁ、まだ子供だ。あいつらとはまた別だよ」
あいつらというのが、誰をさしているのか。この村の住人達は知っている。無論、ティンガも。
「子供だろうが人間は人間だ! 何を考えてるかなんて分かるかよ!」
とうとう、言葉に余裕をなくすティンガ。彼はじろりとシンバを睨む。その眼に抑えきれぬ殺気を宿しながら。
そして――
「おい人間!さっきからどうした?!図星を突かれてだんまりか!汚ねぇ格好して同情でも引こうとしてんのか?あぁ!ガキのくせにうす気味悪い面しやがって――」
「黙りな、ティンガ」
アウロの怒りに触れ、自分を上回る殺気に充てられ強制的に黙らされた。
「――っうぁ……」
二の句を告げれなくなったティンガ。先ほどとは違う、恐怖からくる震えが止まらなくなる。
一瞬だけ放った殺気で、ティンガを伸して見せたアウロは、あとをオッザに任せ、ティンガの視界から離れる。
アウロの意をくんだオッザは未だ震えているティンガに声をかける。
「あなたはアウロ様に多大な恩があるはず。それを忘れましたか?」
「忘れるわけがねぇ!だが――」
「……ティンガ」
ティンガを気遣うオッザ。彼はアウロに小さく頭を下げ謝罪する。
そんなオッザを見てティンガはつぶやき、やがて大きく叫ぶ。
「……狩りの仕方は教えます。けど……娘にだけはそいつを近づけんで下さい。それだけはゆずれねぇ!」
そう叫ぶと、アウロの傍で声なく震える自分の娘の手をつかみ、足早にこの場を去ろうとするティンガ。
「帰るぞウィキ!」
「やだっ! シーちゃん! やだよ放し――っ!」
ぐずり、抵抗するウィキを肩で担ぎ、家に向け歩いていく。
「シーちゃん! シーちゃん! シーちゃん! ……シーちゃあぁぁぁあー! あー! う゛ぁぁぁあ~! あ゛~じ~ぢゃ~――」
できたばかりの友人と引きはがされ、涙があふれ顔をゆがめるウィキ。ただ子を守らんと心を鬼にするティンガ。
二人の背中を誰もが苦い思いで、いつまでも眺めていた。
「……ウィキ……ティン、ガ」
いつまでも、いつまでも
妙に愛嬌のあるオッちゃんっていますよね? ご近所の名物みたいな。もしくは親戚に一人。
ああいう風に、いくつになっても皆に愛される人間になりたいものです。ええ。
……だれです? もうオッちゃんじゃないかって言ったのは。
まだまだ20代。人生これからさ!